17話。西尾家の いもうと が あらわれた
「本日は早朝から押し掛けてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、事情は理解しております。早く支部に戻って田中さん以外の職員さんを安心させてあげてください」
田中は熱した鉄板の上で土下座してどうぞ。
「お気遣いありがとうございます。そのようにいたします」
文字通り肩の荷が降りたのだろう。にっこり笑いながら車に乗って去っていった植田さんに頭を下げてお見送り終了。
今日の夜や明日の朝も今と同じ表情ができるかどうかは未来の彼女次第。
ともかく、わずか数分の儀式で100M単位の玉串料を稼ぐことに成功した日曜の朝。皆様いかがお過ごしだろうか。
『十四年と数分、じゃよ』
フルネームが長すぎて本人すら覚えていなかった説がある某有名芸術家が如き理屈であるが、間違ってはいない。
実際向こうも数分の儀式に玉串料を支払っているとは思ってはいないだろうから、儀式の長さで文句を言われることはないはずだ。
『大事なのは結果。呪いが解けたという結果が全て。力こそ正義であり、それができる力を持つ我らこそが正義。つくづく良い時代になったもんじゃのう』
力云々は、今に限らず昔からそうだったのではないかと思わないでもない。まぁいいけど。
「おにいちゃ~ん。お客さんは帰った~?」
お見送りを終え、母屋に戻って着替えようとした俺にかかる猫なで声。
こんな声で俺を呼ぶ人間は、この家に二人しかいない。
母の美紀子か、妹の千秋だ。
『そりゃそうじゃろ。お主の母と妹以外にお主のことを兄呼ばわりする奴なぞ……いや、従姉妹もおったな』
妹と同い年の従姉妹は、叔父さんの教育のせいで家の歴史を重く見ているみたいで、俺を呼ぶときは兄上呼びしてくるんだよな。
そんな御大層なもんじゃないと言っても謙遜しているだけだと思っているみたいだし。
ちゃんと教育してほしいところである。
『その叔父には兄貴、つまりお主の父に辺鄙な神社を継がせたという罪悪感もあるんじゃろうて』
それはあるかも。神様がいなければウチは今も神社庁からの補助金で細々と暮らしていただろうしな。
逃げ出せた叔父さんからすれば後ろめたいのかもしれない。
『なんせ食卓に魚が並ぶのはたまたま時間ができた父親が川に行って釣ったときだけ。肉に至っては年に数回しか見ることがなかったからのぉ』
それな。昔「魚は食えるのになんで肉を食わないの? 宗教的な理由?」って聞いたときに「贅沢してたら補助金を減らされるからだよ」と真顔で語られたときはどうしようかと思ったよ。
『宗教関係なかったからのぉ。いや、蛇を祀っとる神社で肉が駄目なわけないんじゃが』
神様が肉食なのに肉を禁じるはずがないわな。
クリスマスプレゼントがないのも普通に経済的な理由だったし。
そんな悲しい(とは言っても神社業界ではありきたりな)状況が一変したのは、およそ2年前のこと。
具体的には、俺が退魔士となってから約2ヶ月後のことである。
『第一回干眼祭りじゃな』
そう。今は第二回の真っ最中のこれである。
第一回のとき、向こうもなんとか自分たちで解呪しようとしてウダウダやっていたようだったが、最終的に無理だったのでウチに頭を下げにきたのだ。
『このとき妾は閃いた。「こやつらから玉串料を取れるのではなかろうか?」と』
神様に言われた俺は、なんのことかわからずに戸惑っていた父親に代わり当時の植田さんと交渉を行い、見事玉串料を得ることに成功したのである。
その額およそ100M円。
もちろん宗教法人に対する玉串料なので非課税対象。
金はあるところにはあるんだなぁと実感した瞬間であった。
この臨時収入は、古いには古いが戦前に改修していたため歴史的価値が一切なかった(言葉を飾らずに言えばただのぼろ屋だった)母屋のリフォームに宛がわれた。
『趣の塊じゃったもんな』
2000年代に建てられた一般的な家屋にはない味があったのは事実だが……そんなの見ている分にはいいかもしれないけど、実際に住む人からするとただのぼろ屋でしかない。
