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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第13章 激突、神殿裁判(中)
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証人探し①


「ハルエラがいなくなった?」


 不穏極まりない報告にロージアは思わず強く聞き返した。「護衛の兵士は? まさかつけなかったのですか?」と問えば大神官は美しい顔を横に振る。


「いや、二人同行させていた。だがその二人が彼女を送っていく途中で任から離れてしまったそうでな……」


 街での用事を片付けてひと息つこうと戻った矢先の大神官邸。ほんの一時間ほど前まで同じ客間に来ていたらしい証人の急な失踪に胸がざわつく。

 日中ともに城下へ出ていたエレクシアラとミデルガートも目を見合わせて眉をしかめた。このタイミングでハルエラが姿を消すなど有り得ない。彼女の身に何か起きたに違いなかった。


「護衛が離れた理由はなんです? 猊下も彼女が裁判での重要人物だという話は伝えてくださったのでしょう?」

「ああ、まあな……」


 深い、深い嘆息とともに前後の事情が語られる。ハルエラが仕事道具を回収するべく一時帰宅を望んだこと。セイフェーティンがそれを許可して民間兵をつけたこと。そして百段階段を下りたところで彼女が「金髪の少女」に助けを求められたこと──。


「探しても探しても賊などどこにも見当たらないので兵士たちが引き返すと少女もハルエラも揃って消えていたそうだ。今とりあえず民間兵たちに総出で捜索させている」


 大神官はロージアにハルエラの自宅を見てきてほしいと乞うた。もしかして家に帰っているかもと淡い期待を抱いているようだ。

 なんにしてもアキオンには現状を伝えねばなるまい。ロージアは己の騎士に目配せし「わかりました。そちらはわたくしとミデルガートで行ってきます」と頷いた。


「面目ない。神殿内に留めなかった私のミスだ」

「今は言っても仕方ないでしょう。わたくしだってアークレイ家はハルエラに気づいていないと思って後回しにしたのですから」


 金髪の少女とやらは十中八九リリーエだろう。急ぐべきだと直感が告げる。

 おそらくハルエラはまだ無事だ。彼女が殺されたのであれば胎内の子も死に至り、ロージアは次の転生先へと引っ張られているはずだから。だが公爵家がいつまで彼女を生かしてくれるかはわからない。


「うちの愚兄は今何を?」


 と、ロージアの脇で騎士が尋ねた。問いに答えてセイフェーティンがペンを取る。それを王女に手渡すと大神官はテーブル上の書類を示した。


「神殿騎士団に家宅捜索の準備をさせているところだ。どう考えても公爵家が攫ったとしか思えんからな。原告であるエレクシアラ殿下からの申請があれば神殿裁判法によってアークレイ家に立ち入れる。事前通告必須だから抜き打ちとはいかないが、やらないよりはましだろう」

「なるほど」


 大神官は彼なりに手配できることはすべて手配してくれたらしい。さっそく王女が申請書を提出すると受理のサインが書き入れられた。


「立ち入り捜査は最短で始められても明朝だ。今夜は街を探すしかない」


 苦々しく告げられた言葉に頷き、ロージアはドレスの裾を翻す。


「とにかくわたくしとミデルガートはハルエラの家に向かいますわ。おそらく公爵家の手が回ることはもうないと思いますが、彼女の夫は神殿で保護すべきでしょう」


 帰宅前に拉致を完了したのなら住所までは知られていまい。しかし捕らえた証人を脅すために父たちが彼女の身内に害をなさぬとも言い切れなかった。

 今すぐ向かえばアキオンの保護は十分間に合うだろう。彼にハルエラの難を伝えるのは気が重いが。


「もしハルエラが帰宅していなければ、わたくしは夜に一人でアークレイ家に入ります。神殿騎士を遣る前にわたくしの目で先んじて証人を見つけておき、発見は彼らにさせるのがスムーズでしょう。それまではハルエラが無事でいてくれるのを祈るしかありませんわね」


 最善と判断した動きを告げるとセイフェーティンが「わかった」と頷いた。エレクシアラも「裁判準備はわたくしたちで進めます」と送り出してくれる。


「ありがとう。いってきますわ」


 万が一あの人の身に何かあったら。嫌な想像を振り払い、騎士の開いた扉をくぐった。奥庭から本殿へ、本殿から拝殿へ、ミデルガートと駆け抜ける。

 何もかも上手くいきそうだったのに。

 よりによってハルエラがこんなことになるなんて。


(お願いだから何事もなく見つかって……!)


