9話。模擬戦2
椿が男性。弘埜が女性です。
環がショルダータックルで剣を持った少年を吹き飛ばしたかと思ったら、早苗さんが残った少女にアイアンクローをかましつつ地面に叩きつけるという荒業を見せてくれた。
つーかあれって……。
『地獄の超特急じゃな!』
やりますねぇ。
早苗さんが繰り出した殺人技にテンションを上げる神様と俺。
目が肥えた俺たちとて、いきなりアイアンクローからのワンハンドスラムなんて荒業を見たら興奮せざるを得ない。
『屁のつっぱりはイランですよ!』
この神様ッ……中東和平に真っ向から喧嘩をッ……!
『サファヴィー! サファヴィー!』
人の名前でキャントされましてもねぇ。
真面目な話、さっき天津神系の二人がやった神話再現ってどれだけ意味があるんです?
『あれか? まぁ「タケミナカタ。レベルは17。鬼神です」ってヤツになら効くと思うぞ』
レベル17で鬼神? あっ(察し)
『向こうの事情はどうでも良いがの。とりあえずは使い手も未熟なら術式そのものも未熟。総じて、大した脅威にはならん』
特性上、使い手のレベルが上がれば違うのでは?
『それでも、じゃよ。使い手がどれだけ成長しようと術式そのものが劣化再現では意味がない。例えるならあの術式はメ〇じゃ。どれだけ頑張ってもメラ〇ーマには及ばぬ』
なるほど。ダメージが固定されているわけではないので、個人の力量である程度上下するとは言っても術式が出せる出力には限界がありますからね。
で、〇ラ程度であれば脅威にはならない、と。
『そーゆーことじゃな。アレらが出し惜しみをしたのか、アレらの師が秘匿しておるのか、はたまた術式自体が正確に伝わっておらんのかは知らぬが、あの程度であれば問題はない』
それは良かった。
正直な話、俺や環のように“レベルを上げて物理で殴る”タイプにとってバフやデバフ系の術式を使う人間は相性が悪いからな。その使い手が天津神系の術者であれば猶更面倒になる可能性が高い。
最大レベルが10相当とはいえ、状況次第では相当厄介な相手になると思っていたが、少なくとも今のところは問題ないようでなによりである。
懸案事項が片付いたところで模擬戦に目を向けよう。
「「「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・センダンマカロシャダ・ソハタヤ・ウンタラタ・カンマン!」」」
国津神の天敵であるはずの天津神系の術式をつかう二人が瞬殺されたことで焦ったか、真言系の術者三人は、不動明王真言の詠唱を開始してる。
そこに飛び込む、と見せかけてややスピードを落とした環。
これは相手を警戒したとかフェイントを仕掛けたとかではないな。
『連中の術式を身を以て経験する為じゃろう。無論、そのように動くよう入れ知恵したのは早苗じゃな』
うーん。あの環がねぇ。
常日頃から「人間相手が一番怖い」って言い続けたからですかね?
