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TSFホラー ~プラトニック・ラブ~

TSF短編ホラーです。もし良ければどうぞ。

 市内某所の大型ショッピングモールに来ていた早乙女俊明さおとめとしあき氏は、息子の早乙女優貴さおとめゆうきの行く末を深く案じていた。


 優貴の小さいころに深く愛していた妻を病で亡くし、後妻を迎えるつもりもなかったため、男手一つで育て上げなければならない使命を負った俊明氏の気苦労は計り知れない。

 俊明氏自身、厳格な両親とは上手くいかなかった一方で、両親の厳しさの意図を知っていたので、優貴に対しては決して必要以上に甘やかさず、必要以上に厳格な態度を取るなど、彼が用いる限りの力量で優貴の育児をしてきたつもりだった。


 実際、優貴に何でもかんでも買い与えたわけでもないし、時折見せる我が儘や悪事もきっぱりと叱ってきた。

 勿論、俊明氏の優貴への父としての愛情が伝わるように努力はしてきた。   

 毎日欠かさず二人分の弁当を作り、定時には帰れるように仕事も努力し、有休を取って保護者参観にも参加した。今日のように一緒に優貴の誕生日プレゼントを一つだけ買う事も、数少ない息子とのスキンシップの一つだった。


 しかし、そんな良い父親であろうとする努力も俊明氏の理想的な形で、実を結んだわけではなかった。今日で10歳の誕生日を迎える優貴は、そんな父の努力を知ってか知らずか、とても内向的な性格の子供になってしまった。


 別に騒がしい子供を望んでいたわけではないが、小学校4年生に上がっても友達はおらず、運動も毎年運動会でビリ争いをする程運動音痴で、昼休みには教室の影で読書をするのが優貴の日課だというのは俊明氏にとって常に頭をよぎる心配事となっていた。


(ああ息子が心配だ。こういうタイプの子供はきっとクラスでも浮いた子になる。そういった子供ほどいじめのターゲットになりやすいのだ)


 実際、俊明氏の不安は的中していた。すぐ隣を歩きながら陳列されているおもちゃを無表情で眺める優貴が、学校ではいじめっ子のターゲットになる事はそう難しくはなかった。


 大橋宏和おおはしひろかずという小学生にして、飲酒・タバコ・カツアゲ・万引きの経験があり、また学校でもガラスを割るなどの悪行を繰り返すといった、ガキ大将のレベルを超えた不良少年にとって大人しい優貴は、正に鴨が葱を背負って来たように、ちょっとしたことで募るイライラを解消するいいサンドバッグだった。


 取り巻き達に羽交い締めにさせて殴る蹴るは勿論、ゴミ箱のゴミを机に詰め込む、トイレに閉じ込めて上から水を掛ける、優貴の大事な教科書にバターを塗るなど、小学生の悪戯にしては度が過ぎていた。


 不良にして頭の回る宏和は、決して顔などの目に見える箇所に暴行を加えず、ボロボロの優貴が親や教師に告げ口しようものならもっと酷い暴行を加えると脅していた。万が一、担任が発見しても『ちょっとしたイジリ』だと強情に押し通してしまうほどの達者な口も持っていた。


 今日、ショッピングモールで目に付くおもちゃがあれば、あれはどうだこれはどうだと息子に話しかける俊明氏の愛情を、優貴は子供なりに理解していた。


 何とか気苦労を掛けまいと、日々を耐えてしのいできたが、父がくれた僅かな小遣いを、毎回校舎裏に呼び出されては宏和に巻き上げられるたびに、惨めな気持ちで一杯になっていたし、そんな暗い表情を垣間見せる息子の様子を俊明氏は酷く案じていた。


 そして気付けばとうとう、早乙女親子はだだっ広いショッピングモールを一周していた。相も変わらずモノを欲しがる様子を見せない優貴の様子を見て、俊明氏は困りかねていた。