宗教的な理由で改修していなかったわけでもなかった(むしろ神様から『これ、いい加減改修した方がよくない?』と言われた)ため、満場一致でリフォームすることに決まってから数ヶ月。
なんということでしょう。
随所にすきま風が吹いていた純和風家屋が、各所に洋式機能を取り入れた機能的和風家屋へと変貌を遂げたのです。
『匠は一切関係なし。普通に土建屋の仕事じゃったな』
普通が一番です。
まず母屋の外にあったトイレが家屋の中に収納されただけでなく、汲み取りポットン式だったそれが洗浄機能付き水洗洋式トイレに変わり。
次いで、昭和の終わり頃から使われていたシンプル洗濯機が乾燥機付きドラム洗濯機に変わり。
同じ頃に購入されたとおぼしき二ドア冷蔵庫がドアや引き出しが沢山ある最新型冷蔵庫に変わり。
夏にはカビ、冬には結露、年中通して虫と錆に悩まされていた台所が、合金製シンク付き多機能キッチンへと変わり。
ぼろぼろだったガスコンロも、IHとガスコンロの二刀流へと変わり。
鍋や炊飯器も新型になったし、それまで存在すらしなかった電子レンジも導入された。
風呂が薪で温度を調節する薪風呂からボイラー付きのユニットバスに変われば、母屋に一台しかなかったテレビが一部屋に一台配備されたし、各部屋にエアコンと床暖房付きストーブがついた。
なんなら全自動で動く掃除機もある。
さらには妹が欲しがっていたSwitch的なゲーム機やパソコンも買えたのである。
『リフォームっつーか、ただの改築、いや、新築じゃもの。そりゃ匠の出番はないわな』
改修、改築、リフォーム、新築。それらの言い様はともかくとして、一連の変革を受けて家族はみな喜んだ。
母親と妹に至ってはマジ泣きして喜んだ。
『そらそうよ。この家で生まれ育ってきた父親と違って、母親は余所からきたんだもの』
行ったことがないので母親の実家がどんな家かは知らんけど、ここより酷いということはなかったはずだ。
おそらくだが、彼女は初めてこの家を見たとき、軽く絶望したのではなかろうか。
『外観を見て一回、中を見て一回、家具を見て一回、暮らしてみて一回。少なくとも四回は絶望したじゃろうな』
きつい。(確信)
さらには俺らを養うためにパートまで……お労しや母上。
それらが改善された(少なくとも家事の負担は大幅に軽減された)ことで母が喜ぶのは当たり前のことだった。
妹は妹で、幼いながらも自分の家が友人を呼べるような家ではないことを自覚していた。
かと言って愚痴を広めて家の評判を落とすわけにもいかないので、周囲に見栄を張る必要があった。
家が古いのは歴史ある家だから。
家でおやつを食べないのは、宗教的に甘いものを控える必要があるから。
テレビや漫画のことに詳しくないのは、宗教的にそういうのを控える必要があるから。
ぬいぐるみやスマホやSwitch的な玩具を持っていないのも宗教的な理由があるから。
良い子にしていてもクリスマスプレゼントが貰えないのも宗教的な理由だし、ようつべやチクタクを知らないのも家が神社だから仕方がない。
そう周囲に嘯きつつ、自分を納得させていた。
だが、そんな感じで友人との間だけでなく自分の中にまで壁を造ってしまった妹は、虐めには遭っていないものの、周囲から距離を置かれる存在となってしまっていたらしい。
『距離を置かれるだけで済んだとも言えるがな』
虐められなかったのは単純に神社の娘さんだからだろう。あと俺がいたから。
一人になってしまった妹は、自分の状況を孤独なのではなく孤高なのだと誤魔化していたようだが……正直10歳の少女が孤高に目覚めるのはどうかと思う。
『自分を納得させるにはそれしかなかったんじゃろうなぁ』
それでも家族に文句を言うことがなかったのだから、できた妹である。
思わず涙が出そうになるほど健気に頑張っていた我が妹であったが、ある日その生活が一変することになる。
まず、家が新しくなった。