『それもあるじゃろうな』
向こうの業を知っているのと知らないのではいざというとき反応に遅れが出る。
だから経験できるうちに経験しておこうというのが早苗さんの考えなのだろう。
『あとは、相手の攻撃を全部受けきることで、当人だけではなくこの模擬戦を見ている連中に格の差を見せつけるという目論見もあるのじゃろうて』
ほほう。ほう、ほう。
一歩間違えば油断慢心だが、実際に敵の業を受けることになる早苗さんが提案し、環がその提案を受け入れたというのであれば、俺から言うべきことはない。
というか、個人的に真言宗の術式は見てみたかったので早苗さんの提案と環の判断には礼を言いたいくらいだ。
『先ほどの神剣モドキでダメージを受けなかったことから環にも余裕があるようじゃしな』
それもありますか。
天敵の攻撃をノーダメージで凌げたという事実は大きいのだろう。
今の環には、不自然にならない程度に間合いを詰めるという演技をする程度の余裕がある。
「「「カーン!」」」
環の演技を知ってか知らずか、印契を結びながら火界咒と呼ばれる真言の詠唱を終えた三人の手から、浄化の焔が放たれる。
次の瞬間、中途半端に間合いを詰めていたように見えるような位置にいた環と早苗さんは、世界を滅ぼすとも、すべてを浄化するとも言われる焔に包まれた。
「馬鹿な連中だ!」
「身の程も世間も知らぬ小娘が調子に乗るからだ!」
「真言宗は日ノ本にて最強!」
なんかちょくちょく聞いたことのあるフレーズが聞こえてくるんだが、真言宗さんのところにも俺の同類が居るのだろうか。
『いや、あれは偶然一致しただけじゃろ』
ほう。それはそれで凄い。
そして凄いと言えば。
「へぇ。これが有名な不動明王の……アレってやつか」
「火界咒ですよ環さん。まぁ有名なだけですけどね」
浄化の焔に焼かれている最中に、普通に世間話に興じている二人の精神力も中々凄いと思う。
『あれこそメ〇じゃからな。アレでダメージを受けるほど弱くはないってことじゃろ』
いくらレベル差があって、焔も魔力のお陰で熱くないとはいえ、火の中に居たら落ち着かないと思うんですけどねぇ。
『お主も同じ状況に陥ればああなると思うぞ。「あれ? なんか温くない?」っとな』
言われてみればそうかもしれない。
「「なっ!?」」
「ええい! 中津原の小娘どもはバケモノか!?」
どう見てもダメージを受けているように見えない二人を見て声を荒げる三人。
まぁ、焔の中で無傷の相手はバケモノにしか見えんわな。
ちなみに二人は服すら燃えていないので、正真正銘ノーダメージである。
『お? 服が燃えて欲しかったか? この助平が!』
この神様、鬼の首を取ったかのように煽りおる。
「これで終わり、かな?」
「そのようですね」
浄化の焔に焼かれない二人を見て驚愕したまま動かない三人。
彼らの様子から環と早苗さんは「これ以上はなにもない」と見切りを付けたようだ。
「ではお願いします」
「了解。動かないでね。動くと痛いよ」
「「「ひぃ!」」」
環が殴る。殴る。殴る。
魔力を込めて殴られた三人はそのままあっさりと気を失った。
うん。あれはこのまま戦闘不能だな。
『あ、あれはもしや、西尾神拳奥義、西尾三回拳ッ!』
なんです? その一方通行を一方的にボコれるような魅力あふれる拳法の名前は。
『うん。お主は一度過去を見直すべきじゃな』
はて? なにやら神様には思うところがあるようだが、今は観戦の時間なのでそちらを優先したいと思う今日このごろ。
「忌まわしき蛇の血族めッ」
「神の名の下に断罪するッ!」
真言宗のお三方をダウンさせた二人の次の標的はどうやら教会の関係者のようだ。
俺や早苗さんが祀っている神様は確かに蛇系の神様である。
教会系の彼ら彼女らからすれば蛇は悪魔の使いだ。
故に先ほどのアレは、罵倒の言葉としては最大級のモノなのだろう。
「いや、ウチの神様は鷹なんだけど」
「蛇、蛇ですか、ふふふ」
だが、それが彼らの明暗を分けることになるとは、罵倒した彼らとて思いもしなかっただろう。
至極真っ当な突っ込みを入れた環はともかく、早苗さんがやばいのだ。
それというのも、早苗さんの実家である中津原家は元々神様を名乗る蛇に生け贄を差し出していた家である。
そのため本来であれば早苗さんもその蛇の贄となる予定であった。
というか、あと数分遅かったら蛇に色々とやられていたはずだ。
そんな、神様を名乗る蛇の妖魔に手を付けられる一歩手前で現れたのが、神様から中津原家が管理する異界に向かうよう頼まれた俺氏である。
