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第三章 3

 昇降口をくぐり抜けて、下駄箱に行けば、僕の上履きだけがなかった。こういう小さな嫌がらせは彼女がいなくなってから続いていた。仕方なく、職寝室に行って来客用のスリッパを借りた。ぱたぱたと音をたてるスリッパはどこか間抜けな感じがした。もちろん、先生には不審がられているけど、今のクラスの状況を考えたら、これ以上余計な波風は立てたくないし、被害は僕だけだから笑ってごまかしている。


 ちなみに、昨日は僕の机と椅子だけが教室から追い出されていた。隣にいた幹人は、こいつらに足が生えて抜け出したのかもしれないなと笑い飛ばしてくれた。僕もそれを想像したら吹き出してしまって、こんなちっぽけな嫌がらせなんてどうでもよくなった。高校生って本当に単純な生き物だ。この小さな犠牲で平穏が保たれるのなら安いものだと教室に向かう。


 教室に入ると、はらっちの席の周りにみんないた。食いつくように何かを見ているようだった。昨日の捜索願打ち切りで何か進展でもあったのだろうかと、その輪に加わる。


 どうやら、スマホでニュースを見ているようだった。そこに映る世界は見慣れた街並みだった。


『今朝起きた殺人事件は、閑静な住宅街で起きました。被害者は――』

 そこでワンセグの電波は途切れはじめ、はらっちは何度かつけ直すが、うまく繋がらず、スマホの画面を切った。


「良かったな。最初は篠田が被害に遭ったかと思って急いでワンセグつけたけど、最後に映っていた被害者の顔はどう見てもおっさんだったな」


「そうね。とりあえず、一安心したけれども、この街でこんな事件が起きるなんて、ちょっと信じられないわ。あそこの住宅街は校区だし大丈夫かしら」

 西尾さんは微かに不安の色を滲ませていた。

 見つめられたはらっちは困ったように視線を逸らしてから、みんなに話しかけるように言った。


「これは俺らの出る幕じゃないし。どれだけ心配しても仕方がないから、今は篠田を探すことに専念しようぜ」

 僕はなぜはらっちの顔が赤いのかよくわからなかったが、隣にいた女子はやっぱりそうなのかなと少し悲しそうに呟いていた。その視線の先にははらっちではなく、西尾さんがいた。


 僕はその人だかりから離れて、スマホを取り出す。僕は被害者の顔なんかよりも、ニュースのテロップの方が気がかりだった。僕の見間違えでなければ、アンドロイドによる犯行の可能性と書かれてあった。

 ニュース欄のトップにさっきの殺人事件があった。そこをタップする。


「なーに見てんの?」

 幹人は画面に覗き込んでくる。


「これ、さっきの事件じゃねーか」


「ちょっと気になることがあってね」

 ゆっくりとスクロールして読んでいくとこういうことが書かれてあった。


 今朝未明に散歩していた六十代の男性が殺される事件が発生した。通報したのは新聞配達員で、その人によると胸を押さえて倒れていたとのこと。病院に搬送後、男性はまもなく死亡した。警察によると、死因は感電死だったそうだ。遺体には目立った外傷はなかったものの、頭部に小さく焼け焦げた跡があったという。凶器も見つかっておらず、どういった方法で殺害されたのかは不明。一部では、アンドロイドの暴走なのではないかという見方もあるとのこと。


 まさか、という想いがよぎる。


「うわーネットすごいことになってるぜ」

 はらっちの声に誘われてそっちに行ってみると、机に自分のスマホを置いてSNSの書き込み欄をスクロールしていた。


「アンドロイドが犯人ね。俺は到底信じられないし、そういう情報に踊らされる人間がいることに驚きだよ。そもそも今までそういう事件がなかったわけだし。アンドロイドがやれるだけの力を持っているとも思えない」

 圭太は腕を組んで、眉をひそめていた。


「今までと言っても、僕らと同じくらいの年月しか経っていないからな」

 はらっちの言葉にますます圭太は不機嫌になったようだった。どれだけアンドロイドに溺愛しているのだろうか。


「でも、これは人間の犯罪なのよね?」

 西尾さんの言葉にみなきょとんとした顔を浮かべた。


「うーんとね。だって、アンドロイドって人が組み込んだものじゃない? だから、アンドロイド自身で意思決定もしていないし、ましてや殺意なんてあるとは思えないわ。それなら、犯人は人間でしょ」

 はらっちはなるほど納得しているようだった。


 僕も心愛の件がなければ、そういうもんかなと受け流していたが、今回はそうもいかない。というのも、アンドロイドは自分で意思決定もするし、感情も人間のように豊かであると知ってしまった。アンドロイドも人間のように殺意をもってしまえば、こういう殺人事件も起こりうるということだ。


「でも、人間のようなアンドロイドがいてもこの時代おかしくねーよな? 俺は野球ばっかだからその辺よくわからないけど、圭太とかならなんか知ってんじゃないの」

 視線は幹人から圭太に移る。


「そうだね、俺もそういうアンドロイドがいてもおかしくないとは思っている。けれども、だからといって、アンドロイドが人を殺すとは思えないのが本音かな。で、きみはどう思う?」

 突然こちらに視線が集まり、僕は緩んでいた表情を引き締めた。固まった脳内は真っ白になり、適当に見つけた言葉は、ずっと疑問に思っていることだった。


「どうというか、アンドロイドって家族いるのかなって」

 何を言っているんだこいつはという表情を浮かべているのは白坂さんのグループだった。僕はすっとそこから視線を逸らして、なんとか誤魔化そうと喉元まで出かかった言葉は幹人によって遮られた。



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