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15話。犯人の供述を真に受けてはいけない

「お待たせしました。お久しぶりです植田さん。しかし入間支部の支部長さんともあろう御方が、こんな時間にウチのようなしがない神社に来るとは、驚きです。なにやら重大な問題でも発生したのでしょうか?」


「……っ!」


(このガキッ!)


煽られている。そう思い声を荒げんとした桂里奈であったが、寸でのところで堪えた。

そして無言で頭を下げることで表情を隠すことに成功する。


(我慢しろ、我慢だっ!)


内面はどうあれ名家の子女としての教育を受けてきた桂里奈の所作に不自然なところは見られない。


極々自然に行われた一連の動作を見て、桂里奈の表情が憤怒に染まっていると推察できる人間はいないだろう。


『おもしろい顔しとるのー』


人間ではない存在には筒抜けであったが。


ともかく、桂里奈が表面上とはいえ荒ぶる心を抑えることができたのは、偏に以前彼女が術式についての聞き取りをした際に暁秀から術式の内容を聞いていたからだ。


その中の一つに「術式が発動したかどうかを自分は感知できない」というのがあった。


何とも無責任な話だが、術者のことを考えればなるほどと納得できる話である。


当たり前の話だが、カウンター系の術式が発動するということは、即ち何者かが自分に何らかの術式を掛けているということだ。


それを踏まえて想像してみるといい。


普段の生活の中で、それこそ仕事をしているとき、食事をとっているとき、トイレに入っているとき、風呂に入っているとき、寝る前に酒を飲んでいるとき、寝ているとき、どれでもいい。


もしカウンターの術式が発動したことを感知できるようにしていた場合、カウンターが起動する都度「自分が誰かに覗かれている」とか「自分が誰かから術を仕掛けられている」と自覚することになるのだ。


当時の暁秀は「それだと気疲れするから」と苦笑いしていたが、実際はそれどころではない。ノイローゼになってもおかしくはないくらいのストレスを感じるはずだ。


探知術式に対するカウンターで自分がノイローゼになっては意味がない。

故にあえて感知しないようにしているのである。


なので、桂里奈が早朝から暁秀の元を訪れるということが、必ずしもカウンターで発動した術式の解除を依頼するという内容と繋がるわけではない。


尤も、術式の発動を感知していないにしても、協会の支部長である桂里奈本人がわざわざ――住んでいる本人が認めるほど――辺鄙なところにある、しがない神社に来訪したことを思えば、過去の経験から同様の事柄、つまり『誰かが馬鹿をやって以前と同じ術式を発動させたのかな?』と思い至る程度のことはして欲しいところである。


その方が話が早いし、何より向こうから言い出してくれた方が『術式を解除してください』と頼む手間が省けるからだ。


しかしながら、今回に関してはその配慮は期待できない。


何故か? 教会関係者が協会の職員とつるんで暁秀に術式を仕掛けただけならまだしも、その協会の職員が、中津原家の関係者に正面から喧嘩を売るような真似をしたばかりだからだ。


――ちなみに、現時点で桂里奈は暁秀に術式を仕掛けた人間は教会関係者だと確信しているし、教会側もまた暁秀に術を仕掛けたのは協会の人間だと思っている。


これは両者の間に確執と認識の齟齬があるためだ。


細かく調べれば両者とも暁秀に術式を使っていないことはわかるのだが、そもそも両組織は互いに相手を信用していないので、調査依頼を出すことなどない。


万が一調査依頼が出たとしても「調査の結果相手側から『自分たちはやっていないことが判明した』という報告が上がってきたらどうする? それを信じるのか?」と問われたならば、桂里奈の返事はもちろん否である。


その際は「隠蔽か、そうでないならなまじ組織が大きいせいで下の人間がやったことを上の人間が感知できていないだけだろう」と見做すだけだ。そしてそれは教会側も同じこと。


もちろん双方ともに呪いの大本が暁秀であることは理解している。だが、退魔士的な常識で言えば暁秀は被害者だ。さらに暁秀は「元々こういう対抗術式を展開している」と公表しているのである。


ここまでしている以上、暁秀に罪はない。


悪いのはそのような対抗術式を展開していると公表している暁秀に対してなんらかの術式を仕掛けた馬鹿であり、確たる対処法もなく不用意に不発弾に触れて爆発させた馬鹿であり、その馬鹿を抱えている組織こそが悪いのである。


