2話。入学前の接触
改めて俺に声をかけてきた女性に目を向ける。
身長は大体160センチくらいだろうか。
俺より低いが女性としてはやや高い感じだ。
髪の色は赤みがかった黒で、瞳の色も同じ。
色合いだけみれば環と似ているが、環の方が赤い色が濃い感じである。
髪の長さは後ろで縛っているので不明。
少なくとも肩口以上はあるとしか言えない。
体つきは鍛えこんでいるのかやや細身。
尤も、基本的に退魔士は鍛えこんでいるし、その仕事内容からカロリー消費も激しいためどうしても細身になりがち(それに加えて経済的に余裕がない場合が多く、純粋に栄養がたりないので小柄になりがち)なので、細身というだけでは特徴としては弱いかもしれない。
だがその細身が、結果的に彼女がお持ちの胸部装甲を強調してしまっているとなれば話は別だ。
『86のD!』
詳細は不明だが、少なくとも環や早苗さんでは比べ物にならない厚みの装甲をお持ちであることは確かである。
『ま、妾には勝てんがの』
神様は身長も各サイズも、なんなら髪や目の色まで自由自在ですからね。
いきなり妙なマウントを取り始めた神様はさておいて。
俺がこの「ッ」が多い女性のことを上級生と判別したのは、彼女の外見、もっと言えば彼女の服装にある。
基本的な話として、この学校の入学条件はただ一つ『退魔士としての力を有すること』それだけだ。
故にこの学校にいる時点で彼女もまた退魔士としての力を有しているのは確定的に明らかだ。
そしてほとんどの退魔士は、異界に潜る際に仕事着として己の宗教に根差した格好をする傾向がある。
『じゃから相手が異界に臨むときの格好を見れば所属している組織や宗派がわかるんじゃな』
ただし、退魔士だろうがなんだろうが仕事の時に着ない服、即ち普段着という概念は存在する。
というか、仕事着として選ばれた衣服は彼ら彼女らにとって神聖なものなので、退魔士でなくともそれらを普段使いするような真似はしないのが暗黙の了解となっている。
それが宗教関係者にとってどれくらいの常識かと言えば、我が妹があの貧困時代であっても巫女装束を私服としなかったことからもわかるだろう。
故に異界に潜るつもりが無いのであれば、普通に動きやすい恰好をするのが当たり前なのである
動きやすい服などというのは個人の主観に左右されるものなので、誰がどのような格好をしていようと俺から文句を言うつもりはない。
精々が心の中で似合っているか似合っていないかを考える程度だ。
翻って、彼女の着ている服を見てみよう。
『どっからどう見ても軍服じゃな。百歩譲ってツナギ風の作業着かの』
そうなのだ。それも式典の時に着るような感じの制服ではなく、カーキー色の、例えるなら地球連邦軍が着ているような作業着っぽい服を着ているのだ。
『ワーク◯ンにありそう』
あそこにないなら専門店に行くしかないですね。
品揃え抜群のお店でメインを張っていそうなその服は、当然洗濯やらクリーニングはきちんとしているのだろう。目立つ汚れはない。
だがしかし、どこからどうみても新品ではないし『数日前まで新品だったモノじゃない』と断言できる程度には使い込まれている。
似合っているかどうかで言えば、間違いなく似合っている。なんなら板についていると言っても良い。
これだけ着こなしている以上、彼女が普段からこの格好をしていることは明白。
新入生なら新品を貸与されているだろうし、なにより態度がでかいので、俺は彼女が新入生ではないと判断したわけである。
『結局決め手は態度なんじゃな』
そりゃそうでしょ。
ファッション僕っ娘の環と違い、一目で体育会系とわかる彼女が初対面の相手にこんな態度を取っている時点でこっちを年下と認識しているのは間違いない。
『体育会系は上下関係に厳しいからの』
そうですね。
あと、同学年として扱うよりも先輩として扱っておくことで、後から先輩だとわかった際にも「無礼な後輩」なんて悪評を流される可能性を減らせるという面もあります。
『今更フラグを折っても遅いと思うんじゃがのぉ』
やらないで後悔するよりもやってから後悔した方がいいと思う。
『確かに。手を出す前にNTRされるくらいなら、少なくとも一度は美味しい思いをしている分、やってからNTRされた方がマシじゃな』
いや、それはどうだろう。
個人的には後者の場合もかなりダメージを受けると思うけど。
『男としての自信を無くす、か?』
そんな感じです。
というか、思春期の男子みたいになんでもかんでもそっち方向に進めようとしないでくださいな。
『いや、お主こそ思春期の男子なんじゃが……』
中身は大人ですので。
それより聞きましたか奥さん?
『どうしたんじゃ婆さん?』
会話をしている二人の関係性も気になるが、それ以上に気になるのは先ほど彼女が俺を指して言った一言である。
俺の聞き間違いでなければ、彼女は俺のことを【噂の神殺し】と呼んだような気がするのですが。
『あー。確かにそう言っとったな』
ですよね?
神様の証言も得られたので、さっきのが聞き間違いでもなければ気のせいでもなかったことが確定した。
ではここで質問である。
噂ってなんぞ?
