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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第2章 霊的目覚め
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ご近所転生

 幽霊も夢を見るのだろうか。疲れて眠るハルエラを傍らで見守っていたはずなのに、気がつくとロージアは不思議な光の差す花園を歩いていた。

 繊細な銀のアーチに絡んで咲くのは黄金の薔薇。香り高く美しい花々の下を(くぐ)れば蔓も葉も淡く輝き、風もないのに小さくざわめく。

 神秘的な空気に満ちた場所だった。空は朝焼け。薄紅の天蓋に紫の雲が釘を打たれたかのようにぴったりと静止している。

 せせらぎの音を捉えてロージアは視線を移した。すると庭園全体に人工的な水路が敷かれ、大がかりな円陣を描いているのが窺えた。

 金とも銀ともつかぬ光を纏わせて水はさらさら流れていく。

 一体誰の庭なのだろう? 人の目にはあまりに眩しいこの庭は。


(あちらで誰かがわたくしを待っているような……)


 導かれるようにロージアは庭園の奥へと進む。どちらを向いても大輪の花を咲かせる黄金を見るとみすぼらしい己の姿が不釣り合いな気がしたが、それも間もなく終わりだという予感がした。

 高い生垣に囲われた小道を歩く。隘路(あいろ)を抜け、視界がぱっと開けたと思うとそこには銀のテーブルセットが置かれていた。

 先客は一名。ひと目で異国の旅人だろうとわかる女。褐色肌にここの薔薇と同じ金の眼。夏の影より濃い黒髪は太く緩く三つ編みにされ、踊り子然とした肩出しの旅装束に垂れている。年はロージアの四つ五つ上に見えたが実年齢は定かでなかった。女の深い眼差しは若い娘に見合わぬ落ち着きを湛えており、古い時代の巫女と相対したように錯覚する。


「久しぶり。まさかこんなに早く再会するとはねえ」


 こちらを見つめ、女は意味深く微笑した。舞姫の手がロージアを彼女の席の隣に手招く。

 戸惑いながら歩み寄り、ロージアは粗末なスカートを摘まんでぺこりと一礼した。


「お目にかかるのは初めてかと思いますが」

「そりゃ前に会ったのはあんたがこんな赤ちゃんだったときだもの。あたしもぺたんこのガキだったしさ。ねえロージア?」


 名前を知っているということは本当に会ったことがあるらしい。女は右手を差し出してロージアにも座れと勧めた。

 緊張しつつ向かい合って腰を下ろす。

 彼女は何者なのだろう? この夢もただの夢には思えない。


「死んだはずなのに魂が壊れないから驚いた?」


 悪戯っぽく問いかけられ、ロージアは瞠目した。「なぜそれを……」と腰を浮かせて身構えると思いもよらぬ返答がなされる。


「だってあたしがあんたを()()したんだもの」


 え、とロージアは謎めいた女を見つめた。吸い込まれそうな黄金がこちらをじっと見つめ返す。


「あなたがわたくしをそうした?」


 問えば彼女はこくりと頷き、艶やかな紅い唇でようやく彼女が何者であるか語り出した。


「あたしはヨミ。あんたがこの世に生まれ落ちたとき(まじな)いを授けた者さ」


 そう聞いてロージアは己がいつどこでこの女性と出会ったのか思い至る。

 神国ペテラスでは新生児が三つの祝福を授かれば生涯の幸を約束されると言われている。一つめは祖父母からの祝福、二つめは隣人からの祝福、そして三つめは旅人からの祝福だ。

 ロージアが生まれたとき、旅の一座が王都で公演をしていて、最も年の近い少女が言祝(ことほ)ぎの栄誉にあずかったと耳にした覚えがある。──それでは彼女はそのときの?