「どうしようか…。今日は誕生日ケーキだけ買って、また別の日に来ようか?」


「いいよ今年はプレゼントなんか…別に今は欲しいものなんかないし」


 ”宏和達なんかにいじめられない、平穏な毎日が欲しい”なんてとても俊明氏には言えるわけがなかった。


 誕生日という普通なら明るい空気になるはずの記念日だというに、お互い暗い面持ちで、はぁとため息をついた。店内で大音量で流れる明るい曲も、早乙女親子にとってはうるさい環境音になっていた。


 しょうがなく俊明氏がケーキ屋に行こうと足を進めたときだった。


 ふと横を見ると隣を歩いているはずの優貴の姿がない。


「ッ!?優貴!?」


 突如、視界から優貴の姿が消えた事に、びっくりした俊明氏が辺りを見回すと、優貴はすぐ後ろの古道具屋に目を奪われていた。


「…」


「どうしたんだ優貴!何か欲しいものでも出来たか?」


「…」


 優貴は俊明氏の質問に答えなかった。ただ固まったかのように驚いた表情で黙って古道具屋を見つめている。

 そのままスーッと吸い込まれるように古道具屋に足を進め始めた。俊明氏も息子の異常な様子に慌てて後を追った。


 古道具屋の中は懐かしさを演出するためか、外の眩しいまでの昼光色の照明とは違って、若干薄暗い電光色の照明を使って店内を照らしていた。

 陳列されている品物もレコード盤や、一昔前に流行った古着、中にはブリキの食器などもあった。俊明氏はそれぞれの品物に目を奪われながらも、優貴の姿を見失わないように、古道具屋の奥へと入っていく息子の後を追った。


「おおーい優貴、ここにはお前が気に入りそうな物は無いと思うぞ!それよりケーキ買いに行かないか?きっと美味しいぞ!」


「ちょっと待って!ちょっとだけ気になってるんだ!お父さんは店の外で待ってて!」


「馬鹿言うな。仮に何か気に入ったとして、お代を払うのは父さんなんだぞ」


「お願い、ちょっとだけ!」


 普段は見せない息子の突然の行動力に、戸惑う俊明氏の目の前で優貴はさらに足を速め、古道具屋の中のちょうど角を曲がった。


 優貴の後を追いかけてきた俊明氏は、角を曲がると異様な光景を目にした。優貴はあるものに目を奪われていた。わき目も振らず古道具屋の最深部まできた優貴がじっと見ているモノに俊明氏が目をやると、これまた異様なものがあった。



 それは小さな少女の人形だった。相当の年季があるのか所々に汚れがついているが、敏明氏でさえほうと息を吞むほどの美貌を誇っていた。


 素顔は綺麗に整えられており、大きすぎず小さすぎない目、バランスの取れた鼻、薄く閉じられた口は優しい笑みを浮かべ、まるで生きた人間の如く美しい顔立ちは、近年稀に見ることの出来ない美しさであった。


 人形はレースとフリルが存分に施された赤と白を基調としたドレスに身を包み、頭には赤いボンネットが掛けられ、足には白いタイツと赤い靴が履かされており、それらはより人形の美しさを際立てていた。


 静かに虚空を見つめながら美しく椅子に鎮座している人形は、サファイアの如く青く輝く瞳に優貴たちを映しており、俊明氏もまたその瞳に釘付けになっていた。


「……これ欲しい」


 俊明氏は息子の突然の一言にビクッと身体を震わせた。


「こ、これが欲しいのか?でもちょっと趣味が悪いような…第一人形なんて女の子が持つもののような」


「ううん、これが良い。この子が欲しい」


 優貴は確固たる意思で答えた。俊明氏は人形をこの子と言う気持ちが分からないではなかった。それほど人形は精巧に作られていた。


「はぁ……仕方がない。この子を買うよ」


 俊明氏がそう言うと、優貴は嬉しそうに飛び跳ねて人形に抱き着いた。その様はまるで恋人同士のようだった。



 それから優貴は実に満ち足りた人生を送っていた。人形はメアリーと名付けられ、優貴によって大切に大切に扱われた。優貴の部屋にメアリー専用の椅子が置かれ、毎日優貴によって髪の毛を櫛でとかされ、頭を優しく撫でられた。時たまにメアリーを小さなちゃぶ台の前に座らせて、一緒にお茶をした事もあった。優貴がおままごとをするのは幼稚園以来だったが、誰にも見られていないので恥ずかしくなかった。