当初は色々諦めていた節があった早苗さんも、神様にその身を捧げる覚悟はあっても、神様を名乗るナニカに身を捧げる気はなかったのだろう。
真実を知らされた彼女のSAN値はあっさりと直葬されることとなった。
もちろん直葬されたのは早苗さんのSAN値だけではない。
『あのとき連中が挙げた叫び声には、さしもの妾もびっくらこいたわい』
あの時は儀式に参加した人だけでなく、過去に蛇の妖魔に捧げられた人たちの怨念も発狂しましたからね。
最終的には神様が蛇の妖魔を丸呑みしたし、生け贄に捧げられた歴代の女性らが妖魔やその配下に犯されて生まされたであろう半妖っぽい妖魔たちは俺が処分したが、彼女らの中にある「今まで騙されてきた」という思いは消えていない。
『つっても中津原の連中とて、長年妾を名乗るアレに娘を捧げただけの見返りはしっかり貰っとったようじゃがの』
それも嘘ではない。少なくともあの蛇は若い娘を捧げてきた中津原家に対して見返りを渡していた。
具体的には、自分の異界から得られる素材、つまり深度5相当の異界でしか採取できない素材や【魔石】を中津原家が採取することを認めていたのだ。
『その辺がアレの上手いところじゃったな』
もちろん無期限の許可ではなく数日限定とかだったらしいが、そんなことを抜きにしても深度5相当の異界で得られる素材は、中津原家にとって十分すぎる報酬だった。それこそ娘を差し出しても惜しくない程度には。
『本質的には互いが得をする取引に過ぎぬ。故に中津原の連中からすれば、捧げものをする相手が妾でなくとも、己らに益を齎すモノであればなんでもよかったんじゃろう。神の相手だから名誉なことだと己を慰めていた娘たちはどうか知らんがの』
そういう意味では中津原家は被害者ではなく、加害者である。
もちろん早苗さんが被害者であることは動かしようのない事実だが。
なんやかんやあって最終的に気持ちの整理をつけ、今は神様の巫女として原点回帰したらしい早苗さんだが、彼女の中には白蛇の化身として顕現している神様に対する敬意は当然あるものの、同時に【蛇】に対する複雑な感情も存在している。
「環さん。アレは私がやります。いいですね?」
「あ、ハイ」
そんな複雑な乙女心を刺激した教会の方々が無事に済むはずもなく……。
「主は与え、主は奪う!」
「主の御名はほめたたえられよ!」
「「人は裸で生まれ出でる。故に汝もまた「うるさい」ブベッ!!」
詠唱が終わる前に潰される教会の方々。
今のは確か旧約聖書のヨブ記だったか?
『おそらく今のは術者に仕掛けられている術式を無効化する術式じゃな。連中は早苗がなんらかの術式や術具を用いて己を強化していると勘違いしておったんじゃろうて』
裸がどうこう言っていましたからね。
狙いは全部の術式を剥がして防御力を失った所に一斉攻撃、か。
戦術としては悪くない。戦術としては。
『大前提が間違っておる時点で無意味じゃがな』
ですね。
歴史のない神社出身の環と違って、中津原家という名門で生まれ育っている早苗さんはそれなり以上に術式を修めている。だが今の彼女はそれらの術式を一切使用していない。素の状態で蹂躙しているのだ。そんな彼女に術式を解体するような業を使ったところで意味などない。
『せめて対象そのものを霧散させるか、中性子で貫くくらいのことはしないとの』
再生と分解を使いこなすお前のどこが劣等生だ。
『お兄様が突っ込まれた、じゃと!?』
そうね。世界中から突っ込まれましたね。
お兄様をただの従者扱いしていた一族の精神性はさておくとして。
「これで神社、お寺、教会のめぼしいところは片付けたね!」
「えぇ。あとは陰陽師系の方々なのですが……」
第二演習場で行われていた模擬戦という名の蹂躙はそろそろ終わりの時を迎えそうな感じである。
『逆に言えば、まだ終わっておらんぞ』
そうですね。
俺がこの模擬戦で真に見るべきところはここからだろう。
『あの二人がここできちんと詰めることができるかどうか、じゃな』
えぇ。終わりよければ全てヨシ! というわけでもないですが最後がグダったら意味がないですから。
『ほほほ。良き心構えじゃの。そんな良き心構えをしておるお主に朗報じゃ』
なんでせう?
『あの二人、失敗しおったぞ』
「え?」
これからが見所だと思っていたのに、すでに失敗している、とな?
……どういうことなの?
ぽろぽろ出てくる早苗さんの過去。
細かいことはいずれ書くかも。
閲覧ありがとうございました。