第三章 2
僕は凪いだ海を見つめていた。夕日が水面にも反射して穏やかに揺れている。あのときは、何もかもを飲み込んでしまいそうなほど白波を立てていたのに、今はその見る影もない。穏やかな時間が流れていく。
心愛の捜索は難航を喫している。それはそのはず、彼女へとつながる手がかりがあまりにも少なすぎた。目撃者はおらず、監視カメラにも映っていない。僕の証言だけが独り歩きして、海に戻ったとか、そのまま終点駅まで行ったとか、色々なことを言われている。だけど、その予想はすべて外れて、忽然と彼女が消えたという事実だけをくっきりと浮かび上がらせていた。
――なあ、どこにいるんだよ。
その声は頼りなくて弱々しかった。
少しずつおかしくなっていく日常は、僕を憔悴させていった。いつもなら、こんなことが起きても、すぐに切り替えて何事もなかったように進めていた。だけど、今回はどうしてそうならないのだろうか。なぜ、こんなにも胸が苦しくなるのだろうか。
どうして勝手に目から涙がこぼれてしまうのだろうか。
顔を覆って、僕は膝から崩れていった。砂浜はそれを優しく受け止めてくれて、それほど痛くはなかった。止めどなく流れる涙はとてもしょっぱかった。奥歯が痛くなるほど噛みしめて、砂浜を何度も殴りつけた。
涙が枯れ果て、昂った心が落ち着いたころに僕のスマホが震えた。すっかり暗くなったところに明かりが灯る。僕はスマホの画面を見つめて、すぐに立ち上がった。
僕は神様なんて信じていないけれど、もし本当にいるのだとしたら、どれほど残酷な心の持ち主なのだろうか。次々となだれ込む試練におかしくなってしまいそうだ。
クラスのグループラインは大いに賑わいを見せていた。僕はそっとそれから目を逸らし、篠田心愛のところをタップする。
そこには、既読のつかないメッセージがずらりと羅列している。僕はちゃんと守っているのに、言い出しっぺのきみの方が忘れているじゃないか。それは彼女との交換日記だった。もう一人で七日分も書いてしまったよ。これでは交換じゃなくて、一方日記になってしまう。いや、それでもいいのかもしれない。とにかく、返事なんかいらないから、一方日記でもいいから、せめて既読をつけて欲しい。その一心だった。
僕は今日もメッセージを書き込んでいく。
『今日はね、一つ残酷な報告があるんだ。きみの捜索願が撤回されてね、もう探さなくても良いということになったんだ。きみからしたら、この結果は喜ばしいことなのかもしれないし、本望なのかもしれない。でも、僕らはけしてあきらめない。きみがうざいと感じても、しつこいと感じても僕らはきみを探す。今もクラスのグループラインはお祭り騒ぎだよ。なんでだ! とか、おかしい! とか。きみは本当に愛されているんだね。羨ましくらいだよ。僕はといえば、きみがいなくなってから……』
僕の手が止まる。震えていた。夜の静寂がこうも僕の心を空虚にしていく。僕はどちらかといえば、夜は好きだったはずなのに。
書き込んでいった文字をすべて消して僕は新たな文字を紡ぐ。
『僕はいつまでもきみを待っているよ。』