28話。長すぎるプロローグの終わり
「お兄ちゃん、本当に行っちゃうんだね……」
「そうだな」
3月末のある日。しがない神社から徒歩10分ほどのところにあるとある駅には、四月から通うことになる学校がある都市まで移動するために電車に乗り込もうとする俺と、それを見送る妹+付き人の姿があった。
両親? 普通に玄関で別れたよ。
薄情とかじゃなくて、片道90分もあれば行ける距離だからこれくらいが普通だと思う。
千秋がなんか悲壮感に浸っているのはアレだ、彼女は悲劇のヒロインを気取りたいお年頃なのだ。
『付き人のお陰でお主への依存も徐々に薄れておるしな。今くらいなら浸らせてやってもよかろ』
了解です。
兄離れする妹にちょっと微妙な感傷を抱きつつ、千秋のヒロインムーヴを邪魔しないように言葉を掛けることにする。
「基本的には長期休暇以外に戻ってくる予定はないが、連絡があればすぐ戻る。だから何かあったら必ず連絡をするように」
「……うん」
「理解していると思うが、絶対に深度3以上の異界には潜らないこと。深度2の異界でもできるだけ妖魔は討伐しないように。特に芹沢嬢。わかっているな? 俺がいないときにあの状態になったら冗談抜きで死ぬからな」
「はい! 絶対に無理はしません!」
「よろしい」
数か月に亘って頑張ってレベリングした結果、芹沢嬢は先日目出度く一度目のレベル上限に到達した。
ちなみに彼女の上限は18だった。
その際彼女は、内側から【呪い】に浸食される恐怖を味わっているので、俺がいないところで無理をする心配はない……と思われる。
問題はまだそれを経験していない千秋が無理をする可能性だが、千秋とて芹沢嬢が死んだら困るだろうし、何より千秋のレベル上限はまだまだ先だと思われるので、今のところ心配は不要だろう。
『実際まだまだ限界には届かんからの』
神様は斯く語りき。
二人の現時点でのレベルは、芹沢嬢が19で千秋が17となっている。
俺が実家を離れる前に、二人を深度2の異界程度であれば余程油断をしない限りまぁ大丈夫だろうと言えるレベルまで上げることができたのは僥倖と言えるだろう。
それと、以前懸念していた学校で問題が発生した際の対処法だが……これについては色々考えることが面倒になったので、何かあったら高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することにした。
『要するに行き当たりばったりということじゃな?』
間違ってはいない。
というか、あの人はアレで軍学校を主席卒業した秀才だからね? ちょっと戦略眼がなかっただけで。
『それが同盟にとっての致命的な致命傷になることを知らなかったやつらは裏世界でひっそり幕を閉じるのであった』
難解なブロント語は解読できないので勘弁願いたい。
他の人に丸投げできなかった同盟軍の司令官たちと違って、俺はいざとなったら早苗さんに丸投げしても良いって言われているから問題はないと思われます。
『そりゃ早苗にしたら自分が原因でお主に迷惑がかかったら色々と立場がないからの』
そうらしいですね。
つーかあの人もね。もう人柱じゃないんだから好きに生きればいいと思うんですけど。
『そう思うならさっさと手籠めにすればよかろう』
好きに生きればいいと言っているのに手籠めにしろとはこれ如何に。
それに相手はまだ高校生にもなっていない少女なのですが。
『今は幼女が微笑む時代なんじゃ!』
謝れ! 4人の中で唯一宗家とかの血を引いていないにも拘わらず最終選考まで残った努力の人に、昨今のラノベ業界の流行を一言で語らせたことを謝れ!
『む、すまんかった。確かに早苗は幼女ではなく少女じゃったな』
誰も指摘していないことを謝罪されましてもねぇ。
『幼女云々はさておき、早苗や環についてはマジで考えとかないとまずいと思うぞ』
そうなんですか?
『大人しくて小柄な巫女とか田舎育ちの僕っ子幼馴染みが東京に行くんじゃぞ? そんなのNTRのネタに決まっておるじゃろ!』
その企画、まだ続いていたんですね。
『取られてから泣いても遅いんじゃぞ? 誰かに取られるくらいなら強く抱きしめて壊れそうなくらいに純情な感情をぶつけるべきではないか!?』
雨の中で空回りしそうなのでやめておきます。
『かー! 酒もたばこもギャンブルも女もやらんって、お主は一体何を楽しみにして生きておるんじゃ!?』
普通に楽しく生きているつもりなんですけどねぇ。
つーか、先月15歳になったばかりの子供に酒・たばこ・ギャンブル・異性と人生を狂わせる要因フルコースを勧めてくる神様がいるらしい。
あれ? もしかして彼女は邪神なのでは?
『ふむ。人の正気を保証するのは他人。ならば、神の正邪を決めるのは一体誰なのか……』
少なくとも俺や少佐ではないですね。
戦争が嫌いな俺はアシカの格好をしながら哲学的なことを口にする神様を横目に、千秋や芹沢嬢に最低限の注意を終わらせてから電車に乗り込んだ。
「絶対、絶対に帰ってきてね! 東京の女に溺れちゃ駄目だよ!」
妹よ。お前もNTRか。
『はっ!? これはもしや「俺が東京に行っている間に妹がチャラ男にNTRされていたので神様の力を使ってチャラ男に復讐します!」シリーズの幕開けか?』
妹をNTRされるとは言わんでしょ。
もちろん傷モノにされた場合は報復するけど。
『でた、シスコン。早苗や環のときは何もしないのに妹のときだけは動くんじゃな』
そりゃそうでしょ。兄ですので。
『それで全て片付くと思うなよ? まぁ、お主にも昂るモノがあるならそれでええがの』
なにやら楽しそうにしている神様や、悲壮感の中にもどこか愉しみを見出しつつあるように見える妹。
そしてその妹をみて少し引き気味の芹沢嬢。
どうやらこの中でまともなのは俺と彼女だけのようだ。
頑張れ芹沢嬢。妹の正気は君に掛かっている。
『SAN値直葬旅番組!』
このままTUGARUに逝け、と?
埼玉から鈍行で?
不死鳥に会う前に死ぬぞ。(俺のケツが)
TUGARU限定で放送されているらしいマイナーなラジオ番組を聞きながら学校がある東京は国分寺へと向かう俺。
その胸中にはコンクリートジャングルで暮らすことへの不安と、まだ見ぬ高校生活への不安が渦巻いていた。
『向こうは夜になると空を飛ぶって本当かの?』
そんな異界もあるかもしれませんねぇ。
こわやこわや。
―――
「君が噂の神殺しかッ! なんでもかなり厄介な呪いを使うらしいねッ! でもそれも既に種は割れているッ! そうである以上、対策は万全ッ! だから今までのように、周囲を脅迫して自由にやれると思わないことねッ!」
校門を潜り自分が入ることになっているはずの寮に向かっていたら、なんか偉そうな上級生らしきお嬢さんに絡まれました。
『いきなりフラグ回収きたー!』
「……こういうのはいらねぇって言ったのに」
入学初日ですらねぇのにこの扱いは酷くない?
まったく、なんて日だ。
これで入学前のモラトリアムこと一章が終了です。
閲覧ありがとうございました。
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