表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/82

4話。退魔士が無宗教であるということの意味

説明的なお話なので本日2回目の更新です。


「父が国防軍の人間でなッ! 国民を護る軍人が特定の宗教に染まるのは良くないと考えているのだッ!」


「さいですか」


日本は多神教である神道を国教としている国家である。


また、神道は古来より仏教と混淆(こんこう)してきたことで、他の宗教に対して寛容なところがある。


その影響もあってか、今日では「新年は神社に参拝しつつ、お盆にはお墓に花と線香を上げる」という宗教的統一性がない行為に対して疑念を抱かない国民も多い。というか、国民の大半がそうだと思う。


一般にこうした人たちは無信仰派と呼ばれており、一つの宗教に縛られるのを嫌う傾向にある。


国民の大多数がそうであるが故に、その影響力は極めて強い。


具体的には、神社や寺の人間でもクリスマスにケーキを食べたりクリスマスプレゼントを貰ったりしているくらいには強い。


故に、彼女のように家庭の事情から特定の宗教派閥に所属しない【退魔士】がいても別段珍しいことではないように思える……かもしれない。


だが、実のところ彼女のような存在は極めて珍しい存在である。


というのも、退魔士としての力を得られるかどうかは、個人の素養だけでどうにかなるものではないからだ。


勿論、個人の素養がまったく関係ないわけではない。

事実として、退魔士同士の子供であれば退魔士としての力を発現しやすいというのはある。


だが、最も重要なのはそこではない。


退魔士としての力を宿して生まれるかどうかは、生まれる前に過ごしている土地から力を吸収できるか否かにかかっていると言われている。


基本的に神社や仏閣が建てられている場所はその地に於ける重要な霊地であることが多い。

よって、そこを管理している神主や住職の子は、産まれる前から霊的な力を注がれていることになる。


これが宗教関係者に退魔士の子供が生まれやすい理由なのだ。(尤も、その力が微弱なところも多々あるので、神社やお寺の子が必ずしも退魔士としての力を得られるわけではないが、霊地と関係のない土地で生まれた子供と比べれば、その差は一目瞭然である)


よって、大半の退魔士は生まれたところが宗教組織となるので、自動的に家が所属している派閥に組み込まれることとなる。


それだけなら宗教組織と関係ない場所で生まれた彼女が宗教的な派閥に所属していないというのは理解できなくもない。


これが生まれの話だけであれば。


当たり前の話だが、無信仰の両親から生まれたとしても後から宗教組織に所属することは可能だ。


むしろ退魔士としての力を宿している人間であれば、余程の事情がない限りはどこだって諸手を上げて受け入れる。それどころか近場の組織が勧誘に動くはずだ。


だが現時点で彼女が宗教組織に所属していないというのであれば、彼女やその親がそう言った勧誘を跳ね除けたということになる。


それも有り得ないことではないが、それは即ち組織に組み込まれることによって生じるメリットを投げ捨てることと同義である。


そういう意味で、宗教組織に所属していない彼女が今まで生きていること自体が異常(奇跡)と言っても良い。


何故か? 


組織に所属していて真っ先に得られるメリットを得られないということは、先達からの知識や技術を継承できないことを意味するからだ。


知識がなく、力だけがある大半の退魔士見習いは「自分には特別な力がある!」と調子に乗ったまま異界に行き、その日のうちに妖魔の餌となってしまうのである。


『環のことかー!』


そうですね。

あのとき俺が助けなければ環は死んでいた。

異界とは、それほどまでに死が近い場所なのだ。


ちなみに俺も協会で同じ国津神系列の神社出身の先輩から色々教えて貰っているので、そういう意味ではしっかりと派閥の恩恵に預かっている。


環は俺から知識を得ているし、なにより実家である鷹白家が国津神系の神社だったからこそ早苗さんとの繋がりも維持できているので、彼女も同様に派閥の恩恵を受けている形となっているわけだ。


『妾がいるぞー!』


うん。まぁ俺の場合は神様がいるから例外と言えば例外なのだが、こういうときに例外事項を挙げると話がややこしくなるだけなのであえて触れないでおく。


続けよう。


第二のメリットは、同じ系列の組織から術具を購入することができることだ。


『装備品は重要。これ常識』


気持ち程度のお守りであれば金を払えばどこでも売ってくれるだろうが、本当に効果のある御守りや破魔矢になるとそうはいかない。


宗教組織とは、対立している組織に所属している人間に機密を漏らすような真似をする阿呆が長生きできるほど甘い業界ではないのだから。


一応軍では対妖魔用の銃弾や、それを使って討伐した妖魔から【呪い(祝福)】が流れ込むことを防ぐ護符などが開発されているが、その技術の大本は各宗派で名門と呼ばれる組織から流出したものである。


