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24話。人身御供の独白

『ゴアァァァァァァァァァ!』


「死ぬぅ~! 死んじゃう~!」


「そう言えてるうちはまだ大丈夫だ」


私は芹沢アイナ。魔力があることと、数日前までとあるお屋敷の一室で飼われていたこと以外には際立った特徴もない、どこにでもいる12歳の女の子。


そんなどこにでもいる女の子だったはずの私は今、武蔵村山異界と呼ばれる地獄で、妖魔と呼ばれる悪魔に追われています。


「走れー。走らないと捕まるぞー。捕まったら色々ヤられてから食われるぞー」


「ひぃぃぃぃぃ!」


「まぁ、ナニをされようとも、死ぬ前には助けてやるから安心しろ」


「まっっったく安心できませぇぇぇぇん!」


魔力を持つ女性が妖魔に捕まった際に何をヤられるのかなんて聞くまでもありません。

12歳の少女とてそのくらいは知っています。


だから絶対に受け入れるわけにはいきません。現時点で色々と垂れ流しているので今更尊厳も何もあったものではありませんが、私にも譲れない一線というのはあるのです。


『オォォォォォ!』


「お、増えた」


「なんで増えるのぉぉぉぉぉぉ!?」


「それはね? 君があいつらを倒さないで逃げ回っているからだよ」


「あんなの倒せるわけないじゃないですかぁぁぁぁ!」


叫び声を上げながら全力で走っている私の横で、腕を組んで走りながら余裕綽々の表情を浮かべつつ「何をわかりきったことを」と言わんばかりの口調で無慈悲な突っ込みを入れてくるのは、此度私の保護者兼師匠となった西尾暁秀さんです。


「叫ぶ余裕が有るならまだいけるな」


「叫ぶことしかできないんですよぉぉぉぉ!」


「呼吸ができるならヨシ!」


「この人でなしぃぃぃ!」


「退魔士なんてそんなもんだぞ」


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


そう言われたらなにも言い返せない。


これから私はただひたすらに妖魔から逃げるだけの機械と化します。


……あぁ。これまでお屋敷の中でお人形のように生きていた私が、どうしてこんな、一歩間違えば命以外の全てを失うようなスパルタトレーニングを施されることになったのか。


それもこれも、血縁と書類の上で私の父と呼ばれる立場にあった男がやらかしてくれたせいです。


あの男は教会と呼ばれる組織の幹部でした。


あの男はその立場を利用して汚いお金を稼いだり、沢山の女性と関係をもっていました。


私はその中の一人から生まれた、いわば愛人の子です。


本来であれば認知さえされなかったであろう私が、曲がりなりにも芹沢の子として引き取られ、あの男が持つ屋敷で暮らすことが許されていたのは、偏に私が霊力と呼ばれる力(退魔士の方々は魔力というらしいので以後は魔力と呼びます)に目覚めていたからです。


鍛えて教会の戦力として使うも良し、育てて嫁に出すも良し、そのまま生け贄として使うも良し。


あの男にとって私はそんなお手軽アイテムだったのでしょう。


ただ、さしものあの男も世間体を気にしたのか、はたまた嫁に出したときに馬鹿すぎると見くびられると考えたのかは知りませんが、少なくとも最低限の教育は施されましたし、欲しいと思ったものや、周囲に合わせるために必要と判断されたものもしっかり与えられました。


スマホは貰えましたが課金は許可されない。

そんな感じと言えば分かりやすいでしょうか。


普通に生きる分には不自由しない生活なのでしょう。でもそれだけ。


私の存在をあの男に認知させようとして教会に乗り込んだ母は、数時間後にはその姿を見ることができなくなりました。


彼女が想定していた以上の手切れ金を貰って立ち去ったか、もしくはあの男と敵対する派閥の人間に余計な情報を漏らす前に消されたのでしょう。


どちらにせよ、生みの母という帰る場所を失った私はあの男の屋敷に住むことになりました。


もとからそこに住んでいたあの男の正妻や、その子供たちからは無視されていました。


向こうの気持ちも分かります。


何が悲しくて夫の不倫相手の子供と一緒に暮らさなくてはならないのか。


それを思えば、無視だけで済んだのは向こうの人たちによる精一杯の恩情だったのかもしれません。


嘘です。向こうの人、特に正妻さんからは常に『いつか殺してやる』みたいな感情を向けられていましたから。


ついでにその息子さんからは別の意味で『ヤってやる』みたいな感情を向けられていました。


私、異母妹なんですけど大丈夫ですかね? 


あ、聖書でもやってることだから大丈夫ですか。そうですか。


どうでもいいですね。


今に至るまで暴力を振るわれなかったのは、もし私が感情に任せて反撃したら自分が死ぬことになると知っていたからでしょう。


食事に毒を盛られたりしなかったのは、あの男が私を利用しようとしていたことを知っていたからでしょう。


性的なあれこれは、私がまだ幼かったから自重していたのでしょう。


最終的に私は、無視こそされていたものの、そこそこ大きなお屋敷で、そこそこ良い服を着て、そこそこ良いものを食べて生活することができていました。


それが俗にいうDVの一種であることを知ったのは極々最近のことです。


でもウチの場合は宗教関連の修行という名目があったので、もし私が然るべき機関に駆け込んでも問題視はされなかったでしょう。


不思議なのは、そんな環境で育てられた私があの男のために働くと、周囲の人間が本気で考えていたことでしょうか?


