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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第12章 激突、神殿裁判(前)
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動き出す悪女

 なんて面白いことになったのかしら!

 つい先程届いたばかりの新聞記事に目を通しつつリリーエは踊り出したい気分に駆られた。こんなに胸が高鳴るのはいつぶりのことだろう? 異母姉を嵌める手段を思いついたときでさえ頭の奥はもう少し冷静だったのに。

 一日経っても興奮は冷めやらず、早鐘を打つ心臓から送り出された熱い血が赤々と頬を染めていた。瞼を閉じればはっきりと昨日の情景が甦る。

 紅薔薇のドレスを纏ってホール中央に立つロージア。堂々たるその宣戦布告。

 まだ夢の中にいるようだ。こんな形で第二戦が叶うなど。


(すごいわ。本当に夢ではないのね。やはり昨日お姉様はいらしたのよ!)


 腰かけたソファの上、リリーエは身をくねらせる。何度矯正しようとしても頬のにやけは収まらなかった。嬉しくて堪らない。ああ、聖女とはなんという奇跡をもたらす存在なのか──。


「まったくペテラも厄介な真似をしてくれたわ。悪夢でも見ている気分ね! 死人が墓から舞い戻ってくるだなんて……」


 と、すぐ横で大きな大きな嘆息が漏れる。リリーエが声の主に目を向けると額を押さえた母カニエがソファに深く身を沈めるところだった。

 忌々しげな視線はまだリリーエが隣で膝に広げた記事の全文を追っている。どうやら母にはロージアの復帰が望ましくなかったらしい。

 それもそうかと内心で肩をすくめた。パーティーでの出来事はたった半日で街中の噂となり、この屋敷の使用人らの口に上るまでになっている。公爵家にだけ黄金の薔薇が咲かなかったのはもしかして……と耳打ちし合うメイドを横目に心中穏やかに過ごすのは母といえども難しい(わざ)だろう。アークレイ家は名指しで悪者にされたわけだし、敵はペテラの加護を受けたと豪語している。カニエの不安はもっともだった。


「大丈夫ですわ、お母様。何も心配はいりません」


 リリーエはそっとカニエの手を握る。経験に裏打ちされた自信をこめて。

 起こした事件の捜査線上に浮かんだのは別に初めてのことではない。陰謀を企てていれば稀に発生することだ。今度も上手く(さば)いてみせる。

 だがその程度の保証では母の懸念は薄まらないようだった。ぎゅっと指先を握り返されたと思ったら存外に真剣な目に覗かれる。


「お前ねえ、わかっているの? もし有罪ということになれば私たちは死刑になるかもしれないのよ?」


 思わずリリーエは吹き出した。「お前」ではなく「私たち」という言葉に。主犯の己や父と違い、母だけは万一の際も関与を否定できなくないのに。


(嬉しいわ。娘と運命を同じくするのを当然と思ってくださっているのね)


 また頬が締まらない理由が一つ増えてしまう。ともあれリリーエはカニエの心を落ち着かせるべく冷静に現状を分析した。


「そうですね。例の手紙の件だけでも『王族の婚約者を不当に貶めた罪』及び『高位貴族と王族を騙した罪』に問われるかと思います。異母姉殺しの余罪を追及されずとも半分平民のわたくしは断頭台に直行ですわ」

「やっぱりそうよね? きちんと手は打ってあるの?」


 ひそひそ声で尋ねられ、リリーエは「ええ」と微笑む。ロージアの再登場は予想外ではあったけれど、法と秩序を重んじる振舞いは十分御せるものだった。ならば聖女に守られた霊であろうと問題ない。


「お姉様は証言台に立てません。仮にデデルやブーンの霊を呼べたとして話は少しも変わりませんわ。裁判は正規のやり方で──つまり生者の証言と残った証拠から判断すると約束させましたから」


 証人はなし。物証は手紙一通。たとえ最高裁判官であるセイフェーティンが公爵と裏取引をしておらずとも負けるほうが難しい。


「ラブレターの瑕疵(かし)などたかが知れております。わたくしの用意した偽物だと王女が指摘した瞬間にさめざめ泣いて裁判員を味方につけてやりますわ」


 ね、とリリーエはカニエに満面の笑みを向けた。しかしそれでも母の不安は消えないらしい。沈痛に眉根を寄せて彼女はぽつり呟いた。


「……大丈夫だとは信じているけどなんだか胸騒ぎがするのよ。なんの準備もないままに対抗してくる相手ではないでしょう?」


 最初の勝利は不意打ちに成功したに過ぎないと母は言っている。打ち倒したのはその目に敵を捕捉して殲滅しようと試みる今のロージアではないのだと。

 望むところだ。それでこそ己も戦い甲斐がある。


「わかっております。ですからその確認をしに行くのです」


 三度四度と読み尽くしたゴシップ紙を小さく畳んで脇に寄せた。窓を見れば太陽が随分西に傾いたことが知れる。そろそろ馬車の支度も整った頃だろう。証拠品である恋文を提出しに神殿へ赴かなければ。

 立ち上がったリリーエは外出用のドレスを優雅に翻し、静かにカニエに背を向けた。口元をふわりと緩め、肩越しに辞去を述べる。


「お母様はゆっくりなさっていてください。夕方には戻りますわ」


 カニエ専用の小館を出たリリーエはそのまま裏門へと向かった。森の木陰に待っていたのは地味な見た目の中型馬車。被告として出入りするからか紋章を剥ぎ取った。どうやら父はほんの少しも後ろ指を差されたくないらしい。


「リリーエ様、どうぞこちらへ」


 と、父の護衛騎士たちがリリーエの手を取った。エスコートを受けて馬車の奥へと上がる。出発はオストートゲが乗り込み次第とのことだった。


(お父様も姑息よね。王女側がまともに検分できないように参拝時間ぎりぎりまで手紙を渡しに行かないのだもの)


 お行儀良く指を組み、扉の窓から空を見上げる。天上のついぞ動かぬ灰色雲とは対照的に脳は目まぐるしく回転した。

 異母姉が訴訟人としてエレクシアラを指名したのはその場の思いつきではないだろう。王女がすんなり受け入れた点から見るに事前になんらかの交渉があったはずである。

 あの二人が動いていいと判断した、その要素は潰しておかなければなるまい。


(さあ、まずはセイフェーティン猊下の反応でも窺ってみようかしら)


 横髪をさらりと流し、口角を上げる。視線を空から地に戻せば屋敷から父が歩いてくるのが見えた。

 全力と全力を出し合うしかないこの勝負。必ず己が制してみせる。

 目指すは完全勝利のみだ。






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