「あたしの祝福は特別だった。何せあたしは使命のために何度も何度も転生を繰り返してきた変わり種だからね」


 ヨミの言葉の意味はすぐにはわからなかった。

 使命? 転生? 聞き慣れぬ語句にロージアはやや戸惑う。ヨミはただちに疑問の解消に努めてくれたが。


「その昔、聖女ペテラが大いなる力をもって魔霊(まれい)を封じたのはご存知だろう? ペテラの封印を維持できるように、また封印の(ほころ)びからすり抜けてくる魔獣を退けられるように、聖なる力を地上に残して死んだことも」

「え、ええ……」


 ロージアはおずおず頷く。神国ペテラスの建国縁起はこの国の民なら誰もが諳んじられる常識だ。

 五百年ほど前までは大陸の至るところに魔獣が跋扈(ばっこ)し、人々は戦いながらの暮らしを強いられていた。けれどペテラが魔の封印に成功すると国内どころか大陸全土で魔獣は姿を消したのだ。以来ペテラの興したこのペテラスは神国と呼ばれている。

 封印とともに人の魔力も失われて久しいが、重要な術や力は現在に至るまで受け継がれていた。

 王族は聖女の直系で生まれながらに退魔の力を宿している。エリクサールは十五の頃から魔獣討伐隊の中心人物だ。封印を守るのはペテラ神殿の大神官で、こちらは代々神聖力に適応した者が選ばれていた。

 しかしそれらがヨミやロージアにどう関係するのだろう?


「ところがもう一つ、王族や神殿も知らない最重要の力があるのさ。ペテラの封印を真に守り続けてきた力がね」

「……!?」


 思わず目を剥くロージアにヨミは笑顔のまま続ける。「その力の器があたし」と椅子の上で華麗に足を組み替えて。


「聖女は権力争いや国内外の情勢変化で封印が途切れちまわないように、最も大切な力は国でも組織でもご贔屓の家系でもなく個人に託した。人が集まるとろくでもない方向に話が進んで止められないって事態がままあるからね」


 正直言って驚いた。そんな荒唐無稽な話は考えたこともなかったから。

 やはりこれは己の見ている幻なのではなかろうか。疑いが芽生えるけれど、ヨミの黄金の双眸は視線一つでロージアを引き戻す。

 彼女は嘘など言っていない。ヨミと繋がる見えない何かがそう伝える。


「それではあなたは聖女ペテラから使命を担った神聖な巫女なのですか? 転生を繰り返しているということは、五百年も前からずっと?」


 ロージアの問いにヨミは「いや」と首を振った。ペテラの力の器としては、彼女は三代目か四代目だそうである。


「役目は責任重大だけど、前世の記憶を持ったまま生まれ変わりを続けるのはとても孤独なことだからね。聖女は願えば次を指名して辞められるようにしてくれてたんだ」


 だんだんとロージアにもヨミの話が掴めてきた。

 彼女が赤子のロージアに授けたという祝福が死後も己の魂を守ってくれていたとしたら。彼女が彼女の後任を指名したがっているとしたら。

 自分の前にヨミが現れた理由はきっと一つしかない。


「わたくしがあなたの後釜候補なのです?」


 微笑と沈黙。どちらもロージアの質問が的を外していないことを示していた。

 ヨミは黄金の眼を細める。自分の選んだ薔薇が良い薔薇か見定めようとするように。


「……あたしはあんたに呪文をかけたが聖女の力を全部渡したわけじゃない。正統な力の器はまだあたし。でもあんたが役目を引き受けて、あたしの代わりに務めを果たしてくれるなら──あたしはあんたに力のすべてを譲り渡そう」


 ヨミはロージアに問いかけた。「どうだい? やってみるかい?」と。

 聞くということは断るという選択肢も用意されているのだろう。法外な力の持ち主だろうに良心的な姿勢である。


「具体的にはどういう務めがあるのです?」


 知りもしないで答えられない。ロージアは詳細な説明を求めて待つ。しかし返答は少々意外なものだった。


「しなきゃならないことはないよ。力の器はただ存在するだけで聖なる封印を確たるものにするからね。聖女の完成させた術の最後のピースがあたしらってだけだから、魂の形を保って地上にいさえすればいい」

