25話。人身御供の修行と暁秀の進路
「あ~う~」
俺の目の前には死んだ魚のような目をしながら倒れ伏す一人の少女がいる。
言わずと知れた芹沢アイナである。
如何に「死ぬ死ぬ」と言っても、そう簡単に死なないのが人間というものだ。
『男しかいない塾とか死亡を確認した癖に甦ることが前提じゃからな。一部を除いて』
おっと、男を問う独眼の人と自称男爵の悪口はそこまでだ。
『一向に終わらぬ一揆。その有様はまさしく不死鳥の一揆! 奴こそ信者に仏の幻を見せることで命が尽きるまで戦わせる本物の外道よ!』
車〇先生はそんなこと考えていないと思うよ?
昔のジャ〇プに良くいた死にそうで死なない人たち談義が尽きることはないが、とりあえず目の前のことに目を向けよう。
「はぁ~死ぬかと思ったぁ! さ、着替えますか!」
ぶっ倒れながら少女らしからぬ声を上げて生を実感していたはずの芹沢嬢は、呼吸が整うと同時に物陰に隠れていそいそと着替え始める。
数日の修行で随分と強かになったものだと感心する反面、今の彼女から淑女としての慎みが感じられないのが気になるところではある。
『今更じゃな』
うーむ。確かに先ほども本気で体力の限界を迎えるまで走っていたからな。叫び声やら涙やら汗やら鼻水やらなにやらを諸々垂れ流していた今の彼女には、俺相手に女として取り繕うような余裕もその必要も全くないのだろう。
『一応汚れたモノを着替えるくらいの慎みはあるようじゃがの』
まぁ、多少はね。
なんにせよ、千秋に伝染しなければそれでいいです。
そんな女として色々と捨て去った彼女の姿を見て『まだ余裕がある』と言ったのは、当然彼女の体力とか態度についてではない。彼女はもっと根源的なモノに余裕があったのだ。
根元的なモノ。即ち、レベルである。
端的にいうと、彼女はまだレベル上限に至っていないのである。
『今ので14になったが、まだ大丈夫そうじゃぞ』
ほほう。それは凄い。たった2・3日でここまでこれたのは、彼女の素質かはたまた俺がパワレベのコツを掴んだからなのか。
まぁ所詮は14なのでどっちでもいい話ではあるんだが。
ただ、あまりに順調すぎるとそれはそれで問題が有るわけで。
『油断慢心じゃな』
そう。急激に力を得たやつは大体油断慢心する輩になるのだ。環みたいに。
『あやつは見事に増長したからのぉ。すぐに現実をわからされたが』
そりゃ、深度2の異界で無双できるようになったからといって、事前準備をせずに深度3の異界に突撃したらそうなるよ。
冒頭で「人間は簡単には死なない」と言ったが、それは正確ではない。
油断すればあっさりと死ぬのもこの世界の常識であるからして。
『みんな、夏が去るように、冬が来るように逝ってしまうんじゃ』
退魔士という名の防人に思いを馳せつつ生きる苦しみについて考えたり僅かな生命のきらめきを信じることを許可します。
話を戻して、異界という鉱山に潜ることを生業とする退魔士は、一般の人たちと比較すれば身体能力などは高いものの、彼らとは比較にならないほど死が近い職業である。
ここで退魔士の主な死因ベスト3を挙げてみよう。
1位。妖魔に殺される。説明不要。普通にこれが一番多い。
2位。人間との戦いで死ぬ。こちらも説明は不要だろう。敢えて言えば、特殊な力を持つ者同士の戦いに駆り出されるのだ。権益を得る者が定まっていない発展途上国とかは、妖魔に殺されるよりも人間同士の戦いの方が多く死んでいるかもしれない。
そして3位。妖魔を討伐した際によって生じる【呪い】で殺される。これが今回の主題である。
これだけ聞けば妖魔に殺されているように思えるが、実際は違う。
このケースでは妖魔を討伐した後。もっと言えば異界から帰った後で死ぬのである。
殆どの場合は全身から血を流して死ぬパターンであり、最も嫌な死に方として知られている。
この死に方。昔は呪いと考えられていたが、今は理由が判明している。
その理由とは、ズバリ容量オーバーである。
まず、人間には魂の器というものが存在する。
退魔士と呼ばれる人間は、一般の人たちよりもその器が大きい(一定以上の大きさを有する)人間の事を指す。
退魔士は妖魔を討伐した際に生じる魔力的な力を吸収し、その器を満たすことで自身を強化している。