そんなわけがないでしょうに。


もし結婚して他の家に入ったら(できるかどうかは別として)間違いなく報復しようとすると思うんですけど。


いや、まぁ、生け贄にするのであれば私の感情なんてどうでもよかったのでしょうが。


しかしながら、自分でも(ゆが)んでいると理解できる程度には(いびつ)だった私の日常も、少し前までの千秋さんの話を聞いた後では、どちらがマシだったのかはわかりません。


だって、お父さんが釣って来た川魚がごちそう扱いで、普段は農家の方から差し入れられる野菜とお米だけの生活とか、正直想像もできませんよ。


少なくとも私は今に至るまで着るものにも食べるものにも住むところにも不満を覚えることがありませんでしたから。


そういう意味ではあの男に対して最低限の借りと言えるモノがあったのかもしれませんね。


みんな死んでしまった今となってはなんの意味もないことですが。


重要なことはただ一つ。今の私の保護者は、血縁上の父親でもなければ書類上の母親でもなく、隣で走っている暁秀さんだということです。


『ゴアァァァァァ!』

『オォォォォォォォン!』


「お、向こうも気合入ったな」


「入れないでぇぇぇぇぇ!」


そもそも何故私が色んな危機に怯えながらもこんなことをしているのかと言えば、これが暁秀さんが考案した私の魔力を高めるための修行だからです。


何故魔力を高める必要があるのかと言えば、教会勢力に襲われた際に自衛できるようにするためであり、これから私が暁秀さんの妹さんである千秋さんの護衛として働く必要があるからです。


力が無ければ奪われる。ならば簡単に奪われないくらいの力を持てばいい。

単純ではありますが、そうであるが故に反論の余地がない理屈と言えるでしょう。


肝心の魔力ですが、これを高めるための方法は大きく分けて2つあります。


1つは修行。普通ですね。もちろん修行自体は異界でなくともできますが、暁秀さん曰く「同じ修行を行うにしても、魔力の薄い現世で行うよりも魔力が満ちている異界で行う方が効率が良い」とのことでした。


言わんとしていることはわかります。


異界で運動することで魔力を体内に取り入れるとかそういう理屈を抜きにしても、こうして妖魔に追われている方が必死になりますからね!


もう1つは妖魔を討伐すること。これも普通と言えば普通のことですね。


妖魔を討伐した際に生じる魔力の残滓を吸収することで、己の魔力を高めることができるのです。

ゲーム風にいうのであればレベルアップです。


戦闘経験も積めるので、心身ともに強くなる方法として退魔士の間では認知されています。


それらを踏まえた上で現在私が何をしているのかと言えば、主に持久力を鍛える修行と、力のある妖魔の怖さを認識する修行です。ついでにパワーレベリングもしています。


「はひぃ。も、もう無理~」


「もう少しいけそうだが……まぁいいか。君たちもごくろうさん」


『ゴアッ!?』

『オォッ!?』


暁秀さんがナニをしたのかはわかりません。分かりませんが、妖魔が消滅したことはわかりました。


「はぁ、はぁ。……あ、きた」


妖魔が消えるとともに、私に力が流れ込んでくるのがわかります。

これがパワーレベリングです。


暁秀さん曰く「君が妖魔からのヘイトを全部引き受けている状態で、妖魔が俺を認識する前に討伐する。これによって妖魔から得られる魔力的なモノのほとんどは君に流れることになる」とのこと。


これまたゲーム風に言えば、経験値を分配するにあたってその比率を決める要因が【妖魔からの意識】にあるということなのでしょう。


理屈としては理解できなくもないのです。


近くにいる者に対して優先的に力が流れるのであれば、寄生プレイし放題ですからね。


それができない以上、暁秀さんが提唱している妖魔の意識が関係している説は決して荒唐無稽なものではありません。


尤も、妖魔に意識される前に討伐するという難事が簡単にできてたまるかというお話なのですが。


とはいえ、誰が聞いても至極真っ当と認めて貰えるであろう突っ込みも、実際にやっている人の前では無意味なものに成り下がります。


実際にこうしてできていますからね。


「あぁぁぁぁぁ。死ぬかと思ったぁぁぁぁぁ」


「なんだ。まだまだ余裕がありそうだな」


息も絶え絶えの私を見て余裕があるとか、一体この人は何を見ているんでしょうねぇ?


「……そう見えるのであれば、暁秀さんはその目をお取替えになった方がよろしいかと存じます」


いや、本当に。


「ははっ。こやつめ」


修行中はよほど無礼なものでない限り何を言っても叱られないのは良いことだと思いますが、そんなことよりも気にするところがあるでしょう?


この人に鍛えられることになってからまだ数日しか経っていませんが、これだけは言えます。


もう少しだけでいいから常識を弁えてください。


お願いします。死にかけるような修行とか妖魔の餌になりそうな修行とか妖魔の生贄になること以外なら何でもしますから。

閲覧ありがとうございます。



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