表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第2章 霊的目覚め
7/63

怒れる怨霊

 カニエが注いだ赤ワインからはオールドローズの香りがした。薔薇水入りの葡萄酒と言えば隣国の名産だ。ペテラスで取り扱っているのは西部の湾港都市くらいである。

 だからロージアにはすぐにわかった。ワインが一体誰の蔵から持ち込まれたものなのか。


(あれは王女が視察に同行したわたくしに賜ってくださった──)


 生家で過ごす最後の夜に、ナナやミデルガートと味わうつもりだったのだ。決して下衆を楽しませるために置いていたわけではない。

 ギリ、と強く歯噛みする。ふつふつと沸いた憤懣(ふんまん)はもはや堪えがたかった。

 この悪逆をどうして看過せねばならない?

 被害者であるこの己が、獣たちの饗宴を黙って見下ろしていなければ?


「このままにはさせないわ……! デデル、カニエ、リリーエ……!」


 名指しで叫んでも彼らは厨房に浮かぶロージアに気づかない。目に映らず、耳にも聴こえないのなら、どうやって懲らしめればいいのだろう。


「一人くらいわたくしが見えないの!?」


 調理用テーブルの中央に降りてロージアは悪党たちを見回した。だが三人は希少な美酒を傾けており、一人としてこちらを向かない。

 苛立ちと憤りは最高潮に達していた。

 目の前のすべてをめちゃくちゃにしてやりたい。叶うなら今すぐに。

 ──そのときロージアの内側で大きな力が嵐のごとく渦巻いた。


「……ッ!」


 ごう、と唸る何かに引きずられるように回転する。激しいダンスさながらに何度も何度もくるくる回って天井付近で止まったとき、ロージアが見下ろしたのは惨憺(さんたん)たる厨房の有り様だった。

 竜巻でも通り過ぎたかのように鍋や皿が引っ繰り返り、テーブルはぱきりと真ん中から折れている。リリーエたちは全員吹き飛ばされたらしい。消えずに残ったかまどの炎に照らされて、性悪母娘は重なり合って倒れていた。


(な、何これ……? わたくしがやったの……?)


 思わずじっと己の手を見る。透けた身体が途端に恐ろしくなってロージアは息を飲んだ。

 戸惑う間にバタバタと足音が近づいてくる。さすがに夜間当番の使用人らも何かあったと気づいたようだ。


「カニエ様! リリーエ様! どうなされましたか!?」


 手持ち燭台を掲げたメイドが惨状を見て顔をしかめた。何人かがゴミの山を越え、カニエとリリーエの救出に回る。


「ううっ……急に何が……」


 デデルが意識を取り戻したのはそのときだ。半壊した調理用テーブルの脇、酩酊したような覚束なさで騎士はふらふら立ち上がった。

 きっと彼は大人しく寝ていたほうが良かっただろう。周囲を確認しなければ返り血のついたマントが燃えきっていないのに気がつかなくて済んだのだし、気がつかなければ慌ててメイドを止めることもなかったのだ。


「お、おい、そっちに行くんじゃ……」


 騎士の足は転がっていたワインボトルを踏みつけた。そうしてぐらり、後ろ向きに倒れ込んだ。

 ──ガン、ときつい音が響く。

 デデルが足を滑らせた先にあったのは斜めに傾くテーブルの角。自重(じじゅう)で勢いの乗ったまま後ろ頭を激しくぶつけた青年は白目を剥いて伸びてしまった。

 否、ただ伸びたのではなさそうだ。一瞬デデルの全身が痙攣し、口の端から唾液が垂れる。その後はもう彼は鼻先をぴくりとすらさせなかった。


「デ、デデル?」


 異変を察したリリーエがメイドに支えられながらよろよろと近づいてくる。死の濃い影を映している騎士に異母妹は絶句した。


「リリーエ様、ご覧になられないほうが……!」


 勤勉なメイドたちが大急ぎでカニエ母娘を退避させる。呼吸の止まった男は見る間に青ざめて、やがて土気色の骸となった。


(……っ)


 あまりの凶事にロージアも声を失う。なお異なことにデデルの死体は青白く仄かな光を帯び始めた。その光は揺らめきながら形を取り、間もなくむくりと起き上がる。


『ほえ?』


 半透明のデデルはぱちくり不思議そうに三白眼を瞬かせた。そしてこちらに気がつく前にどろりと崩れて消え失せた。生きた肉体を喪って自分自身の形を保てなくなったとでも言うかのように。


(な、なんなの……)


 今見たものを受け止めきれず、ロージアは戦慄する。室内の誰を見ても同じデデルを視認した人間はいなさそうだ。

 リリーエとカニエに注意を取られていたからではない。最初から誰の目にも映ってはいなかった。──幽体となったデデルは。


(普通はああいう風に死ぬってことよね?)


 ロージアは息を飲む。

 卑劣な手段でロージアを殺めた男だ。同情の余地はない。

 ただ事故の引き金となった己の力は恐ろしいものだと感じた。

 なぜなのかは不明だが、今のロージアには妙な魔力が備わっている──。


(……ひとまずここはもう出ましょう。リリーエたちの考えは知れたのだし、不正を暴くにも段取りを考えなくてはならないわ)


 誰か本邸に連絡したのか小館にはだんだん人が増えてきているようだった。メイドの一人が扉を開いた隙を狙って外へ出る。

 随分と長い夜を越えたらしい。気づけば空は白んでいた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