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19話。予期していても避けられない事故

レビューありがとうございます!

(死ぬかと思った)


別れ際に見せた笑顔から、暁秀からは「今頃は呪いが解けてルンルンに浮かれているか、もしくは屈辱で顔を歪ませているんだろうな」などと思われていた西尾家の金蔓こと植田桂里奈は、職員が運転する車の後部座席で表情を歪ませながらガタガタ震えていた。


歓喜でも屈辱でもなく、純然たる恐怖を感じて。


(なんだアレは。なんなんだアレは!?)


彼女は名門出身であり、自身も深度3の異界を探索できる程度には実力のある退魔士である。


だからこそ気付いた。気付けてしまった。


(あそこは……異常だ)


田舎町にあるしがない神社は、二年前に訪れた際とは明確に違っていた。


家屋が新しくなったのは関係ない。


犯罪に使わないのであれば渡した金をどう使おうが向こうの勝手だし、何より新しくなった今よりも、前の方が色んな意味で「大丈夫か?」と言いたくなるような状態だったのだから、それが改善されたことに恐怖を感じることはない。


なので桂里奈が恐怖を感じたのは交渉をした母屋ではなく、儀式のために入った本殿であった。


(ヤバかった。もしお茶とかを飲んでいたら間違いなく漏らしていた)


正直なところ桂里奈は暁秀との交渉の最中、内心で「お茶くらいだせよ、このクソガキ」と思っていたのだが、今となってはそれが思い違いであったことを自覚していた。


暁秀はわざとお茶を出さなかったのだ。

儀式の前に何かを飲んでいたら間違いなく漏らしていただろうから。


彼のわかりにくい優しさのおかげで彼女の社会的地位は保たれた。


桂里奈は飲み物を出さない優しさもあるのだと知って、暁秀に感謝した。

文字通り、謝りたいと感じていた。


しかしながら、暁秀に感謝することとあの場にいたナニカに恐怖することは全くの別問題である。


必死で瞼を閉じていた際、桂里奈はすぐ近くに上位者の威を感じた。

それはまるで自分を品定めしているかのように思えた。


(間違いない、アレは文字通り私を品定めしていた)


餌として喰らうためなのか、それとも契約者であるあの子供に仇成す存在かどうかを見ていたのかは知らないが、少なくとも桂里奈には自分が見られていたという確信があった。


それだけではない。瞼の上から、柔らかく、生温いモノに触れられた感触があった。おそらく蛇の舌だろう。目を開けていたら抉りとられていたに違いない。いや、目だけで済んでいたとは思えない。


蛇系の妖魔は相手を丸呑みする。そして丸呑みされた場合、すぐには死ねない。

徐々に溶かされて死ぬことになる。


もちろん溶ける前に窒息死するだろうが、それが何の救いになるというのか。


(あのとき、少しでも怪しい態度を取っていたら死んでいたッ!)


己に迫っていた死の近さを思い返し、ガチガチと歯をならす。


そして桂里奈が恐れているのは、実のところ己に死を齎しかけた上位者だけではない。


(なんで……なんであのガキはあれだけの存在を呼び出しておきながら平然としていられるんだ!?)


あのとき自分の傍にいたのは間違いなく神クラスの妖魔だ。

召喚した暁秀がそれを知らないはずがない。


祭神だから大丈夫だと思った? 

妖魔の方が己の信者だからと恐怖を感じさせないよう気遣っている?


(わからない。なにもわからない。だが一つだけ理解したことがある)


それは、暁秀とは絶対に敵対してはならないということだ。


(差し当たっては今後の関係だ。本人が特別扱いを望んでいない以上、みだりに接触しない方が良い)


名家出身の桂里奈は、周囲から注目を浴びることを悪いこととは思っていない。

だがそれは周囲からのやっかみやら何やらを捌ける立場にあるからだ。


そういった後ろ盾がない人間にとって注目を集めることが良いことではないことくらいは知っている。


(霊的な後ろ盾という意味では今のアレに敵うモノはそうそういない。だが社会的な後ろ盾となると……)


中津原家との繋がりは悪いモノではないが、かつてのそれとは違い、今の中津原家は弱体化している。

それこそ一介の協会職員が本家筋の娘に害を加えようとするくらいには。


(そういえばそれが今回の元凶だったな)


みだりに接触しないことと実家を巻き込んで暁秀の社会的な後ろ盾になることを両立させる方法を考えつつ、桂里奈は今回の件の大本と後始末について考えを巡らせる。


今回自分が呪われたのは間違いなく田中経由だ。

その田中が呪われたのは教会経由だろう。


自分が目の痒み程度に収まっているのに対し、教会の支部長が失明したのは、それだけ強い力のある術を返されたからだと考えれば辻褄は合う。


(そこまではいい。ん? いや、まて。もしかして、このままではヤバいのでは?)


