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14話。慎重に検討することを検討する

昨日バレンタインでしたね。


普通にバキーラ食べてましたよ。

もちろん自分で買って。


この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません

(目が痒い)


出先でそう感じた時は気のせいだと思った。

もしくは花粉症か、空気が乾燥していたせいだと思った。


いや、正確にはそう思いたかった。


正直に言えば彼女は、全日本退魔士協会埼玉県入間支部支部長である植田(うえだ)桂里奈(かりな)はこの時点で嫌な予感がしていた。


むしろ入間支部の人間で【目の痒み】を覚えた際に嫌な予感を感じない人間の方が稀少だろう。


その予感が確信に変わったのは、家に直帰してから嫌な予感を忘れるために、いつもより少し強めの酒をいつもより多めに飲んで、さぁ寝るかという状況になってからだ。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」


目が痒い。瞼を閉じても目が痒い。目薬をさしても目が痒い。

予感が確信に変わる。酔いなどとっくに醒めていた。


「誰だ! 誰があのガキにちょっかい掛けやがった!」


あのガキとはもちろん、自称しがない神社の長男坊こと西尾暁秀である。


桂里奈がこの痒みを経験したのは、これが2度目である。


一度目は約2年前。その日まで協会が彼に下していた評価は「ガキのくせに定期的に深度2の【魔石】を持ってきていたガキ」であった。


若いことは若いが、別に持ち込まれる量が不自然だったわけでもなければ、誰かから盗まれたという苦情もなかったため、協会としても普通に買取をしていた。


向こうからも自分を特別扱いしろだとか、もっと高値で買えなどといった苦情を入れてくることもなかったので、特に問題がある人物とは思われていなかった。


その評価が一変したのは、あるときそのガキが深度3の、それも最上級の異界でしか取れないような高純度の魔力を宿した【魔石】を納品したときだった。


当然納品された職員はその出所を訝しんだ。とはいえ少年が盗んだとは思っていない。


深度2ならいざ知らず、深度3のそれも最上級に相当する異界を探索している退魔士の中に、ガキに【魔石】を盗まれるような間抜けは存在しないからだ。


なので当該の職員はこう考えた。


『この少年は、何かしらの特殊能力を宿している存在、所謂ギフテッドであり、その能力は条件次第で深度3の異界を攻略できるほどのものなのではないか』と。


そう疑った職員とその仮説を聞いた上司は少年を探ることにした。探ってしまった。


当時の桂里奈も部下からの報告を受けた際に『まぁ、探るだけならいいんじゃない?』と軽く承諾してしまった。


それがまずかった。


自身を覗き見した相手の目を潰す術式など、対抗術式としてはありきたりなものである。

そのため調査を担当した術者も、対感知術式に対抗するための準備は怠っていなかった。


だが、件のガキが仕掛けた呪いはそのチープさ故に浸透性が高かった。


その呪いの内容は『数日掛けて体内から数十グラムの水分が失われる呪い』であった。


瞬時に体内の水分を抜いて対象を内臓から渇死させたり、肺を海水で満たして数分で対象を溺死させたりといったコズミックな呪いと比べれば実にチープな呪いである。


話を聞いただけであれば、桂里奈とて「トイレ一回分にも満たない水分を数日掛けて失わせる呪いになんの意味があるのか」と鼻で笑っていただろう。


……水分を失う箇所が、眼球に限定されるものでなければ。


「嘘は言っていない。あぁそうだ。眼球だって確かに【体内】だもんなぁ!」


誰もが鼻で笑う程度の微妙な威力を宿した術式は、最初に探査用の術を仕掛けた職員を呪った。

次いで、その職員に術式を使うよう依頼した職員、つまり窓口で少年から【魔石】を受け取った職員を呪った。

次いで、その職員から報告を受けて調査することを認めた上司を呪った。

そして、職員たちに調査の許可を出した桂里奈も呪った。

最終的には、全職員とその家族を呪った。


事ここに至れば、件のガキが用意していた術式の凶悪さが浮き彫りとなってくる。


基本的に呪いは、術者の実力云々よりも発動条件や用意した道具、設定された効果範囲などによって威力が変わることが多い。


そのため素人でも強い思念と条件が揃えば、ある程度の強さの呪いが造れてしまう。


例えば、虐待された被害者が己の血肉と強い思念を材料にして加害者に被害を齎す呪いを発現させた、なんてことは珍しいことではない。


この場合被害者が発現させた呪いを極めて簡単に纏めると、以下のような呪いとなる。


1:発動条件。被害者を虐待すること。

2:触媒。被害者の感情と血肉。

3:効果範囲。被害者が加害者と認定した者。

4:威力。ピンキリ。耳鳴り程度のものから、相手を死に至らしめるものまである。


1の発動条件についてはわかりやすいだろう。

虐待を受けることで被害者に発生するであろう負の感情が発動キーとなる。また、この際に出血などをしていた場合はその血が触媒となるので、呪いは血液にちなんだものが発現しやすくなる。