外観だけでなく、トイレや風呂も新しくなったことで、友達を呼んでも恥ずかしくない家になった。
それだけではない。自分だけの部屋、自分だけのエアコン、自分だけのテレビ、自分だけのベッド、自分だけのパソコン等々、冗談抜きで夢にまでみていたほど欲しかったものが得られたのである。
これに喜ばないはずがない。
変わったのは住環境だけではなかった。
食卓に、父が釣った川魚ではない、市販されている魚や、年に数回しか見ることがなかったお肉が並ぶようになった。
おかげで牛肉と豚肉の違いがわかるようになった。
鶏肉がニワトリの肉だと知った。
さらには部位により味が違うことも理解した。
冷蔵庫を開ければプリンがあった。
水や麦茶以外にも、ジュースを好きなときに飲めるようになった。
冷凍庫には自分用のアイスだってある。
クリスマスプレゼントも貰えた。
クリスマスにケーキを食べることもできた。
巫女装束以外で初めてお下がりじゃない服や靴を買って貰った。
初めて貰ったお年玉で可愛い靴下を買ったときは泣きそうになった。
こうして彼女は、衣・食・住の全てが変わったことを実感したのだ。
「神は、いた」
そんな彼女にとって、新しい家こそが高天原だった。
故に、自分をそこに誘ってくれた兄こそ主神であり、現人神だった。
だからだろう。
「おにいちゃ~ん」
妹は俺に依存するようになった。
最初はあまり良いことではないと思って、適度な距離を保ちつつ自立を促そうとしたのだが、それは神様に止められた。
『元々がぼっちじゃからな。一応中学デビューを考えとるみたいじゃからそれまでは我慢してやれ。……お主が突き放したら心が壊れるぞ』
そんなことを言われて距離を取れるほど俺は鬼ではなかった。
前世の魂の影響か、思春期にありがちな「恥ずかしい!」って気持ちがなかったのも大きいと思う。
妹のためには良くないとは思いながらも、なつかれて悪い気はしなかったのもある。
『蔑まれた目を向けられながらクソ兄貴とか言われるよりはよかろうもん』
そういうことだ。
妹との距離感はこんな感じなので、彼女がこうして猫なで声で接近してくることは珍しいことではない。
しかし、この時間はプリティでキュアっキュアな日朝アニメを観ているはず。
今よりも幼かった頃にできなかったことを満喫することに全力を注ぐことを唯一の趣味としている妹が、なぜこの時間にここにいるのだろうか?
それがわからない。
「んふ~」
彼女のことを良く知る兄として抱いて当然の疑問に対する答えは、妙に上機嫌な本人から明かされた。
「さっきの人って前にきた人だよね? また玉串料貰えたの~?」
上目遣いで何を言うかと思えばこれである。
目が¥マークになっているようにしか見えん。
来年中学生になる子供の目か? これが。
『子供が自分の欲に忠実なのは当たり前のことではないか。無論、節度を忘れてはいかんがの。それを教えるのがお主の仕事じゃよ』
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
何より、兄として妹に教えることがあるのは良いことだ。そう思うとしよう。
父親? 妹はあの人の話を聞こうとしないから。
『こやつにとって地獄のような状況を改善したのはお主であって、父親ではないからのぉ』
そもそもあの人が熱心に祈ったからこそ俺が生まれることができたんだが……その辺は追々教えていこう。
さしあたっては植田さん=玉串料という認識を改めさせなくてはなるまい。
「今度はいくら貰えたの? 今度はなにを買うの? 私、新しい車を買うべきだと思うな!」
目をキラキラと光らせながら極めて俗物的な発言をかました我が妹を見た俺は、まず最初に「あの人はあれで結構なお偉いさんで、敵に回したら色々と面倒になる人なんだから、玉串料扱いは止めなさい」と、自分が金蔓としてしかみていないことを棚に上げつつ、極々一般的な常識を教えることにしたのであった。
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