22話。人身御供の扱い
今もって殺さないでと被害者面して泣き喚く彼女。
名を芹沢アイナというらしい。
年齢は妹と同じ12歳。
茶髪で、ウマ〇ルを目指すウ〇娘のような髪型をした小柄な少女である。
彼女は、簡単に言えば教会日本支部の幹部だった人の娘さんである。
その彼女がここで泣き喚いているのは、偏に彼女の父親が今回の件の教会側の責任者だったからだ。
教会側がいうには、彼女の父親は今回の計画を主導した人間らしい。
なんでも中津原家のAや協会の田中さんとの橋渡し役でもあったそうな。
教会関係者から事情を聴いた植田さん曰く、件の罠で早苗さんを殺した後に中津原家に混乱を齎し、最終的に日本有数の名家を教会の指揮下に置くという計画だったらしい。
なんだったらこの娘をAの関係者に嫁がせて、外戚みたいな立場を得る予定だったとか。
その際は田中にも十分な報酬を約束していたそうな。
俺たちが件の異界に入った際にいきなり猩々が襲い掛かろうとしてきたのも、それまでに彼らの部下が散々挑発していたから、らしい。
驚いたことに教会側は一応きちんとした計画に則って動いていたようだ。
『正味な話、教会の力を使って中津原家を乗っ取ろうとしていただけのぼんくらのAよりは数倍マシじゃな』
それな。俺もそうだが、神様は俺に輪をかけて馬鹿が嫌いだ。
俺との差は、俺は「敵は馬鹿な方が良い」と考えるのに対して、神様は敵にも一定の知恵を求めるところだろうか。
『だって、敵が馬鹿とか普通につまらんじゃろ?』
その辺は上位者としての余裕があればこそ、だと思う。
で、Aよりも数倍マシな策士が立てた計画は、第一段階である【早苗さんを殺す】ことができず失敗した。それもただの失敗ではない。中津原家や協会からの抗議と自分たちの目に対する呪い付きの失敗である。
対外的な信用が失われ、コマンド部隊や刺客に使った人材が失われ、支部長以下多数の人間の目が失われ、沢山の教会に所属していただけの人たちの視力が永久に失われた今回の件は、当然ながら責任問題となった。
その責任を取らされたのが、今回の件を主導した彼女の父親が率いる一派と、彼らから上奏された計画を承認した日本支部長であった。
詳細は教会内部の権力争いもあるので差し控えるが、結果として責任を取らされる形となった彼らは文字通りすべてを失った。
立場、家、金はもちろんのこと、逆恨みして反撃することがないよう、本人だけでなくその家族も処されることとなった。
具体的な処し方はしらないが、植田さん曰くそのほとんどが教会によって管理されている異界の中に消えたそうな。
中々にハードな交代劇ではあるが、それもこれもあくまで教会内部のお話である。
そこで終わっていれば俺だって何も言わない。
しかし、一連の交代劇の後、新たに日本支部長になった人物に余計なことを吹き込んだ奴がいた。
その人物曰く「中津原家もそうだが、なにより今回の件の引き金となった人物、つまりは俺と繋がりを絶つのは危険ではないか」とのこと。
分家から脱落者が出たものの、最終的に内部の統制を強めたことで権勢に翳りがないことを見せつけた中津原家が侮れないと判断されるのはわかる。だが、なぜそこで俺が出てくるのかがわからない。
『組織の人間として考えれば妥当な判断ではあるんじゃがな』
迷惑旋盤。
『よく回りそうじゃ』
気持ちとしては提案者の頭をがりがりに削ってやりたいところだが、一応これは和睦の証である。
悪意の塊にしか見えないが、これは善意や謝意から来ている行いなのだ。
『少し調べれば中津原家が蛇の妖魔に人柱を捧げとったのはわかるからの』
調べるも何も、中津原の分家の人間と接触していたのだ。そうである以上そのことは「知っていておかしくない」のではなく「知っているのが当然」だ。
また退魔士業界の常識として、人柱として捧げられるのは魔力的な力を持つ若い少女というのが定番である。
それらを踏まえて、今回の教会の考えは以下のようなものになったのだと思われる。
1・向こうからすれば元幹部の娘など手に余るだけの存在だった。
2・普通なら親と一緒に異界に放逐している。
3・しかしながら、彼女には魔力的な力があった。(神様曰くレベルにして3程度)
4・せっかく力のある若い娘を確保したというのに、ただ異界に放り投げて妖魔の餌にするのも芸がない。
5・そういえば向こうは人柱を捧げる習慣があったな。
6・せや! この娘を和睦の証にしたろ!
