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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第12章 激突、神殿裁判(前)
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善意は足を逸らせる

 面会希望は存外あっさり叶えられた。おそらく事前に大神官が「代筆業だと名乗る女が訪ねてきたら通してくれ」と通達していてくれたのだろう。

 二日後の裁判で何をどう証言するか、ハルエラは忙しく口を動かす。怒涛の勢いで喋ったので少々驚かせたかもしれない。美しい人は透き通る目を歪めることなく傾聴してくれたけれど。


「なるほど。その内容なら証拠として十分だろう。明後日はよろしく頼む」

「はいっ! 頑張りますっ!」


 微笑に安堵し、つい声が大きくなる。大神官邸のドアを守る護衛騎士にまで吹き出され、ハルエラはかあっと頬を熱くした。

 とにかくこれで己もやっと真実を明かせることになったのだ。喜びと責任感と、様々な感情が湧いてくる。


「あの、私、帰って資料をまとめますね! そのほうが口頭で話すだけよりも説得力があるんじゃないかと思うんです!」


 よしやるぞというやる気に燃えてハルエラは強く拳を握りしめた。が、その炎を一旦鎮火させるような指示がすぐさま返される。


「いや、帰宅は待ってくれ。一時間もすればここに王女殿下が立ち寄るはず。できればさっさと君を彼女に預けたい」

「ほえっ!?」


 思わず口から奇声が漏れた。一時間後。そんなにすぐにエレクシアラ王女が訪れる予定なのか。もちろん己も裁判までに顔合わせが必要だと考えてはいたけれど。


「わ、私、めちゃくちゃ普段着で来てしまったんですが……」


 さすがにまだ王族と接見する心の準備はできておらず、自分の服を見やって弱気になってしまう。セイフェーティンはなんとなく人柄がわかっていたからいいものの、高貴な方とお会いするのに自信が持てる姿ではなかった。家事の途中だったのがひと目でわかるエプロンなど殊更に気恥ずかしい。


「格好を気にされる方ではないよ。それより君が五体満足で裁判当日を迎えることが大切だ。面会後はおそらく殿下の客として王宮に招かれると思う」

「私めちゃくちゃ普段着で来てしまったんですが!?」


 重要参考人として城で保護される旨を告げられ、更に心理的壁が高まる。

 ということはしばらく帰宅不可能ということだろうか。アキオンに夕方には帰ると言ってしまったのに。


「え、えっと、家で夫が待っていまして。取りに行きたい書類も何点かあってですね……」


 遠慮がちに見上げればセイフェーティンは精霊然とした双眸をやわらげた。居心地悪くソファに座るハルエラに「案ずるな」と穏やかに首が振られる。


「帰宅程度なら殿下の護衛が付き添ってくれるさ。着替えたければそのときに着替えればいい。夫も揃って世話になれば万全というものだ」


 大神官は公爵に証人(ハルエラ)の存在が知られる前に安全な地に移したいようだった。証言を妨害するのにどんな手を使ってくるかわからないということだろう。

 これは本当にアキオンと城に匿ってもらったほうがいいかもしれない。幸いまだハルエラは敵に発見されていないが万一に備えるべきだ。


「わかりました。では王女様とお話しした後、自宅まで送っていただくことにします。夫も数日お休みですし、一緒についてきてくれるかと」


 平静ぶって答えたが早くも胸は緊張でどきどきしてくる。一般庶民の身分でまさか城入りすることになろうとは。裁判準備を手伝えそうなのは光栄だが。


「あ、そう言えば王女様は検分した恋文について何か仰せでしたか?」


 と、一つ気になっていたことを思い出してハルエラは大神官に問いかけた。もし王女と対面で話せるなら事前に共有情報を把握しておきたかったのだ。

 だが返された答えは驚くべきものだった。


「いや、検分は今夜からなのだ。公爵がぎりぎりまで証拠品を寄越さないのは見通しておられたようでな。王女殿下は今城下にほかの証人がいないかと自ら探しに出ておられる」

「えっ」


 耳を疑う台詞にハルエラは瞠目する。

 裁判は明後日なのにまだ証拠品を見ていない? 由々しき事態ではないか。どんな高位貴族をも訴えられるその代わりに弁護人を立てられず、被告原告が直接舌戦を繰り広げる神殿裁判においては弁論の巧拙が勝敗を分けるのに。

 のんびりしている場合ではなさそうだ。強力な証拠があってもどんな順序で話をするか、しっかりと考えておかねば勝訴は難しい。ラブレターを偽物だと断定する流れを早く組み立てなくては。


「大神官様、私やっぱり一旦家に帰ります。往復でも一時間かかりませんし、王女様にお会いする前に少しでも資料をまとめておかなくちゃ」


 ハルエラがそう立ち上がるとセイフェーティンは「こらこら」と引き留めた。


「気持ちはわかるがここで殿下を待ってくれ。君の安全が第一だ。その後なら護衛もつくし、望み通りに動けるから」

「今はそれじゃ遅いんです! 一分でも一秒でも効率良く動かないと……!」


 証人がついていると言っても王女側が有利になったわけではない。限られた証拠に説得力を持たせ、裁判員を納得させるには相応の仕込みがいる。思考に割くべき貴重な時間を自分が浪費したくなかった。絶対に負けられない裁判であるならなおさら。


「私がマークされるとしたら王女様に接見した後の話だと思うんです。行って戻ってくるくらい全然大丈夫なはずです!」

「いや、だがね」

「仕事道具はまとめてあるのでパッと取ってくるだけです! ついでに夫も連れてくればスムーズに王女様の保護下に入れるじゃないですか?」

「まあそれはそうだろうが……」

「お願いします! 相談に回せる時間を無駄にしたくないんです!」


 力説に折れてくれたらしい。セイフェーティンは嘆息すると「わかった」と渋々了承の意を告げた。公爵家がハルエラを狙うとしたら顔合わせの後だとの推定を彼も信じてくれたようだ。


「しかし護衛はつけさせてもらうぞ。一人で帰したなどと知れては私が各所にどやされてしまうからな」

「はい! ありがとうございます、大神官様!」


 礼を述べるハルエラに微笑み返すと大神官は傍らの騎士に民間兵の手配を命じた。大きな道しか通らないのに二人も兵士を用意してくれるらしい。


(私の証言が虚偽じゃないと認められるように頑張らなきゃ!)


 頭の中で仕事に使った道具を並べ、証拠として有用なものがないか検討する。

 ハルエラが悠長に二日後のことを考えていられたのは短い間だけだった。

 後悔はすぐ訪れることになる。思いもよらない形を取って。






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