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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第11章 悪役霊嬢の降臨
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広がる余波

「大変、大変!」と駆け込んできた夫が握りしめていたのはゴシップ紙らしき新聞だった。


「どうしたの、アキ君? そんなに慌てて」


 片付けの途中だった食器をテーブルの隅に置き、ハルエラは玄関でぜいぜい肩を揺らしている伴侶をそっと支えてやる。アキオンは噴き出す汗を拭う間も惜しんでこちらに大衆紙を押しつけた。


「これ読んで! 昨日お城ですごいことがあったんだって!」


 夫がこんなに興奮するなど珍しい。よほどの事件がない限りいつも穏やかな人なのに。不思議に思いつつハルエラは一面を見やる。そして「え?」と目を見開いた。


 ──〝アークレイ家の偽公女、実は本物の公女だった?〟

 ──〝王太子の婚約発表パーティーに乱入! 亡霊はペテラの使者か〟


 見出しを読んでも中身を読んでも何がなんだかわからない。書かれた文章を理解するには随分な時間を要した。

 なぜここに不幸な隣人ロージア・アークレイの名が記されているのだろう。まるで彼女が生きた人間同然に宮殿に現れたかのように。


「これも『聖女の奇跡』が始まったからかなあ? 亡くなった人の魂が戻ってくるなんて普通じゃ信じられないけど、集まった貴族は全員見たんだって! それで明後日ペテラ神殿で裁判をやるらしいよ!」


 みっちりと詰まった記事の該当箇所を示しつつアキオンが捲くし立てる。

 だが己の頭はこれっぽっちも追いつかなかった。

 ここに書き立てられているのは本当に現実の出来事なのか?

 だってあのロージアが、無残に殺された悲しい女性が、公爵家を訴えようとしているなんて!


「アキ君……!」

「ハルエラ!」


 ともにロージアを弔った伴侶はハルエラを抱きしめた。

 心臓がどきどきしている。もう忘れるしかないのかと諦めかけていたところなのに。


「頑張ってほしいよね。訴訟人は王女様が代理でやるみたいだけど、明後日は絶対に裁判を見に行かなきゃ!」


 アキオンの腕の中、身を震わせてハルエラは記事を読み込んだ。

 どうやらロージアが偽公女にされたのは父親が異母妹のほうを王太子妃に据えたがったゆえらしい。もし恋文が偽物だったと判明すればアークレイ家は重い処罰を免れまいとのことである。裁判まで実質二日。この短い間に王女がどれだけ準備を進められるかで勝敗は決するだろうと文は締め括られていた。


「……!」


 ハルエラは息を飲む。いくら王族であってもたった二日で証拠を集めるなど不可能だ。ロージアを勝たせたいなら有力な証人がついていなければならない。例えば恋文の代筆に直接関わった代書人が。


「ねえアキ君、私アキ君に秘密にしてたことがあるの」


 ハルエラはまっすぐに伴侶を見つめた。胸に固い決意を抱いて。

 初めて彼に打ち明ける。己の仕事が他者にどんな不利益をもたらしていたか。


「ええっ!? じゃあハルエラが前の記事のこと気にしてたのってハルエラが書いたラブレターだったからなの!?」


 驚くアキオンに頷いた。「黙っててごめんなさい」と言い添えて。


「や、ううん、それはいいよ。僕にだって危険さはわかるからね。……えっ? でも今それを教えてくれたのはもしかして」


 肝心な話はまだしていないのに先にすべてを悟られる。ハルエラはにこりと笑って己の胸中を伝えた。


「うん。私が書いた恋文ですって言おうと思う」

「だ、駄目駄目! 証言台になんか立ったら何されるかわからないよ!」


 潜めた声で叱られて、左右にぶんぶん首を振られる。優しい夫の優しい愛が胸をじんわり温めた。それでも気持ちは変わらなかったが。


「だって私の手がけた仕事なんだもの。放っておくなんてできないよ」


 でも、とアキオンは食い下がる。眉間に刻まれたしわの深さが、手首を握る力の強さが、彼の心配の度合いをよくよく示していた。

 立場が逆ならきっと自分も引き留めた。──けれど。


「ねえアキ君、アキ君はうちのお父さんが死んだとき、後先なんて考えないで私たち一家を助けてくれたでしょう? お父さんの一番弟子に土地もお金も全部取られて本気で途方に暮れてたとき」


 あのときから私もそういう人になろうと思ったんだ。そう囁けばアキオンはいっそう糸目を歪ませた。大きな溜め息のおまけまでつけて。


「君ねえ……」

「大丈夫、危なくないように王女様にも保護してほしいって交渉する。だからお願い、依頼のせいで命を落とした人たちのために戦わせて……!」


 懇願に返されたのはやはり嘆息のみだった。だがハルエラが真剣な目で夫を見つめているとやがて空気に変化が生じる。


「……無茶しないでね。絶対だよ。必ず冷静に行動して」

「アキ君!」


 喜びのまま抱きついて頬にキスした。勢いをつけすぎたせいで夫はずてんと引っ繰り返ってしまったが。


「ちょっと、もう! ハルエラ!」

「ごめん、ごめん」


 謝りながら手を差し出す。立ち上がったアキオンにハルエラは心からの笑顔を向けた。


「私これから大神官様に会ってくる! 夕方には帰るから!」


 告げるや否や長いスカートを翻す。玄関を飛び出して善は急げと駆け出した。

 まだやれることがある。

 すべてを取り戻すことはできずとも。

 石畳を蹴るたびに力が湧いてくるようだった。

 早くセイフェーティンと顔を合わせて話したかった。






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