23話。人身御供の活用方法
確保するとは決めたものの、ただ保護するだけでは今後似たようなケースが発生した場合に面倒になる。
というか、娘を差し出せば許させるという前例を作りたくないので、彼女には何かしらの仕事を与える必要がある。
『中津原とかが送ってきそうじゃもんな。早苗とか』
ははっ。ナイスジョーク。
雅な神様冗談はさておいて。いまだ年端のいかぬ少女に何をさせるかという話になるのだが、それは彼女が妹と同い年だったことで確定的に明らかであった。
即ち、妹の付き人である。
「え?」
自分に話が回って来ると思っていなかったのか、千秋が呆けた声を上げたが、そんなに意外なことではないだろう。
まずこの芹沢何某、レベル3とはいえ魔力持ちである。
この時点でそうでない一般人と比べたら十分強い。
これからレベリングもするので、力不足ということにはならないはずだ。
ついでにいえば社会的な言い訳にもできる。
普通に考えたら、ある日突然近所の人間が誰一人として見たこともない少女がしがない神社に入り浸っていたら不自然なんてもんじゃないからな。
田舎の人間はそういうところを良く見るのだ。
参拝にはこないくせに。
『五人組制度の名残か、それとも人間のサガか。どちらにせよ面倒なことじゃて』
まったくだ。
とにかく、ウチにも神主という社会的立場がある以上、そういった自覚のない監視員どもに彼女の立場を説明しなくてはならない。
そこで馬鹿正直に「教会から送られてきた人身御供です」なんて言えるはずもなく。
かと言って「親御さんがいない子供を保護した」などと適当な嘘を吐けば、その場は誤魔化せても嘘がバレたときに此方側がダメージを受けてしまう。
『ただでさえ母屋を新築したり、これから御社殿を改修する予定じゃからな。金を持っとると思われれば嫉妬もされる。誹謗中傷なんて当たり前。そこに燃料が投下されれば、な』
炎上間違いなしである。
その誹謗中傷がまるっきりの嘘なら問題はないが、下手に真実に触れていると困るわけで。
故に、周囲に何か言われる前に、嘘ではないが本当でもない事実を作る必要があるのだ。
それが、付き人である。
もちろん、いきなり「付き人を雇い入れた」と言ったところで普通のご家庭の方々には理解されないだろう。
その付き人が小さな子供であればなおのこと不自然だ。
しかしここでウチが神社であることが活きてくる。
『古来より神社や寺で「若者が住み込みで修行する」というのはそれほど珍しいことではないからの』
そういうこと。
あとは俺が退魔士として教育をすれば、彼女を『西尾さんのところで住み込みで働いているお弟子さん』という感じで周知させることができるだろう。
教会としては彼女を殺して欲しいのだろうが、差し出された人柱をどう使おうが俺たちの勝手である。
表立って抗議をしてくることはないだろう。
『むしろ、女として利用するつもり。なんて勘違いをするかもしれんな』
それはあるかも。
魔力を持つ人材は貴重品だし、年齢も近いので交配相手として確保したと思われるってのはありそうな話だ。
『その場合は向こうの思惑である"お主の機嫌を取る"という目的は果たされたことになる故、文句は言われんじゃろうな』
彼女が俺を利用して復讐を目論むとは考えませんかね?
『ない』
即答ですか。その心は?
『そも今回の件で向こうが下手に出ておるのは、向こうが気付かぬうちに呪いを、それも効果から発動条件から威力から、そのすべてが不明な呪いを受けたからじゃ。知らぬことは怖い。じゃが知ればその限りではない』
呪いの詳細を知った今、俺を恐れる必要はない?
『そうなる。此度そこな娘を送ってきたのは、あくまで内外に対して「落とし前をつけた」と示すためじゃろうて。無論死んでくれた方が都合は良いだろうが、そうでなくとも問題はなかろう』
なるほどなるほど。
俺の呪いがカウンター型だと知った以上、今後は術式を使わずに俺を探ればそれで済む話だからな。
参拝客を装うなり、近くにアパートでも建てて監視する感じでもいいだろう。
また、霊的にはともかくとして社会的な力に差があるのも紛れもない事実だから、向こうからすれば俺を必要以上に恐れる必要はない。
俺がその程度であるなら、俺に保護された彼女も恐れる必要はないわけだ。
『もしやしたらお主に逆恨みした阿呆が「あの少女は誘拐された」なんて狂言を仕掛けてくるやも……と不安なのじゃろうが、安心せい。中津原や協会を介して交わした契約を覆すような愚策を弄するほど愚かな組織ではなかろう』
その心配は確かにあったが、そうか、それもないのか。なら問題はないな。
神様との話し合いを終えた俺は、いまだに状況を理解していない妹を説得するために言葉を紡ぐ。
「千秋も来年から退魔士として働くことになるからな。ソロは危険だし、ずっと俺が付いていると千秋のためにもならないだろ?」
「それはそうかもしれないけど……」
そう。今更ではあるが、千秋にも退魔士としての才能は存在している。
それも、そんじょそこらの馬の骨とは比べ物にならないほどの才能が。
『でた、シスコン』
ただの事実です。
なにせ千秋も俺と同様に、生まれる前から神様から認識されていたのだ。神にその存在を認識されている子の体に魔力が宿ることなんて当たり前のことである。