よって現在、日本支部長及び幹部数名の目を奪われた教会関係者にとっての加害者は協会であり、目の痒みと恐怖によって睡眠を妨げられた協会関係者にとっての加害者は教会となっている。


ついでに言えば、桂里奈も教会の関係者も、暁秀が供述した術式の内容全てが真実だとは思っていない。


術式は本来秘匿するもの。にも拘わらずわざわざ公表する理由とはなにか。

抑止としての効果を期待する以上に、ミスリードを誘うためである。


そのため暁秀の説明にはどこかに嘘、もしくは明かしていない情報があるはずだという程度のことは誰もが理解している。


だが当時聞き取りを行った桂里奈も、桂里奈から話を聞いた協会の職員たちも、暁秀から得た情報の中で何が嘘で何を隠しているかは分かっていない。


発動条件は妥当。触媒は怪しい。効果範囲は本当。威力も本当。


特に威力と範囲は身に染みているので、条件によって強くなることはあっても弱くなることはないだろうという確信があった。


なので隠していることがあるとすれば、それは触媒だと考えている。

御神体を利用しているのは確かだろうが、それ以外にも浸透力を強めるために何かしらの条件を追加しているであろうことと、霊地からの力など外付けの力を使用しているものと推察される。


それが桂里奈を始めとした経験豊富な退魔士たちが、その知識と経験を総動員して導き出した答えであった。


矛盾はなく、整合性も取れている。だが正解ではない。


術者が暁秀ではないことはもちろんのこと。術式そのものが術や呪いではなく祟りであること。祟りなので発動条件には多少の条件があるものの、効果範囲や威力に至るまで神様の気分でなんとでもなることなど、想像できるはずがなかった。


想像できない以上、桂里奈たちが真実へと辿り着くことはない。

真実に辿り着かない以上、正しい対処法にも辿り着くことはない。

正しい対処法に辿り着けない以上、解呪するためには呪いの大本に縋るしかない。

大本は何もしていないのに相手から謝罪を受けた上で大金が手に入る。


何事も大本(元締め)が儲かるという摂理を如実に表した祟りであると言えよう。


教会だろうと協会だろうと金づるとしか見ていない少年と神様の狙いはさておくとして。


昨日のことがある以上、暁秀が「桂里奈が来たのは部下である協会職員の愚行に対する謝罪のため。もしくは中津原家と交渉するための仲介を頼みにきた」と考えてもなんらおかしなことではない。


いずれにせよ「なにやら重大な問題でも発生したのでしょうか?」は完全に嫌みなのだが、被害者である暁秀にはそのくらいの嫌味を言う権利はあるし、何よりその程度の嫌みで我を忘れるほど桂里奈も青くはない。


一瞬激昂しかけた? 実際していないからセーフ。


たとえ暁秀が内心で(おーおー我慢しとる)と思っていたり、透明な少女が下から桂里奈の顔を覗き込みながら『ねぇ、自分のところとは違う信仰対象を奉じておる場所に来て頭を下げるのはどんな気持ち? しがない神社の子供に「許してくださいお願いします」って頼みに来るのってどんな気持ち?』と宗教関係者に対する最大の侮辱を繰り返していたとしても、相手に察知されない限りはセーフなのである。


(目的を忘れるな!)


自分が声を荒げたせいで「気分を害した」と言われて交渉が打ち切られるようなことになってしまえば、その分だけ目に負担がかかる。


桂里奈だけではない。桂里奈の家族や、無関係の部下、さらにはその家族の目がかかっているのだ。短気など起こせるはずがない。


――現時点でさえさいたま市にいる県の本部長や、東京にいる協会長。さらには協会と付き合いのある政治家やその家族などが【目の痒み】を感じていることを桂里奈は知らない。もし知っていたら恥も臆面もなく許しを乞うていたであろうが、それはそれ。知らない以上行動に現れることはなかった。


そして頼まれてもいないのに手を差し伸べる程、暁秀も神様も甘くはない。


桂里奈がそれらのことを知って顔面を蒼白にさせるのは支部に帰ってからのことになるのだが、それはまた後の話。


「そういうわけでして、此度は教会に唆された部下が勝手なことをして誠に申し訳ございませんでした!」


相手の掌の上で踊らされていることは自覚していても、完全に遊ばれているということまでは自覚していない桂里奈は屈辱で歪む表情を隠しつつ、一息で部下がやらかしたことを謝罪すると同時に黒幕は教会だと主張することで、暁秀の敵意が自分たちから教会へ向くよう言の葉を紡ぐのであった。

閲覧ありがとうございました。



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