詳細は違うかもしれないが大筋では間違っていないと思う。
これでこちらに対して悪意の欠片もないのだから中々イカれた業界である。
『つってもな。もしまだ中津原家が人柱を捧げる慣習を止めておらなんだらこの娘は喜んで受け入れておると思うぞ』
そうなんだよなぁ。少なくとも去年までであれば教会の対応はなんら間違っていない。
むしろ誠意ある対応と言えるのだ。
だが今は違う。奉納することができないわけではないが、受け取る側である神様自身が人柱をあまり望んでいない。
『それもただでさえ食いでもなさそうな小娘じゃというのに。実力もレベル3程度じゃろ? そそらんなぁ』
魔力も薄いし肉も不味そう。そんな餌を奉納されても迷惑。これが神様の意見である。
ここまで言われてしまうと俺も無理に彼女を奉納しようとは思わない。
しかし元々彼女は神様に奉納されることを目的として差し出された娘さんである。
当然教会からすればすでに死んだものと思われているはずだ。
そもそも罪人がやらかしたことに対する罰がその血縁者にも及ぶというのはこの業界の常識である。
故に死罪相当の処罰を受けた罪人の娘である彼女も向こうはもはや死んだものとして扱っているだろう。死んでいる存在である以上、彼女の帰る家など存在しない。
こうなると、もしこちらが『いらない』と返却した場合、向こうは「そうですか。ならこっちで処分しますね」と言って、彼女の父親たちが消えたという異界に投げ込むことになる。
処し方は向こうの勝手なのだが、問題はそこではない。
彼女を教会に送り返すということが、向こうから差し出された謝意を拒絶したと受け取られる可能性があるのだ。
『こんな小娘よこしてなんのつもりじゃ! 喧嘩売っとんのかゴルァ!? って感じじゃな』
実際そんな感じになるんだよなぁ。
この場合、誠心誠意謝罪をしてきた相手の顔に泥を塗った形となるので、完全に俺が悪者になってしまう。こうなると中津原家もフォローできないし、なにより教会が俺を本格的に敵視する可能性すら考慮しなくてはならなくなる。
俺個人であればいくらでも対処できるが、両親や妹、叔父一家や母親の実家が狙われた場合は対処のしようがない。
『特に社会的な圧力の場合はな』
そういうことだ。向こうが本気になれば一般市民を冤罪で逮捕するくらいは当たり前にするからな。
それが誤認逮捕だったと判明しても、周囲の人間からすれば『一度逮捕された』というだけで瑕疵となる。
報復しようにも、向こうは『誤認逮捕してすみませんでした』と謝罪をするだろう。
そうなれば、報復はただの憂さ晴らしにしかならない。当然周囲の理解を得られず、俺たちはますます孤立することとなる。
世の中には社会的に孤立しても尚気丈に生きていける人間はいる。
だが大半の人間はそれを気に病んでしまうものだ。
幼いころから金銭的に世話になってきた叔父さん一家や母の実家の人たちをそんな目に遭わせるわけにはいかないと考えると、彼女を教会に返すという選択は取り辛い。
『そもそも【報復】する時点で身内に被害が出ておるということじゃからな』
その通り。これまでの恩を仇で返すのは心苦しいと思う次第である。
問題はそれだけではない。
退魔士ではないものの、神職としての教育を受けてきたが故に「神様に奉納するために差し出されたモノを返すなんてとんでもない」と考えている父親と違い、一般家庭から嫁に来た母はもちろんのこと、神社の都合は理解していても退魔士の都合を理解しているわけではない妹が、目の前で死の恐怖に怯えて泣きじゃくる彼女をただの被害者としか認識していないのが問題だ。
「お兄ちゃん。別にこの子が悪いことをしたわけじゃないんでしょう?」
「お父さんが悪いことをしたからって、その子供を罰するのは違うと思うよ」
二人が言っていることは正しい。
兄としても、妹が人としてまっすぐに育ってくれて嬉しいという思いはある。
だからこそ悩む。
奉納は駄目。返却も駄目。
返却と同じ理由で中津原家に投げるのも駄目。
かと言って放逐した場合は野垂れ死ぬか彼女からの反撃を恐れた教会関係者に殺されるか。
『はたまた偶然通りがかった優しいお兄さんが無償で助けてくれるか、じゃな』
それなんて乙女ゲー?