『正確には、妾が憑いておるお主が常時気にしておったから、なんじゃがな』
気になるでしょ。俺と同じ前世の記憶があったら俺と同じような状況になるかもしれなかったんだし。
『お主のような特殊な例が続けて発生するわけないじゃろ! いい加減にしろ! ……とは断言できんのよな』
神様でさえ皆無と言い切れないのが怖いところだ。
実際彼女が生まれるまで俺は『俺の妹が普通なはずがない』と考えていたまである。
そんな俺の予想は、半分外れて半分的中した。
外れた半分は、妹に前世の記憶とかそういうのは一切なく、出産も普通に終わったこと。
的中したのは、妹が普通ではなかったこと。と言っても別に悪い意味ではない。ただ、退魔士としての素質があったというだけの話だ。
後で知ったことだが、子供が魔力を持って生まれるケースというのはかなり少ないらしい。
中津原家のような名門ならまだしも、しがない神社に魔力を持った兄妹が生まれることなど稀も稀。
実際環のところだって弟には魔力がないからな。
そのため妹に魔力があると知った国の機関が、俺や妹だけでなく父や母の遺伝子情報を調べにきたとか。
ちなみにそのとき両親は、俺や妹の情報を提供することは拒否したが自分たちのそれは普通に提供したそうな。
有料だったので色々助かったとのこと。
出産費用には補助金が出るにしても、色々とお金がかかるからね。
余裕ができたおかげで栄養を付けることができたのであれば、それはそれで良いことだと思う。
ちなみに検査の結果、なんで俺と妹に魔力が宿ったか判明することはなかった。
遺伝子情報だけではないかもしれない。
場所の影響もあるかもしれない。
時期の影響もあるかもしれない。
その他、様々な意見があったらしい。
成功体験を再現させるため、まずは父親と母親のソレを使ってクローンを作る計画を立てているかもしれない。なんて思った時期もあったが、それは神様が否定してくれた。
『普通に気持ち悪いからの。全部腐らせてやったわい』
ありがたい話である。ちなみに父親と母親も二回目のサンプルは丁重に断った。気持ち悪いからね。
せっかく手に入れたサンプルが腐ってしまったことで凹んでいるであろう機関の人たちについてはさておくとして。
ともかく俺は、いずれ退魔士として異界に臨むことになる妹にはきちんとした護衛を付けたいと常々思っていた。
もちろん俺が面倒を見れるときは俺が見るつもりだったが、妹の成長を考えれば毎回そういうわけにもいかない。かといってその辺の馬の骨では意味がない。
そんじょそこらの男なんてもっての他である。
『でた、シスコン』
いや、本気で駄目だから。
というか、中津原家のような家単位で部隊を作れるような極々一部の名門に所属している退魔士や、家族や親族で組むことができる退魔士以外の退魔士たちは、基本的にソロで動く。
分け前の分配やら負傷した際の責任の所在などで争うケースが多いからだ。
だから金銭的に余裕のない環にも頼めなかった。
最悪の場合は中津原家に頼めばなんとかなると思っていたので、環に無理をいう必要がなかったとも言えるが。
『なお中津原家の連中に断る権利はないもよう』
そりゃね。妹の安全と連中の命なら妹が大事だからね。
『でた、シスコン』
普通でしょ?
いや、護衛のことだけを考えるのであればそれで十分ではあるのだ。
しかしながら、大人に護衛されながら異界を探索したところでそこになんの意味があるというのか。
『一般知識の教授とかベテランの創意工夫を学ぶとか、何か不測の事態に陥ったときの緊急連絡要員とか、お主がどれだけ過保護なのかを学べるのでは?』
……いったいなんの意味があるというのか。
そんな感じで頭を悩ませていたときに現れたのが彼女である。
同年代の少女と一緒なら無理はしないだろうし、なにより彼女と行動を共にすることで、妹は孤高の戦士を脱却できるではないか。
『それが本音じゃな』
……正直、今まで孤高の戦士だった妹が中学デビューに成功すると思えないっす。
『禿同』
「……なんか失礼なことを考えてない?」
「気のせいだ」
事実だからな。いや、とりあえず話を進めよう。
妹が本気で嫌がったら違う使い途を考えなきゃならなくなるし。
「大前提として、教会から放逐された彼女には帰る場所がない。だから彼女を助けるならウチに住まわせる必要がある。しかしウチにはただ飯食らいを置く余裕はない。ここまではいいな?」
「う、うん」
今回の件で得た金だって用途が決まっているのだ。
御社殿の本格的な改修となれば1Gでも足りない可能性がある。足りたとしてもかなりギリギリなはずだ。
「彼女だって何もせずに居候していたら心苦しいはずだ。……そうだな?」
そうだって言え。
「は、はい! お仕事させてください! 殺さないでください!」
一言余計だが、まぁいい。
「ほら、彼女もこう言っている」
「いや、今のはなんか違う気が……」
「気のせいだ。それにな」
「それに?」
「彼女がいれば、正月の三が日とかに一人でお守り売らなくて良くなるぞ」
「……!」
俺がそう告げると、西尾家が擁するお守り売りの少女は「その発想はなかった!」と言わんばかりに目を見開いた。
『落ちたな』
あぁ。
俺による完全勝利が確定した瞬間であった。
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