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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ベジバーガーを食べに行く


 ホラーです。





 学校の隣町に有名なハンバーガーチェーン店ができたと阿南美野里が聴いたのは、午前の授業中だった。

 こっそりと、友人の明実と話していたのだ。黒板には教師がチョークでなにか書いているが、美野里は明実の言葉に集中していた。

「ベジバーガーも置いてるって」

「え、食べてみたい」

 美野里自身は特に思想や主義がある訳ではないのだが、最近やけにヴィーガンフードの特集を見かける。九州の片田舎の女子高生は、都会的でおしゃれなイメージのあるヴィーガンフードに興味津々だった。


「食べに行かん?」

「行こうえ、まず駅まで……」

 美野里も明実も、電車通学で、学校最寄りの駅から自転車にのって登校している。なのでまずは、いつも通り駅まで自転車で移動し、そのあとひと駅分歩いて移動し、ハンバーガー店まで行く、と決めた。田舎故の電車本数の少なさから、電車で移動したら家に着くのがよなかになってしまうと判断して、最初のひと駅分は歩くことにしたのだ。

 有名チェーン店だからか、駅近くに出店してくれているのがありがたい。美野里は、前から飲んでみたかったチョコレートをつかった甘い飲みものも試してみよう、と考えていた。


 お弁当の時間になって、美野里達はほかのクラスメイトともその店の話をした。「あのフランチャイズチェーン、失敗が多いよね」

 転校してきたばかりの男子が、つめたい口調で割ってはいってくる。口数が少ない彼から話しかけられて、美野里ははっとした。無理に標準語で喋ろうとする。

「えっと、フランチャイズってなに?」

 変な発音になってしまった。赤面する美野里に、転校生は案外やわらかい調子でいう。

「簡単にいうと、商品とか経営の仕方を教えて、その通りにしていいかわりにお金をもらうってこと」

「えっと……」

「まあ、いいよ。でもあのチェーンは、店によって味にかなりばらつきがあるから、あまりおいしくなくてもがっかりしないで」

 転校生はいうだけいって、教室を出て行ってしまった。美野里の幼馴染の男子生徒があきれたようにいう。「うさんなやつやの」


「ごめん」

「ううん」

 結局、十数人でハンバーガー店まで遠征することになった美野里達だったが、美野里はうなだれて、友人達を送り出していた。

 友人達は、口々に挨拶しながら自転車をこいでいく。最後まで残っていた明実も、名残惜しそうにしながら自転車をこいでいった。

 美野里はチェーンが外れた自転車をおし、学校近くの自転車屋さんまで歩いていった。駅まで向かう途中、唐突にチェーンが外れたのだ。折り畳みタイプだからか、たまにこういう不具合が出る。勢いで転んでしまい、膝をすりむいて痛い。マフラーもコートも汚れるし、ついてない……。

「阿南さん?」

 すっと、近くに大型の車が停まった。吃驚して顔を上げると、車の助手席の窓から転校生が顔をのぞかせる。「大丈夫? 転んだの?」

「あ……うん……」

「送ってくよ」転校生は運転席を見る。「お母さん、いいよね」

 運転席には彼に似た女性が座っていて、苦笑いした。


 はずかしかったが、彼は自転車を折りたたんで車へ積んでくれた。車は自転車屋さんへ行って、美野里は自転車を修理に出し、彼の母親が安全運転で家まで送ってくれた。

「ありがとう」

「ううん。よかったよ、なにもなくて」

 美野里の家は小さな町医者だ。帰ってすぐに祖母に診察してもらい、足はなんともないとわかった。

「じゃあ」

「ほんとに、ありがとう」

「いいって」

「えっと、お礼、したいんやけど」

 なまりが出てしまったことに赤面したが、彼はくすっと笑った。「じゃあ、今度一緒にハンバーガー食べに行こうよ」




 週末、美野里は緊張して、ハンバーガ店最寄りの駅に居た。彼も一緒だ。

「こっち?」

「うん」

 あたらしいスカートと、もこもこした上着を洋品店で買ったのだが、おかしくないだろうか、と美野里は不安でいっぱいになっている。都会から来た彼にはやぼったく見えるのでは?