『流出と言っても、連中からすれば「まぁコレくらいはいいだろ」って感じの劣化版を敢えて流した感じじゃな』


多少とは言え技術を開示することで、彼らは“自分たちは情報を独占していない。国民のために一定の配慮をしている”と示しているそうな。


それはそれとして。


宗教的組織に所属していない退魔士は最低限必要な術具を揃えることができないので、あっさりと死んでしまうのだ。


『装備品は持っているだけでは意味が無いぞ! どころの話ではないからのぉ』


そもそも装備品を持っていないからね。

素人が素手で妖魔と戦ったら、そら死ぬよ。


『妖魔に勝てたとしても、その後に待っている【呪い(祝福)】を捌けずに死ぬわな』


軍が開発できている護符は深度2の異界までしか通用しない。

その程度では普通の退魔士として活動した途端に死んでしまうだろう。


『そんなのが一番良い装備で大丈夫か?』


神は言っている、お前はここで死ぬ運命(さだめ)だと。


一番良いのを頼んでも絶望しかない彼女と違い、俺も環も中津原家を通して術具を手に入れているので、この件でも俺達は派閥の恩恵にあずかっていると言える。


まぁ、俺は神様から力を借りて解決しているし、環も俺から力を借りて解決している部分が多々あるからこれまた例外事項ではあるのだが。


『レベルを上げて物理で殴ればよかろうもん!』


そのレベル上げが大変なんですよね。普通なら。


そして三つ目。社会的な後ろ盾が得られること。


ある意味では一番重要なファクターかもしれない。


『これがないと研究所に連れていかれて研究資料にされてしまったり、退魔士としての力を持つ人間を欲している宗教団体に攫われたりするからのぉ』


本当にあった怖い話ですね。


そんなこんなで、宗教組織に所属していない退魔士はその大半が知識不足のため若いうちに死ぬか、特殊な力を過信して犯罪を犯して殺されるか、研究施設や宗教団体に連れ去られるか、周囲に排斥されて精神を病み己の世界に引き籠るというのが大半である。


ここまで言えば、今、俺とこうして会話ができている彼女がどれだけ稀有な存在なのかがわかるだろう。


『親が軍人で無かったら間違いなく死んでおるわ』


凄い……偶然だ。


そしてそんな彼女が俺への生贄(エサ)だと判断した理由なのだが、これは退魔士に対する価値観を知ればわかる話である。


もちろん生贄といっても人柱という意味ではない。


「そうだ。上は君を勧誘したいらしいぞッ!」


「……そうですか」


ですよねー。


『はい、はちみつタイガー確定ッ!』


前述したように、宗教組織にとって退魔士は稀少な存在である。それがどこの組織にも所属していないというのであれば尚更そうだ。文字通り喉から手が出るほど欲しい存在と言える。


ただし、それはあくまでそれを欲している宗教組織にとっての価値であって、特定の宗教による派閥の形成や内部での反発を避けたい軍からすれば、状況によってどこにでも転ぶ可能性がある彼女の存在は痛し痒しと言ったところだろう。


『そりゃまぁ「彼氏が真言宗の人なので仏教に帰依します☆」とか「真言宗の彼氏と別れて天台宗の彼と付き合うことになったので天台宗に改宗します☆」とか言われたら大変じゃからな』


うん。騒動の種ですね。


今だって彼女の所属する部署では彼女を巡って引き抜き競争が起こっているはずだ。

そこで彼女の上司はこう考えたのだろう「こいつはさっさと結婚させないとまずい」と。


『今のうちに特定の宗教組織に所属させることができれば今も水面下で起こっている引き抜き競争に端を発する軋轢が無くなる。ついでに有望な人間を引き寄せてくれれば儲けもの。それが監視対象になるほどの人間なら尚ヨシ! さらに結婚相手であれば特定の宗教に染まることを嫌う父親も説得できる、と。面倒な手駒の使い方としては完璧じゃな』


そんな感じだと思いますよ。そうでないと命令まで出して俺と接触させる意味がありませんから。


『お主の勧誘が目的って自分で言っとったものな』


えぇ。


自分が餌になっているとは思っていないのか、それとも理解した上でこうなのかは不明だが、俺には見える。彼女の背後で釣り糸を垂らしている何者かの存在が。


『性的に喰いついたらそれを理由にして釣る。宗教的に取り込もうとしたら軍と協力関係を結ばせる。害した場合は国家権力を盾に強制的に取り込む。こんなところかの?』


そんな感じでしょうね。


現状軍がどの宗教組織にも染まっていないからこそ取れる手だな。

俺としても、軍という社会的な後ろ盾が付くのは一概に悪いことではない。


だからこそ一考の余地はある。もちろん手を出すつもりはないが。


『ないんかい!』


そりゃありませんよ。

相手は初対面の娘さんですよ?

それもJK。手を出したら駄目でしょう。


『ぐぬぬ。妙なところで常識人ぶりおってからに……』


う~ん。神様は俺に何を期待しているのだろうか。

ソレガワカラナイ。


閲覧ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