この一連の流れが、神様がいうところのレベルアップである。
ここで問題になるのが【器】である以上、大きさや硬さに限りがあるということだ。
言ってしまえば人間にはレベル上限が存在するのである。
この上限は個人差が有り、一般的な退魔士の上限は大体10~20くらいだそうな。
因みにかつての環は12で、早苗さんは21だった。
尤も、今の環のレベルが21で早苗さんが24であることからも分かるように、この上限は引き上げることが可能だ。
その為の儀式の様子がちょっとアレなので個人的には男性にやりたくないと思っているが、それについてはいつか語ることがあると思う。
とりあえず、レベル上限を大幅に超える程の魔力的な力を吸収した退魔士は、吸収したそれを己の中で消化できない。その消化されなかった魔力的な力が体から放出されて死ぬのが【呪い】による死の真相だと知っていれば問題ない。
『バラムツ食った後みたいな感じで垂れ流しになるんじゃよな。全身から色々と』
表現がアレだが、あながち間違ってはいない。
結局のところ、退魔士の多くが深度2の異界でうろうろしているのは、力不足や安全マージンを取っているというのもあるが、自分がレベル上限以上の魔力的な力を吸収することを警戒しているためでもあるのだ。
よって、先程まで目の前でぶっ倒れていた芹沢嬢がまだレベル上限に達していないということ自体は別に悪いことではない。
問題はこれ以上のレベルアップが難しいという点にある。
『簡単にパワレベできるのはこのくらいまでじゃからなぁ』
そうなのだ。確かにここ武蔵村山異界は深度2の最上級に分類される異界である。
そのため出現する妖魔も深度2の中では一番高い。……深度2の中では。
『所詮深度2じゃからのぉ』
今はまだ戦闘技能もなければ自分に自信も無いので必死で逃げる事に専念している彼女だが、じきに気付くだろう「あれ? こいつら弱くね?」と。
妹の護衛が油断慢心しているとか洒落にならないので最初から一番厳しいところで色々と経験させているのだが、まさかレベルを14まで上げても限界が来ないとは。正直意外だった。
『ここの主でさえ15じゃからな。14もあればこの異界に出てくる雑魚如き、丸呑みされても内側から内臓を破壊して脱出する程度のことは可能じゃろうよ』
パニックになって窒息とかしなければできるでしょうね。
しかし、あまりにも簡単にレベルアップし過ぎてしまったせいで今後彼女は、異界に対して油断慢心する輩になりかねない。
なにより、適正な処置を施さなければ内側から弾け飛ぶという【呪い】の恐怖を実感していないのが問題だ。
軽く見てると大変なことになるからな。マジで。
加えて、護衛兼付き人である彼女の油断や慢心が千秋へ伝播する可能性があるというのもまずい。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
『いや、上には上が居るとわからせてやればよいのでは?』
環みたいに深度3に突入させろと?
流石にまだ早いと思いますけど。
主に俺が。
ただでさえ変な注目を集めているのに、これ以上注目を集めたくないんですが。
深度3以上はハタチになってから。それがお兄さんとの約束だ!
『酒とタバコか』
似たようなもんでしょう。
ともかく、今までそれをスローガンにしてきたというのに、弟子ができて数日で深度3に行くのはあからさますぎませんかね?
『それこそ今更じゃろ。お主が深度3の異界を苦にしないことなんざ、例の田中がお主らを深度3の異界に行くよう誘導しても誰も不自然に思わん程度には周知されとるわい』
嘘でしょ?
いつの間に……。
『二年くらい前からじゃな』
干眼祭りか。干眼祭りがまずかったか。
『正確にはその前に【魔石】を納品したときじゃろうな。無論、一流と呼ばれる面々が解呪に失敗するような呪いを使えるとバレたことが決定打になったのも確かじゃが』
どちらにせよ今更ですか。まぁ環や早苗さんのレベルアップもあるし、千秋をより強くするためには避けられない道ではあったんですがね。
『それよ。それについて一つ聞きたいんじゃが?』
なんでしょうか?
