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12話。その呪いが向く先は

いきなりの早苗さん視点

「後はよろしくお願いします」


そう言って暁秀様は何事もなかったかのように帰っていきました。


「お嬢……」

「……えぇ」


暁秀様を見送った環さんの表情は後悔の念で沈んでいます。

かくいう私もそうです。


あの方に喜んでもらおうと思って提示した深度2の攻略依頼。


協会の内部で言ったように、あの方がぱぱっとやるだけで終わったのであればそれで良かった。


環さんと私は討伐に参加せずとも、荷物持ちとして【魔石】や素材を持ち運ぶことであの方のお役に立てたでしょう。


さらに私は中津原家の娘という立場を使って、異界を攻略したという実績を私に向けさせることで、あの方に面倒な思惑が向くのを抑えることができたでしょう。


攻略の内容によっては、ご褒美としてあの神聖な儀式を受けることができたかもしれません。


その上でお金も得ることができるのです。


あの方も嬉しい。環さんも嬉しい。私も嬉しい。


予定通りにことが運んでいたならば、まさしく三方良しの万々歳でした。


……でも結果はこの通り。


小娘が描いた青写真はいとも簡単に踏みにじられました。


そもそもこの依頼自体が何者かの悪意によって用意されたものでした。


その程度のことにも気付かず、あの方を面倒事に巻き込んでしまったことに慙愧の念に堪えません。


あの方から私たちにお叱りがなかったのは、偏にあの方が今回の件をそれほど大きな問題と捉えていないからでしょう。


いえ、私たちと話していた協会員とその関係者に呪いを掛けたとのことでしたので、まったく気にしていないというわけではないと思いますが、それでも私たちを叱責するほどの大事だとは思っていないことは確実です。


……本当は大問題どころではありませんのに。


元来、異界の深度を偽り探索や攻略の依頼を受けさせるなど殺人となんら変わらぬ所業です。


しかも再調査の後に再度行かせようとする? 

正気の沙汰ではありません。


確かにあの方は深度3どころか、深度5の異界を攻略できる力をお持ちです。


ですが、そのことを知るのは中津原家の中でも極々一部の者に限られます。もちろん我々がその事実を口外することなどありえません。


そうである以上、あの方は極々普通の退魔士です。そのような方に、わざわざ危険とわかっている任務を割り振ろうとするなど、どう考えてもおかしいでしょう。


尤も、我々が口外せずとも、協会はあの方の実力を疑っていたようなので周囲の職員はこの依頼に違和感を感じていないようですが。


ちなみに協会があの方に深度3の異界を攻略できる力があると思っている根拠は、他ならぬあの方の過去の所業と私と環さんの存在です。


まず環さんですが、数年前まで深度2の異界を探索することすら命を懸ける必要があった私や環さんが、今では簡単に異界を行き来できる程度の強さを得ています。これはどう考えても不自然です。


私だけであれば、まぁ中津原家の関係で誤魔化せたかもしれません。


しかしながら(こう言っては些か以上に失礼ですが)どこにでもある神社の娘でしかない環さんはそうではありません。


不自然ながら事実がある以上、調査の手が入るのは必然。


そして少し調べれば、ある時を境に環さんがあの方と一緒に行動するようになったことを掴めます。


実際に中津原家が調べたときも簡単にわかりましたしね。


加えて、以前あの方は過去に一度だけではありますが、深度3の主からしか得られないような【魔石】を協会に売却したことがあるのだとか。


それ以来あの方は、協会だけでなく軍や企業からも注目をされる存在となっていました。


そうして疑惑が積み重なったところに加えられたのが私の存在です。実態はさておき、この国に於いて中津原家の名は軽くありません。そこの直系の娘である私が環さんやあの方と一緒になって依頼を受けているとなれば、もはや答えは出たも同然。