この時、桂里奈の脳裏にとある可能性が浮かび上がった。


例の呪いは、呪われた人間を基点として際限なく拡散する性質をもつ。基点に近い程強く、拡散する都度呪いは弱体化するが、それでも日を追うごとに目に違和感を覚えたり、徐々に視力が落ちることになるだろう。


(それは別にいい)


自分たちはすでに解呪されているのだ。桂里奈にとってなんの関係もない教会の連中がどうなろうと知ったことではない。


問題はこの呪いの効果ではなく特性、もっと言えば発動条件にある。


この呪いの発動条件は、暁秀に対して何らかの観測や監視系の術式を飛ばすことにある。


なにもしなければ呪われることはないという、ある意味では良心的な呪いだが、逆に言えば術式を飛ばす存在がいればずっとカウンターが発動するということだ。


今回はそれがネックとなる。


前回の場合、暁秀に術式を飛ばしたのは入間支部の関係者だけであった。

だから解呪ができないと判断された時点で、暁秀に対して術式を飛ばすような奴はいなくなった。


だが、今回は教会という外部勢力も関わっている。 


想像してほしい。教会側の人間が、自分の組織の日本支部長が呪詛によって失明した場合どのような対応を取るかということを。


(まずいかもしれん)


日本支部長が失明したことを受けて、その原因を探ろうとはしないだろうか?

その方法は術式による逆探知ではないだろうか?

その術式が【自分に対する観測の術式だ】と認識されたらどうなるだろうか?


(返される。間違いなく)


さらに問題は続く。元々協会はその成り立ちから、さまざまな宗教団体の寄り合い所帯となっている。

そのため協会の職員であった田中が教会と繋がっていたのも特段驚くようなことではない。


それを踏まえた上で、だ。まず教会の日本支部は東京にある。

その縁で東京の協会本部に対して呪いの元凶を探るよう依頼が出される可能性があるのではないだろうか?


というか、呪いの発信源が入間支部に登録している人間だとわかった時点で、調査のための術式を飛ばすのではないだろうか?


もし、なにも知らない東京の職員が発信源である彼を探ったらどうなるだろうか?

そこから埼玉の本部や入間支部に連絡が入り、我々に調査や報告をするような依頼がきたらどうなるだろうか?


(再度、呪われる?)


ただでさえ悪かった顔色がさらに悪くなる。


先ほど解呪してもらったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()である。


言うまでもないことだが、呪いとはインフルエンザと違い、一度治ったからといって免疫ができるようなものではない。


つまり条件を満たせば再度呪われるのだ。そして東京支部の人間や教会関係者が観測の術式を飛ばす可能性は極めて高い。というか確実に行われる。それも単発ではなく何度も。


寄り合い所帯の悪いところが顕在化した瞬間であった。


(そうなったらどうなる? また呪われるのか? 呪われたらどうする? また解呪を頼むのか? 部下でもない連中がやらかしたことの尻拭いのために?)


東京の協会長に説明をするのはいい。教会の馬鹿どもに説教をくれてやるのもいい。

あのガキに頭を下げるのもいい。玉串料だって払おう。


だけど、あの空間に再度行くのは、またあの存在に見られるのだけは絶対に嫌だ!


(あぁ。でも、駄目なんだろうな)


現実は非情である。いくら拒絶しようとも、悲しいかな中間管理職にすぎない桂里奈の主張が認められることはない。むしろ率先して動かなければならない。


そんなことは桂里奈本人が一番よく知っている。


高圧的な態度で解呪を迫るであろう東京の連中を宥めるのは誰か。

そんな連中が暁秀の元に行かぬよう泥を被らねばならないのは誰か。

呼び出すことなどできないため再度あの場所に赴くことになるのは誰か。

厚顔無恥に賠償を求めてくるであろう教会の連中に「自業自得だ馬鹿が」と伝えるのは誰か。

最終的に彼を制御できなかったお前が悪いと責められることになるのは誰か。


触れるなと厳命した存在に触れてこの面倒な状況を招いた元凶は誰なのか。


「田中ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


入間支所に戻ったと同時に「東京の本部から問い合わせが来ている」と伝えられた桂里奈は、自宅で「話が違う」と言いながら泣き喚いている職員に対し、あらん限りの呪詛を込めてその名を叫ぶのであった。


悲しい事件はまだ終わっていないもよう


閲覧ありがとうございました

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