2の触媒。これによって呪いの総量及び、効果範囲と威力も大きく変わるものの、素人が用意できるものではあまり大きな増減はない。そのためこの場合は考えないものとする。


3の効果範囲と4の威力は反比例することが多い。

というのも、触媒の際に軽く触れたが、呪いには総量があるからだ。


簡単に数値化できるものではないし触媒の有無やその品質によって上下するが、ここでは最も単純なケースを例に挙げることとする。


まず呪いの総量を10とする場合、呪いが向けられる対象が10人いれば単純計算で一人につき1の呪いが向けられることとなる。


よってこの場合の呪いの強さは1となる。具体的な例としては、耳鳴りや頭痛などの体調不良が継続する程度だろうか。注意力が散漫になったせいで怪我をしたり事故を起こすこともあるだろう。


逆に対象が一人の場合、対象に10の呪いが集中する。

なのでこの場合の呪いの強さは10。


10人に分散した前者と比べて後者は単純に10倍の威力がある呪いが向けられることになるので、普通に死に至る場合もある。


一般に、解呪にかかる労力は呪いの強さに比例するので、解呪が難しいのは後者となる。


最も単純な例を挙げたため粗はあるが、素人が発動させる呪いとは概ねこのようなものだと思ってもらえばいい。


翻って、件のガキが仕組んだ呪いはどうか。


桂里奈が暁秀本人から聞き取った際に明かされた術式の詳細は以下のようなものだった。


1:発動条件。自分に対して何らかの探知術式を仕掛けること。

2:触媒。自分の家にあった御神体の一部。

3:効果範囲。術式を仕掛けた本人及びその周囲にいる人間()()

4:威力。数日掛けて体内から数十グラムの水分を抜く。


まず発動条件。呪いは返されると威力を増す。その性質を利用して、自らに向けられた術式を呪いと定義し、それにカウンターをとる形の術式とすることで呪いに与えられる力が強化されるようになっている。


2の触媒。800年の歴史を持つ神社にあったという御神体は、素人が用意できるようなモノとは比べものにならない。(クジラ)(イワシ)を並べて大きさを競うようなものだ。比べるのも烏滸がましい。この触媒による術式の強化率は10倍では利かないだろう。


3の効果範囲。もう馬鹿かとしかいえない。普通なら無理だ。


だが連帯責任や信賞必罰という、社会人であれば誰もが知っている(常識)と、暁秀が用意した触媒が絡んでくれば話は別だ。


まず、連帯責任や信賞必罰という(常識)について。


簡単に言えば、これには呪う人間と呪われる人間の間に相互理解を促すことで、対象が持つ術式に対する抵抗を下げる効果がある。


この術式の場合は暁秀が『アンタはこいつの上司なんだからアンタにも責任がある』という理を押し付ける。押し付けられた方がそれに納得してしまえば抵抗はできなくなるという感じだ。


呪いにはありがちな制約だが、有りがちだからこそ効果が高い。


この呪いの悪辣なところは、それらの理解を無意識下に押し付けて、強制的に呪いを浸透させているところだろう。(事実暁秀が作った呪いを受けたと確信している桂里奈とて、部下がやらかしたせいで自分も呪われたと考えてはいても、暁秀が能動的に自分を呪ったとは考えていない)


そして触媒。西尾家が神主を務める神社の祭神は白蛇である。

七代祟ると言われる動物霊の中でも、蛇とは執拗さと狡猾さに定評のある動物だ。

まして触媒として使われたのは800年以上祀られてきたモノである。

神……とまでは言わないが、それに近い力を蓄えている可能性は極めて高い。

それだけの力がある触媒を使えば、弱い呪いを多くの者に浸透させることは不可能ではないだろう。


そして4の威力。誰が聞いてもチープな威力である。少なくとも800年以上祀られてきたという歴史がある御神体を触媒にして発動させるような術式ではない。

だが、それゆえに浸透力が高い。目に集中しているのも『自分を覗き見た者の目を狙う』という、因果応報の理を乗せただけのことなので、コストはかからない。というかむしろ効果が増す。