そもそも俺は神様を殺した覚えがないのだが?
『そうじゃな。妾が知る限りでもないな』
ですよね。
神様がそう言っているのだから間違いない。
だから俺は彼女にこう聞いちゃったんだ。
「えっと、人違いじゃないですか?」
「は?」
めちゃくちゃ冷たい声+馬鹿を見るような目を向けられたでござる。
こいつ……なんて目を……。
『なんつーか、出荷される前の家畜を見る目じゃな』
どうやら彼女から俺が嘘か誤魔化そうとしていると判断されたようだ。
それにしたって年頃の娘さんがするような目ではないと思うが、まぁ視線で死ぬわけでもないからこれはどうでもいい。
問題は彼女には何らかの確信がある反面、俺にはその内容がとんと見当がつかないってことである。
「ん? あぁ、そういうことか」
尚も首を傾げる俺を見てなにかに気付いたのか、彼女は何度か首肯してから人違いではないことを説明してくれた。
「中津原家から秘匿するように言われているのだろう? だがここでは意味がないぞッ。なぜなら私たちは君が中津原家のお抱え退魔士でッ、これまでも何度か中津原早苗嬢とともに深度3の異界を攻略している実力者だということを知っているからだッ」
「……はい?」
尤も、その説明を受けたからと言って問題が解決したわけではなかったが。
早苗さんと一緒に深度3の異界を攻略したからなんだというのか。
さっさと神殺しなんていう芋焼酎みたいな称号について教えてくれませんかねぇ。
『妾、わかったぞ!』
え? もうナニカわかったんですか!?
『うむ!』
さすが神様!
思わず宇宙を背負う猫と化していた俺とは違うぜ!
『ほほほ。もっと誉めよ、讃えよ、地に美千代!』
美千代さんがんばえー。
で、一体全体彼女は何が言いたいんです?
『美千代って誰じゃ? まぁよい。あれじゃ。おそらくじゃが、こやつや、こやつが所属している組織の人間からすれば、深度3の異界を構築できる妖魔は神の一種なんじゃろうて。じゃから、深度3の異界を攻略した経験のあるお主は神殺しの経験者というわけじゃな』
そ、そうきたかぁ~。
唯一神を奉じる人たちからすれば自分が信じる神様以外は全て悪魔かその手先だが、多神教の場合、他から見れば地味な妖魔も地元の神様となる原理か!
『なんつっても九十九神ごときを神と言い張る連中がいるくらいじゃしな。そう言えば前に見た猩々も一部では山の神や神の使いとされておったの』
確かに。
場所によっては妖怪でも場所によっては神様。
この業界では稀に良くあることだ。
まして日本は八百万の神という価値観から神様が大量に存在するので、俺が討伐したことのある妖魔を神と認定している人がいてもおかしくない。
その人たちからすれば、確かに俺は神殺しに該当するのだろう。
ついでに言えば"早苗さんと一緒に攻略をした"と前置きされている以上、誤魔化しようがないのも地味に痛い。
『この理屈で言えば早苗と環も神殺しじゃな。はっ。本来は歴史に残る偉業も随分と軽くなったものよ。……ちなみにお主は世界で何人目の神殺しなんじゃろうか?』
さて。具体的な数はわからないが、少なくとも7人しかいないという事はないだろうから、世界的に見れば【やや珍しい】程度の扱いで済むはず。
だがそこに"新入生で"という条件が付けば、それでは済まない。世界的に見ても【極めて珍しい部類】と認識されるだろうことは想像に難くない。
『あとは例の呪いじゃな。こやつの言い分を信じるのであれば、今の時点でお主は退魔士業界で噂になっとるようじゃぞ』
まぁ、前のアレで教会とか協会とかそれらに関係していた政治家とかを大量に巻き込んだからね。
噂にならない方がおかしいと言えばその通りである。
問題だったのは俺を神殺しと呼ぶ理由だっだが、今のでその理由や、彼女が所属している組織がなにやら対策をとっているらしいことは理解した。
その対策に意味があるかどうかは不明だが、諸々を後で知るよりは今のうちに知れてよかったと思おう。
というかそう思わないとやってられん。
で、気持ちを切り替えたところで次の疑問だ。
「それで、先輩? は私にどのようなご用がおありで?」
「むッ!?」
『釘を刺しに来た、にしては妙じゃからな。普通なら呪いを防ぐことができるかどうかを実証してから接触するのが筋よ』
ですよね。
そうしないとただ情報をばら蒔いただけで終わってしまうからな。
こちらの世界は前世と違って情報を重視しているので、この人が見た目通りに軍の人間であれば、無意味な接触など絶対にしないし、させないはず。
つまり彼女が入学前の俺に接触してきたのには何らかの理由があるってことだ。
候補はいくつかあるし、向こうも馬鹿正直に答えてくれることはないだろう。
『そう考えておった時期がお主にもありました』
え? なにその不穏なフラグ。
「話が早くて助かるッ! 此の度上から君の監視を命じられたのでなッ! 中津原家が絡むと面倒になると判断したが故にッ、今ッ、君が独りでいるタイミングを狙ってッ! こうして挨拶にきたのだッ!」
「は?」
『な、なんじゃってー!?』
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