 優貴にとってもう学校は苦ではなかった。どれほど辛い事があっても家に帰れば優しい想い人が自分をやさしく慰めてくれるのだから。



 その日、優貴は朝起きると椅子に座るメアリーの頬に優しく口付けし、いつものように髪の毛をとかした。この日課は俊明氏も知っていたが息子が以前よりも元気になっているのを見ると、止めるに止められなかった。


 優貴はメアリーが座る椅子を窓の前に運んだ。決して寂しい思いをしなくて済むようにと思っての行動だった。作業を終えてこちらに背を向けるメアリーを一瞥すると、精神的な重さを感じるランドセルを背負った。


「行ってきます」


 優貴は物言わぬ恋人に声を掛けた後、家を出た。外からは窓の外をメアリーが眺めているのが分かり、まるで自分を見送っているようで嬉しかった。


 学校はいつものように辛い現実を叩きつけてきた。今日は先生から見えないように体育館裏に連れ込まれてボコボコにお腹を殴られた。普段ならシクシクと泣きべそをかく所だが、それでもへこたれる事はなかった。いつものいじめのルーティーンが終わると一人家路へと急いだ。


「ただいまー」


 優貴は家に帰ると真っ先に自分の部屋に入った。

 そこにはメアリーが窓に背を向けながら、椅子に座って自分を待ってくれていた。


「いてて……今日も宏和のヤツにいじめられたよ」


 優貴はそう言いながらランドセルを下した。所々節々が痛むのを我慢しながらベッドに座った。



 そこでうん?と疑問に思った。


 優貴の部屋にあるちゃぶ台の上に何かが乗っかっていた。キョロキョロと周りを見ながら恐る恐る手に取って見ると、それは触り心地の良い生地で作られたミントグリーンの女の子用のフリルのワンピースだった。


「……」


 ここで優貴は不思議な感情に支配されていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()という不思議な感情に。

 スッと袖を通してみると、思った通り肌触りの良い生地で作られているのが分かった。


 もっと着たい。早くこのワンピースを着たい。

 

 その感情に急かされるように優貴はミントグリーンのワンピースを着ると、ボタンと腰のリボンを締めた。

 ワンピースを着終えた優貴はボーっと何かに動かされるように姿見の前に立った。そこには見慣れぬ女子の姿があった。くるりと一回転するとワンピースのスカートもふわりと舞い上がった。いつの間にか少女の髪の毛は長くなり、頭にはミントグリーンのヘッドドレスが被せられた。

 少女は鏡の前でニコリと微笑むと、椅子に座る恋人に向き直った。


「さぁお茶しましょうか、メアリー」


 =================================


 宏和は面白くなかった。近頃いじめている女子、早乙女優(さおとめゆう)が妙に生き生きととしているからだ。優はいつもミントグリーンのフリルワンピースを着ていて、ぶりっ子っぽくて気に入らなかった。


 ──それに、()()()()()()()()()()()()()()()()


 そんな当たり前の事が引っかかって、優を見るとモヤモヤして気に食わなかった。

 だから毎日毎日バケツの水を被せたり、わざと給食を優のワンピースにぶちまけるように転んだこともあった。


 しかし、そうすると優は泣き出してしまい、とっさに周りの女子が優を庇い宏和を責めるので、宏和の仲間は次第に一人また一人と減っていき、たちまちクラスでの立場が狭くなっていった。それは宏和の趣味である草野球でも同じ事だった。今日はチームメイトの誰もがよそよそしく、取り巻き達に話しかけてもそっけなかった。