そしてここでも触媒が絡んでくる。


何度も言うが、使われた触媒となったモノは蛇である。

東洋に於いて多くの場合蛇は水を司る存在として認識される。

そのため『体内から水を抜く』という術式と非常に相性がいい。


しかもその威力は、上記に挙げた素人が作った呪いの例と比べても1割にも満たないものである。


以上のことから、暁秀が用意した呪いは威力を犠牲にして浸透力と効果範囲に大幅なブーストをかけたタイプの術式であると推察される。


だからなんだという話だが。


問題はそのブーストがかかった特別製の呪いが再度自分に降りかかっているということである。


「クソッ! 当時ですら相当の触媒と術者を集めても解呪できなかったんだぞ!」


事実、自分たちが呪いに冒されているとわかってから行われた解呪の儀はあっさりと失敗した。


数日掛けて集めた触媒は全て干乾びたし、解呪を試みた職員の手もカラカラに干乾びてぽっきりと折れた。一番呪いが進行していた職員とその上司に至っては物理的に片目がなくなった。

桂里奈たちの視力も半分くらいまで落ちた……ような気がした。


言い訳のしようもない完全敗北である。


「そもそも深度3を攻略できるであろう術者が800年の歴史を積み重ねた触媒を使って作った術式をうちらが何とかできるわけねぇだろ!」


呪いに対する対処は大きく分けて防ぐ・逸らす・払う・解くの4つがある。


ただし、前の二つは呪われる前に行う行為なので、現時点で呪われている桂里奈には関係がない。


残る二つの内【払う】と【解く】の違いは、術を受けた側が解呪するか、術者を仕掛けた本人が解呪するかの違いである。


受けた側による解呪、つまり【払う】ことは、前回失敗している。

前回の失敗とその代償を思えば、同じことを繰り返そうとは思わない。


故に桂里奈が取り得る手段は最後の【解く】しかない。


しかしそのためには、わざわざ800年程度の歴史しかない片田舎の神社まで赴いて、大金を積んで、頭を下げてお願いしなくてはならない。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


神社仏閣の格とは、概ね歴史と実績――概ね歴史――によって決まる。

400年で新参者。

600年で半人前。

800年で一人前。

1000年で一流。

1200年以上でようやく名門である。


協会の支部長である桂里奈は当然名門の出だ。

それも歴史だけではなく実績も積み重ねている正真正銘の名門である。


その名門出身の自分が、中津原家ならまだしも、よりにもよって田舎町にある、ようやく一人前として評価されるかどうかの、実績も何もない神社に頭を下げてお願いをする? 屈辱どころの話ではない。


「クソッ!」


だがそれをしなければ目がなくなる。


自分たちで解呪を試みるにしても、その準備期間中はずっと目が内側から乾いていく恐怖に耐える必要がある。


「クソッ!」


それでも、自分たちで解呪できるならまだいい。

問題は再度解呪できなかった場合だ。


「クソッ!」


桂里奈が取れる対応は二つ。儀式をせずに速攻で頭を下げるか、はたまた恐怖に耐えて数日を準備に費やした上で儀式を行うか。


――なお後者の場合は、儀式に失敗する可能性、即ち儀式のために用意した時間と予算と物品を無駄にし、かつ自分の視力を喪失した後に頭を下げることになる可能性が極めて高いものとする。


得られるものは何もない。ただ何を失うかを選ばなければならない。


「クソッ! 誰だ? 誰が余計なことをしやがった!?」


己にまで効果が及ぶということは、部下がやらかしたのだろう。

管理責任を問われるのは仕方がない。


己が取るべき行動はすでに決まっている。


だが、それはそれとして、自分に逆らって余計な真似をした元凶は許さない。絶対にだ。


「田中ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


どうせ眠れないのだからと徹夜で犯人捜しをしていた桂里奈の元に、余計な真似をした馬鹿の名と、その馬鹿を唆したであろう人物、即ち教会の日本支部長が失明したという情報が入ったのは、朝日が昇る直前のことであった。

神社仏閣の格については作中の世界の話であり、実在の人物や団体などとは関係ありません


―――


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その評価は作者の意欲に直結しますので、拙作を読んで面白いとか続きが気になると思って頂けたのであれば、ついでに評価もしていただけたら嬉しいです。

何卒よろしくお願いします。




閲覧ありがとうございました。




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