「あれだね」

 彼が駅前のビルを示した。この辺りは県でも一番栄えているエリアで、美野里にとっては大きく見えるビルも多く建っていた。

 彼が自然と美野里の腕をとって、歩き出した。美野里はどきどきしながら、彼の横顔を見て歩く。


 お店はビルの一階にあった。店内のテーブルは埋まっているし、外のベンチにも何人ものひとが座って、白い息を吐きながら順番を待っている。寒いのにこれだけ人気なんや、と美野里は目を瞠る。

 都会的なイメージの制服で、きっちりメイクをした女性店員達が、笑顔で接客していた。美野里達が近付いていくと、彼女は気付いてやってくる。

 ふたりは店員に案内されて、ベンチの端に座った。三十分くらいで入店できるそうだ。順番を待つ間、美野里は精一杯せのびして、彼がこれまで住んでいた地域について調べたことを話した。彼はにこにこして、楽しそうにそれに耳を傾けていた。

 しかし、五分もすると話すことがなくなってしまう。美野里は困って、つめたい手をこすり合わせながら、ハンバーガー、からの連想を口にした。

「わたし、ハンバーガーなんて、お父さんがつくってくれるのしか食べたことなかった」

「お父さん?」

「あ、お父さん、お店やりよるの。喫茶店なんやけど、夜は呑み屋さんになるんよ」

 美野里は唇の前で指を立てる。「今日のことは秘密。やきもち、やくけん」

 彼がくすくす笑ったので、美野里は気分がよくなった。


「二名さま、どうぞ」

 彼が長男で弟が居ること、彼の父親が実家の美容室を継ぐ為に戻ってきたこと、美野里にとってクラスメイトの大半は幼馴染であることなどを話していたら、いつの間にか時間が経っていた。

 美野里は彼と、やけにあたたかく感じる店内で、緊張しながら注文をすませた。明実達が「まあまあだった」といっていたけれど、気になっていたヴィーガンバーガーをためしたかったので、それを頼んだ。アボカドやトマトがたっぷりはいっているらしい。

 対応してくれていた女性店員が困った顔になり、少々お待ちを、といってひっこんだ。すると、すぐに「店長」と名札を付けた、三十代くらいの女性が出てきた。

「お客様、こちら、一部動物性のものが含まれていますが、宜しいですか?」

「え?」

「実は、本州のような材料をまだ調達できていないんです」

 店長は申し訳なそうに頭を下げる。美野里は大人に頭を下げられるのが忍びなくて、手を振った。「いいです、それで」

「かしこまりました」

 店長がほっとしたように息を吐いた。


 向かい合わせになって座る席は、ふたりの距離がさっきよりも近く感じて、美野里は更に緊張した。彼は頬杖をついている。

「お待たせいたしました」

 ハンバーガーが運ばれてきて、ふたりは包みを開ける。

 食べようとして、美野里はためらった。彼の前で大きく口を開けるのに、途轍もないはずかしさを感じたのだ。

 美野里がもじもじしている間に、彼はハンバーガーをかじった。チーズが二種類に、ビーフパテが二枚もはさまっている、豪華なものだ。

 彼はハンバーガーをかみしめていたけれど、顔をしかめて席を立った。「ごめん」

 彼がトイレに駈けこむのが見えた。


 美野里はしばらく待っていたが、心配になって席を立った。と、彼が戻ってきたのだが、まっさおになっている。「だ、だいじょうぶ?」

「ごめん、ちょっと気分が悪くなって……出てもいい?」

「うん」

 外へ出ると、彼は近くの自販機でお茶を買って、のどを鳴らして飲んだ。「あの……」

「ごめん、ほんと。でも、味が変だったから」彼は声を低め、美野里の手をとった。「阿南さんのお父さんのお店って、遠い?」


 ふたりは電車で移動し、美野里の父親がやっている喫茶店で、サンドウィッチを食べた。娘がつれてきた男友達に、父親はちょっと反発しているらしかった。美野里は、彼が父親のサンドウィッチを喜んで食べたので、凄くしあわせな気分になった。


 半月後、学校へ行くと、クラスの大半が休んでいた。「どうしたの?」

 彼は来ていたので、訊いてみると、あおい顔で無言でケータイを見せてくる。画面にはネットニュースが表示されていた。あのハンバーガー店の冷蔵庫から、一部破損した死体が発見されたとのことだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 大口開けられないお年頃……かわいい(*´艸`*) 彼が敏感!Σ(゜Д゜) 私ならたぶん「美味しい、美味しい」あるいは「おもしろい味!」とか言って食べ切る。←ツッコむとこ [気になる点] …
[良い点] 本州のような材料が調達できないって……そういう意味!?!?( ゜Д゜) すごくハッピーな現実恋愛っぽいストーリーからホラーに叩き落としてくれるのがよかったです。
[良い点] 面白かったです! ラストが怖くて((((;゜Д゜)))))))でした……!
2023/01/13 00:23 退会済み
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