 願いつつ百段階段の麓まで下りたけれど、松明を手に右往左往する民間兵の様子を見るに彼女はやはり付近にはもういないのだという気がした。

 木骨造りの家々を矢の勢いで通りすぎる。目指す一軒に着いたとき、宵闇はとっぷりと空を覆っていた。


「ここですか?」


 ロージアに確認を取るとミデルガートがすぐさま玄関をノックする。すると中から「はーい」と男の返事がし、ドアの隙間からアキオンが顔を出した。


「えっと……どちら様でしょう?」


 素早く屋内に目を走らせ、ロージアはハルエラを探す。しかし彼女の気配は感じられなかった。食卓には炎を揺らす蝋燭と繕いかけのアキオンの作業着。彼は修繕作業をしながら妻の帰りを待っていたようである。


「ハルエラ・スプリンさんのご家族の方ですね? 私はペテラ神殿の遣いで、ミデルガート・セレと申します」

「あっ、神殿の。僕はアキオン・スプリンです。もしかしてハルエラを送ってきてくださって──ってあれ? いないみたいですね?」


 アキオンは怪訝に騎士の顔を見やった。もしかしたら二階にいるかもという希望が砕かれ、こちらはこちらで肩を落とす。


「やはりご不在なんですね……」


 深刻な声の響きにアキオンは表情を変えた。「何かあったんですか?」との問いかけが重苦しい。


「実は一時間ほど前に別の騎士が彼女を送っていったのですが、途中良からぬトラブルに巻き込まれたようでして……」


 ミデルガートは端的に神殿の把握している情報を伝える。公爵家に攫われた可能性が高いと聞くとアキオンは見る間に青ざめた。


「そんな……! 夕方には戻るって……!」

「今神殿が全力を挙げて探しています。ひとまず一緒に大神官様のもとへ来ていただけますか? あなたにも危険が及ばないとは限りませんので」


 ふらつきながらもアキオンは「わかりました」と承諾する。だがふと疑念が湧いたらしい。ミデルガートを一瞥し、彼はおずおずと尋ねた。


「……あのう、あなたが神殿の使者を装ったアークレイ家の人間じゃない証拠とかってありますか?」


 アキオンはじっと騎士の様子を窺う。ここで自分まで罠にかかればますます困難に陥ると警戒する表情だった。

 状況に流されないで疑えるのは良いことだ。「証拠?」と困り顔でこちらを仰ぐミデルガートにロージアは微笑を返す。

 聖女の涙を飲ませて霊を視認させるのが一番手っ取り早いけれど、あいにく今は持ち合わせがない。それで黄金薔薇の残りを──先日城の大広間で撒いたものを──ふわりと風に乗せて散らした。


「……っ!?」


 暗がりにきらきらと舞う花びらはアキオンの目を釘付けにする。

 わかりやすい奇跡の再現。ほかには誰も真似できない。

 力なかった拳を強く握りしめ、アキオンは「聖女様がついていてくださるんですね」と呟いた。


「信じていただけましたか? ではさっそく参りましょう」

「はい。あっでもちょっと待ってください! 一応あれだけ……」


 アキオンは棚から何やら取り出すと大きな鞄にひとまとめに突っ込んで肩に引っかけた。ミデルガートが「なんです?」と問えば「妻の仕事道具です」と返事がある。


「どれがそうかは僕には判別できませんが、この中に王女様に見せようとしたものがあると思うので……」


 大切そうに抱えられた鞄とともにロージアたちは大神官邸へと引き返した。

 アキオンはこれで心配いらない。さあ次は公爵邸に急がねば。


(ハルエラ……!)


 胸中で名前を呼んで奥歯を噛む。自分の母親になる人を危険な目に遭わせるなんてと。

 出会ったばかりのロージアに親身になってくれた人。

 助けてみせる。不正の犠牲になどさせない。


(待っていて、すぐに見つけるわ)


 都に広がる闇は濃かった。その闇を蹴りつけてロージアたちは夜風の荒れる道を駆けた。






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