2話。神様がいる日常
その神様は白かった。
頭からつま先まで白かった。
髪の色も皮膚の色も真っ白で。
服も白い和服を好む。
その声も、吐きだす息も白いように思えたし。
履いているのであれば下着も白だろう。
唯一、瞳の色だけが黒かった。
生まれる前から一緒にいる神様は、白い少女の姿をしていた。
―――
霊和14年。
西暦にして2024年の今、人類は霊的な存在と共存できる体制を作り上げていた。
具体的に言えば、異界で採取できる霊的な物質をエネルギーにした発電方法や、霊的な存在を討伐した際に得られる力に名前を付け、管理する方法を作り上げたことだろうか。
これは全世界規模で行われたのだが、その中でも特にスムーズに話が進んだのは、当たり前というかなんというか、多数の人間が特定の宗教を持たず、それどころか国民の大半が『八百万の神』という、多数の神が存在することを当たり前のことと受け入れていた国、つまり日本であった。
日本が他の国と違うところは、近代化が進んでいた中であっても一定以上の寺や神社が残っていたことだろうか。
元々神社仏閣とは霊的な力の強い地に造られているケースが多い。
そのため他の国で多発したような『野良の霊が強力な霊地を得て強化される』というケースは少なかったし、増え続ける異界もその大半が人間でも踏破できる程度のものに収まっていた。
「とは言っても、神クラスが創る異界はそうでもないけどな」
あくまで大半がそうであるというだけで、例外は存在する。
どれほどの使い手であろうと下手に踏み入れば普通に死ぬ。
それが神がおわす異界なのだ。
『当たり前じゃ。人間と神はそれこそ存在の位階が違う故な。軽々しく接することなどできんわ』
「そう嘯く神様がこちらです」
ここに軽々しく接する、というか、当たり前に人間と共存している神様がいるらしいのですが、それは?
『妾がなんの配慮もなくお主以外のモノと接した場合そいつが死ぬことになるが……見てみるか? 知人が文字通り弾けて死ぬ様を?』
「すみませんでした」
流石の俺も友人知人が弾け飛ぶ様は観たくない。それが何かしらの無礼を働いた結果というのであればまだしも、俺が振ったネタに対して神様が気まぐれでツッコミを入れた結果となれば尚更だ。
罪悪感が半端ない。
『うむ。わかればよい』
神の威は大きく、強い。
存在の格と桁が違うと表現せざるを得ないほどに。
ではなぜこうして常時接触している俺が大丈夫なのかと言えば、偏に神様が俺に合わせてくれているからである。
曰く『お主が死んだらその魂は妾のモノになるとはいえ、折角の現世じゃからな。妾とて暇潰しくらいはしたいのじゃよ』とのこと。
いつの間にか死んだときのことも決まっていたが、彼女がいなければ生まれてくることもできなかったと思えばそれも仕方のないことだと思う。
というか、死んだ後の魂を神様に保護して貰えると考えれば悪いことではないような気もする。
『そう思えるのはお主が特殊だからじゃよ。普通は嫌がるもんじゃぞ』
「そう言われましてもねぇ」
特殊。そう、特殊。
神様と共存していることもそうだが、それ以上に俺には特殊な状況と断言できる要素があった。
それが前世の魂とそれに付随していた記憶である。
と言ってもネタ的なこと以外ほとんど覚えていないが。
ただ神様はその覚えていない部分を閲覧できるらしく、暇を潰すには事欠いていないらしい。
『前世の記憶がある。ありきたりと言えばありきたりな話じゃが、それが異なる世界の魂と紐づいた記憶となれば珍しいでは済まぬわな』
神様のいう通り、俺が知る西暦2020年代の年号は令和であって霊和ではない。13年前の2011年に改号されていることも大きな違いだ。
決定的だったのは、俺の魂に紐づけられたモノを閲覧した神様から『ふむ。お主が持つこの知識はこの世界のモノではないな』とお墨付きを頂いたことだろうか。
どうやら俺の魂は世界の壁を越えたらしい。
出産のかなり前から難産になることが想定されていたり、無事に生まれてくる可能性が低いと言われたりしたのもこのせいだ。
神様曰く、俺の魂と肉体が釣り合っていなかったとのこと。
『魂が持つ情報量が多すぎて肉体が悲鳴を上げとったからの。妾の処置がもう少し遅かったら死んどったぞ、マジで』
そういうことらしい。
つまるところ神様は文字通り命の恩人なのだ。
加えて、今も神様のおかげで生活ができているところもある。
ここまでしてもらっておきながら死んだ後のことを騒ぎ立てるとか……それこそ筋違いが過ぎるというものではなかろうか。
『お主が良いならそれで良いわい』
純粋な感謝に弱いらしい神様は、そう言って会話を切ろうとする。
顔を明後日の方向に向けているため表情は窺えないが、その耳が真っ赤に染まっているのは誤魔化せない。
うむ。恥じらう神様もまたいいものだ。
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