11話。ゆっくり呪う
雉も鳴かずば撃たれまい。そんなお話。
前話のあとがきに蛇足(ネタの解説)を加えました。
まるで半神半人の狂戦士を差し向ける少女のようにやっちゃえと言ったものの、もちろんただのネタである。
なにせ神様は神様だ。人間とは価値観が違う。
俺如きに頼まれたからといって簡単にやったりしないのだ。
『妾はそんなに軽くないんだからね!』
実際その通り。
以前早苗さん関連で顕現したり説教などをかましたりしたこともあったが、あれはあくまで自分への貢物を掠め取っていた不届き者に対して罰を与えるために行ったことであり、その不届き者に騙され続け、結果として神様に対して手の込んだ嫌がらせを行っていた愚か者に罰を与えるために行ったこと。つまるところ徹頭徹尾自分のための行動でしかない。
『ありゃ神として許せる範囲を超えておったからの』
そう嘯く神様にとって俺はあくまでお気に入りのニンゲンに過ぎない。
今は神様も久しぶりの現世を愉しんでいるので、神様が現世を満喫する為の必須ツールとなっている俺が死なないように『そこに潜んでおるやつがおるぞ』とか『アレはお主より強いの』とかのアドバイスをくれるし、明らかに弱い妖魔などが絡んできそうなときなどは俺が知らないうちにぱっくりと呑み込んでくれているときもある。
『エス〇マ。(物理)』
だが俺が自らの意志で自分より強い妖魔と戦うことを選択した場合は違う。
その結果自分より強い妖魔に殺されそうになったとしても、神様は俺のことを助けるために妖魔と戦うような真似はしないだろう。
恐らくだが『おぉお主よ。死んでしまうとは情けない』とか言いながら俺の魂を担いで異界に帰るだけだと思われる。
『一応、仇くらいは取ると思うがの』
あら嬉しい。半分以上遊びを邪魔されたことに対する憂さ晴らしでもね。
『否定はせんよ』
そういうことなので、俺は危険だと分かっているところに自分から首を突っ込むような真似はしないようにしているのである。
具体的には、神様が関わらない限り深度4以上の異界には潜らないことにしている。
例外は早苗さんの件で推定深度5の異界に潜ったときだけだ。
『アレは妾が頼んだことだからの。主の意にそぐわぬことを頼んでおきながら命の保証をせんのは筋が通らぬわ』
言ってしまえば、神様が命の保障をしてくれるならどこにでも行くが、そうでない場合は少しでも危険があると判断した場所には行かないということだ。
これを舐めプというのか臆病というのかはわからない。
だが、そもそも俺は前人未到の異界を攻略したいわけでもなければ世界最強の退魔士になりたくて異界に潜っているわけではない。家族と自分が不満を覚えない程度の金が欲しいから異界に潜っているのだ。
だから少しでも危ないと思ったら逃げることに躊躇しないのである。
『本能的に長生きできるタイプじゃな』
長生きをしたいわけではないが、無駄死にはしたくない。
そんな普通の男なのだ。俺という男は。
今回の異界もそうだ。最低でも深度3が確定している未調査の異界など、安全第一をモットーにしている俺からしたら厄ネタ以外のなにものでもない。
だから関わりたくないと言っているのに……。
「再調査の件は承りました。では、再調査の後でその異界を攻略していただく、というのは如何でしょうか?」
これだよ。
「無理です」
如何もなにもねーよ。
何度同じことを言わせるつもりなのか。
いい加減にしないとハイスラでボコるぞ。
この分だと早苗さんがいなかったら深度の再調査申請も通らなかったな。
そもそも俺たちは14歳の子供だぞ。子供に推定深度3以上の異界が攻略できるわけないだろ! 調査だって無理だ! いい加減にしろ!