今となっては、ご本人様以外誰もあの方をしがない神社の長男坊とは思っていません。


そうなれば、あの方がどこまでできるのかを調べたいと思うのは組織として当たり前のこと。


その当たり前に便乗したのが、あの方が黒幕と呼ぶ存在。


もし本当にあの方が言うような黒幕がいたとすれば、その者の目的はあの赤い妖魔によって私とあの方を殺すことだったと推察できます。


今のところ私とあの方のどちらが主目的なのかは不明ですが、少なくとも環さんは完全に巻きこまれた形になりますね。


可哀想だと思いますが、これも私やあの方と一緒にいる恩恵を受けている代償だと思ってもらう他ありません。


美味しいところだけを頂いて不都合なことを受け入れない。そんな我儘は通らないのです。


尤も、環さんもあの方と殉じる覚悟はできているようなので特に問題にはなりませんけど。


普段見せる態度とは裏腹に覚悟が決まっている環さんはさておいて。


纏めると、今回の案件はあの方の力を見たい協会と、あわよくば殺したいという黒幕の利害が一致したからこそ発生した案件と言えます。


この時点であの方が被害者であることは明白。


望まぬ詮索をされた上に妖魔を嗾けられたあの方が反撃をするのは当然でしょう。


それらを踏まえた上で、あえて言わせて頂きます。


報復が怖すぎます。


あの方が掛けた呪いは、過去にあの方を探った協会員とその上司に掛けた呪いと同じもの。即ち『目が渇く』という呪い。


それだけ? と思うかもしれませんが、さにあらず。


眼球から水分が抜けていくのですよ?

それもずっと。失明するまで。いいえ、失明した後もです。


最初は痒み。次いで痛み。瞳の中から感じる渇きと並行して徐々に目が見えなくなっていく恐怖が襲い来るとか。


そんなの一日で発狂してもおかしくありません。


いつの間にか罹患しているので防御も回避も不能。なんとか進行を遅らせようとした当時の協会幹部らが相当の準備と労力を費やして行った解呪の儀も雀の涙ほどの効果しかなかったと聞いております。


徐々に強くなっていくのも恐ろしい。まさしく干殺し。


最終的に件の協会員とその上司は片目を永久に失っただけでなく、今も痛みに苛まれているとか。


それ以来、あの方に対して詮索したり何事かを無理強いするのは禁則事項とされているそうです。


「……そう考えると不自然ですよね」


「えっと、なにが?」


「協会内でも暁秀様を探ったときの怖さは周知されているはずですよね?」


「そりゃそうでしょ。あの話は近場の協会なら全部知ってるんじゃない? そもそも退魔士を詮索すること自体がマナー違反だし」


そうなんです。先にマナー違反を犯していることに対する反撃だからこそ被害を受けた職員やその上司は反論も抗議もできなかった。つまり泣き寝入りを強いられたのです。


そうだというのに。


「何故あの協会員はしつこく食い下がったのでしょう?」


普通はできませんよね? それこそ……。


「そりゃあ上の人から言われたからでしょ。呪いにも対処できるだけの根拠を示された上で命令されたら断れないと思うわ」


「やはりそうなりますか」


上に逆らえないのはどの業界でも同じです。まして協会は半官半民の組織であり、様々な組織の意向が複雑に絡み合う伏魔殿。


それこそ【魔石】の仕入れ先から卸し先まで権益が絡んでいないところはありません。


故に今回の件も、急な代替わりで中津原家の力が弱まったところを狙った犯行と思えば筋は通ります。


「もしかしたら身内の中に裏切り者がいるかもしれませんね」


恐れを知らぬ不心得者。幹部と呼ばれるような方々の中にいるとは思いませんが、これでも中津原の家は日本有数の名門ですからね。関係者が多すぎて絶対にいないとは言い切れないのです。


「……門外漢の私がどうこう言うべきじゃないと思うけどさ。お嬢の家はもう少し身内に厳しくした方がいいんじゃない?」


「そうですね。えぇ、本当にそう思います」


(家に帰った後で目が乾いてきたら嫌だなぁ。あ、そうだ。その場合は暁秀様に縋りつきましょう。恥も外聞もなくひっついて懇願しましょう)


この日、私はそう決意して帰路に着きました。


翌日、伯母様から『教会の日本支部長が失明した』と聞かされた際、心から安堵したと同時に、少しだけ惜しいと思ってしまった私はどこかおかしいのかもしれません。

最後の教会は誤字ではありません。


閲覧ありがとうございました

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