『そもそも何故最近のお主は妹を強くしようとしとるんじゃ? いや、12歳になったら退魔士として協会に登録できるからってのは理解しとるが、それでも急ぐ理由にはなるまいよ』
あぁ。それですか。普通に考えれば不思議ですよね。でも。聞けば簡単な理由ですよ。
『なんじゃ?』
俺の進路の問題です。
『進路? お主は中学を卒業したら神社を継ぐのではなかったのか? 進学しとる暇があったら稼ぐと言うとったろうに』
その予定だったんですが、金銭的に余裕ができてきたことで両親が俺を進学させたがっているみたいなんですよねぇ。
『ほーん。そんなことがあったんか』
あったんですよ。
基本的に神様は常に俺の傍にいるが、別に離れることができないわけではない。
そのため俺がトイレに入っているときや、神様が俺の部屋のパソコンで動画やら何やらを見ているときなど、彼女が俺の傍にいないときもあるのだ。(風呂はその時の気分によって変わる)
両親と進路の話をしたのもその時である。
『あ~。両親としては、大学は無理でも高校は卒業して欲しいって感じかの?』
そんな感じです。協会から来ていたパンフレットを見た親が乗り気になりまして。
『条件が良いのか?』
えぇ。東京にある退魔士専用の学校で、基本的に学費は免除。全寮制なので家賃もかかりません。それどころか、学校が仲介している仕事をすれば報酬が貰えるそうです。
『それはそれは。確かにお主向きではあるな』
ですね。学費が掛からないのであればまぁ、両親の気持ちは分かるし、俺としても自分が神社を継いだ時の社会的な信用もあるので、高校くらいは出た方がいいかなぁと思いまして。
『そりゃそうじゃろうな』
学歴が全てとは言わないが、社会を生きるためには世間体というものは無視できない。
俺自身が中卒の神主扱いされるのもそうだが、周囲から『あそこの神社の神主さん。息子さんを高校に進学させなかったらしいわよ』なんて噂が立ったら両親の評判にも関わるし、何より千秋が進学した際に周囲から『お宅のお兄さん、中卒なんですって?』なんて言われたら中学デビューも糞もないからな。
『でた、シスコン』
これに関しては妹だけじゃなく、家族全体の問題でしょう。
『ならファミコン?』
それだと日本有数の玩具メーカーに怒られそうなので略さない方が良いと思います。
呼び方はともかく、俺が東京の高校に通うとなると、その間千秋が無防備になってしまう。
力を持った若い女性が貴重な業界なので、放っておくと何があるかわからない。
その上、俺という稼ぎ頭がいなくなるため西尾家の収入がガッツリ落ちてしまうというのに、芹沢嬢を住み込みで働かせる以上、食い扶持は減っていないことになる。
そこから導き出される答えは……そう。家計のピンチである。
ついでに言えば、二年前に母屋を新築し、今また御社殿を改修しようとしている我が家に叔父さんや母の実家からの援助の手はないと思わなくてはならない。
『むしろ今までの借りを返さねばならぬじゃろうな』
ですね。
親族に金を借りられなくなったことと、俺がいなくなったことが重なった結果、数年前のように父親が釣ってきた川魚がごちそうなんていう生活に戻るのはあまりにも不憫すぎる。
故に俺は、千秋が自分が食べたいと思ったものを自由に食べられるくらいの金を稼げるようになるまで鍛えなくてはならないのだ。
『とんかつをね。食べたいときに食べられる。それくらいが丁度良いんじゃよ』
具体的には深度2の異界を自由に歩き回れるくらいになれば、とんかつにカキフライを付けても大丈夫になる。
なので今は千秋を鍛える前段階として、千秋の護衛兼付き人である芹沢嬢を鍛えているわけです。
『なるほどのぉ。そういうことかや』
結局のところ、急激な進路変更に伴い予定の変更が余儀なくされたというだけの話だ。
もちろん俺に高校を卒業して欲しいと願う両親が悪いわけではないので、文句をいうつもりはない。
そんなわけですので、神様からすれば高校なんてつまらないかもしれませんが何卒ご容赦願いたいところです。
『いや、別に構わんぞ。暇なら寝るだけじゃし』
それはよかった。
「えっと、今日はもう終わり……ですよね?」
神様が納得してくれたのを受けてほっと一息ついたところに、着替えを終えた芹沢嬢から声が掛かる。
本来であればもっと追い込む予定であったが、これ以上ここの妖魔と遊ばせても意味はない。
むしろ彼女が今の自分とここの妖魔とのレベル差に気が付かないうちに撤収するべき。
それは分かっているが、このまま帰るのも勿体無いわけで。
「修行は終わりだな」
「え?」
「これから【魔石】や素材の採取をするぞ。これが退魔士の稼ぎのメインになるから、君も見て覚えておけ。もちろん妖魔は俺が片付けるから、君は荷物持ちを頼む」
「あ、は、はい!」
武蔵村山異界の【魔石】三割増しキャンペーンはまだ続いているからな。
数か月後に金欠になることが予想されている以上、稼げるときに稼がなくてはならないのだ。
『ここで稼げる程度なら深度3の異界に潜ればすぐ稼げるじゃろうに』
それはそれ、ですよ。
目の前にお金が落ちていたら拾うでしょう? そういうことです。
――この後、めちゃくちゃ採取した。
―――
アイナ視点。
二人で頑張ったら18万くらいになりました。
暁秀さんは私にも取り分として半分くれました。
とっても疲れたけど、自分で稼いだお金で食べたデザートはとてもおいしかったですマル
学校に行ってからが本編……かもしれない。
閲覧ありがとうございました。