 こうなったのも全部全部早乙女優のせいだ。宏和は木製バットを肩に担ぎながら、むすっとしながら家路を歩いていた。


 その時だった。宏和の先に憎きミントグリーンのフリルワンピースがランドセルを背負って歩いているのが見えた。

 早乙女優だ。そう思った宏和は辺りを見渡した。どうやら普段優を取り巻いている女子たちとはもう別れているようで、優一人で家路を歩いているようだった。

 意外な発見だった。自分の帰り道と優の家路が同じという事は、彼女と同じクラスメイトになってから初めて知った事だった。


 宏和はニヤリと笑って走り出し、優が背中に抱えているランドセルに強烈な蹴りを浴びせた。


「きゃあっ!」


 甲高い悲鳴を出しながら地面に転ばされた優は驚いて後ろを振り返ると、更に足で踏みつけられた。


「よう、ゆうちゃ~ん」


 宏和はニヤニヤと笑いながら踏みつける足の力を強くした。


「痛いよ!宏和君」


「うるせぇ黙れ」


「ひっ!」


 木製バットを向けると途端に大人しくなった優を見て、宏和は眼前の女子を支配下においた事に満足感を覚えた。


「お前さぁ……帰り道一緒だったんだなぁ。俺達気が合うよなぁ」


「……」


「というわけで今からお前んち行かせてもらうな」


「そ、そんな!それだけは!」


 優は絶望的な表情で宏和を見たが関係なかった。空気に向かって木製バットをフルスイングして脅しながら、無理矢理立たせると家へと案内させた。優は明らかに家に招待するのを渋っていた。それを見ると益々弱みを握れるような気がして宏和はワクワクした。


 優はバットを振り回す宏和を連れて、嫌々ながら家路を歩き、愛する恋人が待つ家にたどり着いた。鍵を開けると「どうぞ」と言う前に宏和はずかずかと家に入り込み、冷蔵庫の中身を漁ってはそこらにポイと捨てていた。


「ふ~ん、それでお前の部屋何処よ」


 宏和はバットを肩に担ぎながら辺りを見渡して聞いてきた。優は宏和が持っているバットも勿論怖かったが、何より最悪な人間に家の中に入られた事に絶望を感じていたが、更に物言わぬ恋人(メアリー)の存在を知られる事を恐れた。


「ね、ねぇもう帰ってよ……」


 恐る恐るそう言うと、宏和は優が自分に歯向かってきた事に怒りを覚えた。


「俺にそんな口聞いていいのか?」


「うっ……!」


 宏和はキレ気味に言うと、ミントグリーンのワンピースの裾をぎゅっと掴む優を突き飛ばし、倒れた先にバットを向けた。優はよろよろと立ち上がるとポロポロと泣きながら、恋人がいる二階へと歩き出した。

 宏和はそれについていくと二階の個室へとたどり着いた。

 

 早乙女優の部屋だ。


 中に入ると如何にも女子という風の部屋で、ベッドにはリボンのクッションや、ゆめかわな色の星の飾り物、ピンクのフリルワンピースが壁に掛けられていた。


 しかし、目を見張ったのは部屋の隅に置かれた椅子に座る人形だった。赤いワンピースにボンネットを付けていて、まるで人間じゃないかと思うほど精巧に作られていた。


「けっ何だよ!お前まだ人形遊びなんかで遊んでいるのかよ。気色悪い」


「あっ!お願い、その子には触らないで!」


 優は宏和に懇願するような目で縋り付いてきたが、宏和は()()()()()()()が浮かび上がってきてニヤリと笑った。宏和は人形を手に取ると床に投げ捨てた。


「こんなものぶっ壊してやるよ!」


 そう言ってバットを振り下ろした。一撃、二撃と人形を叩き割る音が部屋に鳴り響いた。宏和は楽しい気分になっていた。どうだこれが俺に逆らった罰だと言わんばかりに。


 その時だった。


「止めて!」


 という声と共にゴッと鈍い音が宏和の耳に入ってきた。

 恐る恐る音の方を見ると、優が人形を抱きかかえながら頭から血を流していた。その瞬間、宏和にある恐ろしい考えが浮かび上がってきた。



 ──()()()()()()()()()



「……じゃない。……のせいじゃない。俺のせいじゃない!」


 宏和は気づくとそう叫んでいた。


「お前が悪いんだ!お前がいきなり俺の前に出てくるから……!」


 そう言っても優は黙って床を赤く染め上げたまま、倒れて物を言わなかった。どうするどうするどうするどうするどうする!!??色々な事が頭の中をグルグルと回ったが、ある一つの結論に達した。