「いるだけですって? 魔獣との戦いは?」


 封印という杯から零れ出てくる敵を駆除する必要はあるだろう。

 ロージアは食い下がる。だがやはりヨミは首を横に振るのみだった。


「王族や大神官と違ってあたしらの力は魂に付与されるものだから、生まれて肉体に囲われると自由に発揮できなくなるのさ。前世の記憶があるってだけで哀れで無力な人間に過ぎない。魔獣を退治するなんて不可能だよ」

「そうなのですか?」

「重要なのは封印に合う形で魂が保存されてることなんだ。あんたが死んでも魂が壊れなかったのはペテラの力の器として保護膜が張られたからだ。

 だけど生きた身体が更に外側を覆っちまえばあたしらの神聖力は隠される。でなきゃ誰に目をつけられるかわかったもんじゃないだろう?」


 確かにヨミの言う通り、聖女が封印維持だけを考えたのなら力は秘匿されて然りだった。記憶と責務だけがあり、力は自由にできぬとなれば苦しい思いに(さいな)まれる日もあるだろう。


「嫌だってんならほかを探すよ。あんたに無理強いする気はないし。はっきり言って損な役だもの。誰にも感謝もされないしね」


 肩をすくめてヨミが言う。

 ──けれどあなたはもう降りたいのではないのか?

 問いかけは口に出さずにロージアは思案した。


「……肉体に覆われていると力を発揮できないということは、幽体の今は力を扱えるということで間違いはないでしょうか?」


 ロージアはデデルやリリーエたちに向けた暴風を思い出しつつ問う。ヨミは否定せず「おや、気づくのが早いじゃない」と右側の口角を上げた。


「ご明察、死んでから生まれるまでの十月十日はあたしらの祝祭日さ。聖女の力で小麦畑を豊作にするも良し、病気の子供を癒すも良し、荒れた海を鎮めて船を救うのも、世紀の悪人を吊るし上げるのも思うがままだ!」


 どこか聞き覚えのある話にロージアはそういうことかと合点する。数十年に一度の周期で起こるという聖女の奇跡。その裏側にはヨミのような誰かがいたのだ。


「──お受けしましょう。ちょうどわたくし、裁かねばならぬ者がおります」


 きっぱりとロージアは告げた。

 エリクサールの正妻の座を得んとするリリーエ。不正な手段を用いた彼女を王太子妃にするわけにいかない。国が乱れることを案じて聖女が遺した力なら、己がそれを行使するのは道理に適った話だろう。


「平気かい? 期間限定とは言っても使う気になりゃ大きな力だ。振り回されない自信はある?」


 ヨミの念押しにロージアは「ええ」と頷いた。アークレイ家の長女として、次期王太子妃として、二十年間己を律して生きてきた。驕ることも臆病になることもなく。その事実がヨミに応える自信となった。


「力なら持ち慣れておりますので」


 満足そうにヨミは笑う。笑って、そして、彼女はそっと長い指をロージアの頬へと伸ばした。


「あたしらは死ねばすぐ魂のない身体を見つけて生まれ変わる。心臓が最初の鼓動を打つ直前の胎児にね」


 低く優しい声が囁く。「恐れずにあんたの好きにやってみな」と。この先の道を温かく照らすように。


「〝ペテラの力をこの者にペテラス・パラ・テラスス・スルス〟……」


 庭園の不思議な夢はそんな呪文とともに途切れた。より正確にはヨミの瞳が黄金から漆黒へと変化した瞬間に。


 ロージアは温かな闇の中で目を覚ました。

 小さな小さな心臓の音が聴こえていた。

 どうして初めにハルエラの中にいたのか今はわかる。彼女の側を離れがたく感じた理由も。

 ロージアが死んだとき、一番近くにあった空っぽの生命がこれだったのだ。


(ハルエラ、わたくし次はあなたから生まれるのね──)


 二度目はさほどの苦労もなく新しい肉体を脱し、眠るハルエラの隣に移る。力を受け取った証なのか、ロージアの服は神官服を思わせる白地に緑の紋様のワンピースに変わっていた。

 静かな勇気が胸に湧く。なんでもできるような気がする。

 胎児が母体と繋がって生命維持できる間だけロージアは自由に飛び回れるのだろう。

 時間があるとは言いがたい。

 すぐにでも動き出さねばならなかった。






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