『どうしても主たちに例の異界を攻略させたい協会の職員VSどうしても例の異界に行きたくない主VSダークライ』
ここまで露骨にされると裏を疑うどころじゃない。ナニカあるのはもう確定だ。
あとはそのナニカが俺を狙ったものなのか、早苗さんを狙ったものなのかって話なんだが。
『問い詰めたところで吐くとは思えん。じゃがこのままでは堂々巡り。総じて時間の無駄じゃな。……祟るか?』
先程神様は簡単に手助けしないとか色々言ったな、あれは嘘だ。
積極的に手助けするような真似はしないものの、自分がイラついたら迷わず力を行使するのが神様という存在なのだ。
『当たり前じゃろ。なんで妾が我慢せんといかんのじゃ』
神様は偉い存在。そんなの常識。
だから自分のお気に入りのニンゲンである俺に対して面倒事を持ちこもうとしている協会職員を祟るのは、神様にとって正当な行為なのである。
とはいえ、神様から与えられている恩情を当たり前のものと思ってはいけない。
そう思った時点で俺は神様からの寵愛を失うだろう。
『妾、オヌシ、マルカジリ』
気を付けよう。
話を戻して。神様がこの職員を祟ること自体は止めないが、今はまだ早い。
『ふむ?』
もしかしたら“俺が仕掛ける呪い“を観測するために職員を使っている可能性もありますので。
観測したからといって対策が取れるほど神の祟りは軽いものではない。だけど、協会は神様の存在を知らないからな。
何かしらの対策を練るために挑発している可能性がある以上、わざわざ目の前で見せる必要もないでしょうよ。
『全部纏めて祟ればそれで解決するのでは? 妾は訝しんだ』
いや、それやったら日本が滅びますから。
動物霊は七代祟ると言われるが、神様は当たり前にそれ以上のことができる。
ただし、その気になれば本当に全部祟ることができる反面、一人をピンポイントで狙うことはできない。
『本人が目の前にいれば可能じゃがな』
現状目の前に黒幕がいない以上、神様の祟りは目の前にいる協会職員当人はもとより、同僚の職員・上司・幹部職員・協会長・協会長と繋がりがある政治家・その政治家と繋がりがある人間・さらにはそれぞれの家族親族友人知人と、文字通り全てに及ぶ。
『確実じゃろ?』
確かにそこまでやれば六次の隔たりという概念にチャレンジするまでもなく、間違いなく何らかの目的をもって職員を操っている人間も、その裏で"呪い"の対策を練ろうとしているであろう人間も対象になるので、今現在俺に降りかかりつつある問題は全部解決するだろう。
だがそのとき日本は終わっている。
極論すれば、本気になった神様の祟りとは、ネズミを殺す為に星を破壊しようとした際に青いタヌキが出したアレとなんら違わないのである。
『ちきゅうはかいばくだんー』
やめてくださいしんでしまいます。
面倒に巻き込まれたくないのは確かだが、だからといってインフラが崩壊した国で暮らしたいとは思わない。というか暮らしていく自信がない。
『かー! これじゃから文明の利器に溺れた現代っ子は! 農業をやらんか農業を!』
テレビもゲームもマンガも無くなりますが?
『それはいかんの』
ですよね。暇潰しができなくなるからね。
神様が落ち着いたところで話を戻そう。
「とにかく、今回の件は協会と中津原家に差し戻します。早苗さんからも向こうに連絡を入れて下さい」
「は、はい! わかりました!」
「……」
さすがに中津原家の令嬢に逆らう気は無いのか、なんとも苦々しい表情をする職員さん。
彼はこのあともっと苦いモノを体験をすることになるのだが、そのことを自覚しているのだろうか?
『とりあえずこれから24時間以内にコヤツと接触したヤツ全員とそれらを起点にして無尽蔵に広がる祟りをかけるぞい』
ん~。流石にそれは多いかな。
今は14時だから、終業時間を17時として。それにプラス1時間、合計4時間以内に接触した相手と、その相手を起点に拡大する感じでお願いします。発動も4時間後で。
『りょ』
もちろんこの【接触】には電話やメールも含まれる。
これにより、黒幕と職員の間に仲介役がいた場合でも、職員から連絡を受けた仲介役を介して黒幕に祟りが届くというわけだ。
これからこいつと接触することになる他の職員や上司も祟られることになるが、それはこの職員のせいだから諦めてもらおう。連帯責任ってやつだ。
『†悔い改めて†』
これで俺らに何かしらの罠を仕掛けたヤツとそれに協力した協会に対する警告は十分だろう。
その上で中津原家に“呪い"のことを教えておけば、俺達に罠を仕掛けたヤツが外にいた場合でも探し出すことができる。
あとは、協会から依頼されるであろう解呪の際に連中から金を取ることで、今回無駄足踏まされた分を回収できるって寸法よ。
『フッフッフッ。お主も悪よのぉ』
なんのなんの、神様には及びませぬ。
と、いうわけで用が済んだのでクールに帰るぜ。
ちなみに今日の儲けは、異界深度の齟齬を指摘した分の50万円。
取り分は環と早苗さんがそれぞれ10万で、俺が30万だな。
『ま、今回こやつらは何もしとらんからの。更にお主がおらなんだら異界に入ったと同時に死んでおった。それらを考えれば分け前があるだけ上出来じゃろうて』
それもあるが、二人も罠っぽい依頼をもってきた自覚はあるだろうからな。こうして取り分に差を付けることで負い目をなくしてあげるのだ。
『お優しいことで』
太鼓持ちはいらないが、荷物持ちとケツ持ちがいなくなったら困るでしょうが。
俺にはこのあと解呪料金も入るんだし。
『ふっ。そういうことにしておいてやるわい』
なんか微妙な納得のされ方だが、まぁいいや。
現時点でさえ武蔵村山で【魔石】を拾うより儲かったのは確かだしな。
お気に入りのペットが蜂に刺されかけたので、蜂の巣(国)ごと駆除しようとする神様の図。
巻き込まれて駆除されることになる蜂からすれば文字通りの死活問題ですが、そんなの神様には関係ありません。
触らぬ神に祟りなし。そりゃ触ったら祟られます。
だから神様は悪くない。
閲覧ありがとうございました。