確かに、無償だろうと体目当てだろうと、寄る辺がないだけでなく特大の爆弾が付いている彼女を助けてくれるような主人公的存在がいれば彼女的にはいいかもしれない。
でも、その場合は放逐した俺らも狙われそうなので却下です。
『喰わぬし返さぬし捨てぬのであれば、残るは一つしかないぞ?』
そうですね。どれもできないのであればこちらで保護するしかない。
『捨て猫の扱いそのものじゃな』
本当にな。幸い家は新築したばかりなので、部屋には余裕がある。
『田舎の家ってなんで無駄に部屋を多く作るんじゃろな?』
二世帯や三世帯で住むことを考えたり、お客さんが来ることを想定しているからだと思います。
その例に漏れず、ウチは客間を多く作っているのでそこに住まわせればいい。
もちろんタダで住まわせるつもりはないし、できることなら面倒を抱え込みたくない。
そんなわけで俺は一つ悪あがきをしてみることにした。
『大体失敗するパターンじゃな』
1%でも可能性があるのなら挑むのが男というもの!
『命は投げ捨てるモノっ!』
坐禅の姿勢で浮かび上がる神様を横目に、ジョインジョインと思考を切り替えながら俺は少女こと芹沢アイナに問いかける。
「質問に答えてくれ。あぁ、嘘を吐いたら錆びた釘を5本飲ませるからそのつもりで」
『妙に具体的な数字じゃな』
そのくらいの方がいいでしょ。針を千本用意するの大変だし。
「はい! 絶対に噓なんか吐きません!」
向こうも俺が本気だと見て取ったようだ。面倒が無くて結構なことである。
「良い返事だ。では聞こう。もし俺たちが君を保護した場合、あとで俺らに復讐とかするつもりはあるかい?」
彼女の父親が失脚したのは因果が応報した結果である。自業自得と言えばその通りなのだが、見方を変えれば彼女にとって俺は父親の仇である。教会だって彼女をここに送り付けてくる前に、俺に対して悪意を抱かせるためにそのくらいのことは教えているだろう。
もちろん彼女の父親通りに計画が進行していたら俺たちは死んでいたはずなので、やり返したことについて文句を言われる筋合いはない。
教会も協会も自業自得、因果応報の結果だと思っている。
しかしそう言うのをひっくるめて自分の親が処されたことを納得できるかどうかと言えば、難しいところだ。自分の命が懸かっているとなれば猶更だ。
事実、俺が彼女の人生を狂わせた原因の一端であることに間違いはないのだから。
だから彼女が俺を恨むのを止めるつもりはない。
その気持ちを抱いたまま死んでもらうだけだ。
母や妹も「あとで復讐します!」なんて宣言した人間を擁護することはないだろうからな。
嘘を吐いたら宣言通り錆びた釘を飲ませるだけ。
結果として彼女は死ぬことになるだろうが、それは嘘の代償だ。
妹に契約で嘘を吐くとどうなるかってことを教える教材になってもらう。
どちらに転んでも死んでもらう。
……そのつもりだったんだけどなぁ。
「はい! そんな気持ちはありません! 元々あの人たちを両親と思ったこともないんです! だって親らしいことをしてもらった覚えがないので!」
「おぉう」
はきはきと告げられた悲しい事実であった。
『嘘ではないのぉ』
そうでしょうね。こんな悲しい嘘を堂々と告げることができるならそれはそれで凄い逸材だと思うが。
「お兄ちゃん……」
「おにいちゃん……」
母と妹からの圧力が増したのを感じる。
『そりゃな。親からの愛を受けずに育ってきた子供を見た母親と、金はなくとも親からの愛情を受けて育ってきた妹からすれば、親の愛を知らない上に死にかけておるコヤツは庇護対象にしかならんわな』
くっ。賭けには失敗した、か。
『フラグを建てたのはお主じゃて。99%負ける賭けに負けただけじゃろ』
過程はどうあれ、賭けに負けたことは紛れもない事実。
彼女は己の才覚で勝ちをつかみ取った。
そうである以上は仕方がない。本格的に彼女を保護するための環境づくりしなくてはなるまいよ。
それが負けた者の通すべき筋ってやつだからな。
閲覧ありがとうございました。