 こうしてはいられない。

 直ぐに逃げなくては。

 

 宏和はそう思い部屋から逃げ出そうとした。


 逃げ出そうとしたのだが、身体が動かない。手足を動かそうとしてもピクリとも動かすことが出来ない。まるで身体全体が金縛りにあったかのように身動き一つ出来ない。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 そして、宏和の着ている服や身体にに変化が訪れた。まず髪は縦ロールのツインテールになり、腰はきゅっと細くなった。更に野球のシャツの袖がググっと伸びて姫袖のブラウスになり、赤く染め上げられた。ズボンは横に伸びてレースとフリルがたっぷりとついた紅のスカートに変化した。被っていた野球帽は斜めに伸びて赤いボンネットになり、首にリボンが巻かれた。


 宏和は叫んだ。


「助けてくれ!俺が悪かった!だから助けてくれ!俺が俺じゃなくなっちゃう!」


 だが、宏和の口からは出てこなかった。

 代わりに声を出したのは、床に倒れている優が抱える少年の人形からだった。紅のワンピースに身を包んだ宏和だった少女はそれを見下ろすとニマリと笑った。


 =================================


「……う……優!……起きて優!」


 優は誰かが自分の名前を呼ぶ声で目を覚ました。痛い頭を抱えながら身を起こすと見たこともない美少女が抱き着いてきた。


「ああ!良かった!優がこのまま目を覚まさないんじゃないかと思ったわ!」


「えっと……どちら様ですか?何処かで会いましたっけ」


 優は目を開けて目の前の少女に問いかけた。少女は綺麗な赤のワンピースを着ていて、優はかすかだがそのワンピースに見覚えがあった。美少女はニコリと笑った。


「何を言ってるのメアリーよ。貴女の大好きなメアリー」


「メアリー……そうだメアリーお姉様だ」


 自分は何を言っていたのだろう。目の前にいるのは自分の恋人である、大橋メアリーじゃないか。学校でもお互いに仲睦まじい事で有名な、大好きな大好きなメアリーお姉様。


「でも、どうしてメアリーお姉様がここに?家はここじゃないでしょう?」


「あら、貴女が私に人形をお見せするって言って、貴女のお家に招待したんじゃないの。覚えてないの?」


 そうだ。優は思い出した。自分はどういう訳か人形を見せようとしたらふらりと眩暈がして倒れてしまったんだった。


「そうでしたわ!私、お姉様に宏和君っていうお人形見せたくて招いたんですわ!宏和って言って……」


 そう言って、優は手元に大事そうに抱えていた人形を見た。そこで優は首を傾げた。


 自分が大事そうにしていた宏和と言う人形って()()()()()()()()()()()()()()()()()だっただろうか?こんなものを自分は後生大事にしていただろうか。


 そう考えていると、メアリーはひょいと人形を取り上げた。


「憎たらしい顔をしていますわね、この人形。私がやっつけてあげますわ」


 と言ったかと思うと、優の部屋になぜかあったおおよそ部屋には似つかわしくない木製バットを振り上げ、ガンガンガン!と言う轟音と共に、優が止めるよりも速く人形に何度も叩きつけて壊してしまった。


「あら?余計なお世話だったかしら。ごめんなさい」


 と壊した後でメアリーは言ったが、優は首を横に振った。不思議と喪失感は生まれてこなかったのだ。むしろ邪魔な者を片付けてスッキリしたような不可思議な感覚に包まれていた。


「ううん、良いんですお姉様。どうせ捨てるつもりだったかもしれませんし」


 優はそう言って立ち上がり粉々になった人形をゴミ箱に捨てた。着ていたミントグリーンのワンピースのリボンが小さく揺れた。


「それよりも!お茶しましょう、優!良いお菓子を持ってきましたの!」


「わーい!お姉様大好き!」


 そう言って優とメアリーは抱き合い、お互いの頬っぺたにキスをした。


 その様は実に尊いもので、正しく『プラトニック・ラブ』と呼ぶに相応しいものだった。

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