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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第11章 悪役霊嬢の降臨
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宴の始まり

 大広間は明るい光に満ちていた。昨日まで都に雪を積もらせていた雲は晴れ、ドーム屋根の天窓から淡い日差しが降り注ぐ。宴が暮れまで続くからか各所に吊られたシャンデリアにも太い蝋燭が灯っており、華やかに着飾る紳士淑女らをいっそう強く照らし出した。

 幾粒ものきらめく宝石、翻っては光沢を示す一等シルクやベルベット。映る世界はいつも通りに優美で典雅だ。特に今日は大貴族も小貴族も揃い踏みして壁の隅まで混雑し、どこを向いても目が眩むほどだった。


(エレクシアラのドレスを黒にして正解ね。逆に引き締まって見えるわ)


 ロージアはこそりとホールの観察を続ける。乾杯はまだのようだがうっかり誰かに気づかれても面倒なので姿は柱に隠していた。大扉の両脇の石柱からは会場全体が一望できる。見てみればセイフェーティンは奥の壇上に据えられた特別席に座していた。その後方にはセレ兄弟がすまし顔で並んでいる。

 彼らのすぐ横、同じ壇上に設けられた王族用のソファはどれも空席だった。一人掛けのものが一つと二人掛けのものが一つ、そしてまた一人掛けのものが一つ。大体どこに誰が座るか想像はつく。ロージアも婚約発表パーティーではエリクサールと相席したから。


「やはり今日公表なさるみたいね?」

「ええ、どう見てもあれはそういうことですわ」


 お喋り好きな娘たちが口元を扇で隠して囁き合う。言葉にはしない者たちも視線の行方は正直だ。誰も彼もが普段より一席多い王族席を眺めている。

 と、そこに王宮専属楽団員のトランペットが鳴り響いた。ガヤガヤしていた大広間は水を打ったように静まり返る。

 ついに宴が始まるのだ。人々の関心は一気に会場入口に集まった。


「エリュピオン・ペテラス・ルオシム国王陛下並びにエレクシアラ・ペテラス・ルオシム王女殿下のご入場です!」


 両開きの大扉が開かれる。初老の君主と腕を組み、エレクシアラがゆっくりと歩を進める。

 微笑みも足取りもぎこちないけれどまずくはない。少なくとも王女は背中を曲げることなくまっすぐ前を向いていた。

 例年ならこの次にエリクサールとロージアの名前が告げられていただろう。だが今日は王太子の影も見ぬまま大扉は閉ざされた。主役はすぐには現れないというわけだ。


「皆の者、多忙な年の瀬によく集まってくれたな! 長い話は後にしてまずは乾杯するとしよう!」


 エリュピオンが白影石の壇に上がって小さな杯を掲げるとエレクシアラやセイフェーティン、列席の貴族らも次々と王に従った。「聖女の涙」を混ぜた聖水は全員に飲み干され、ロージア登場の下地が整う。

 だが出番には少し早い。冷や水を浴びせてやるのはもっと盛り上がってからだ。柱の中でロージアは息を殺して時を待つ。広間では召使いらがガラス杯を回収し、楽団が一曲目の演奏準備を始めていた。

 宮廷舞踏会の習わしとして王と王妃代理であるエレクシアラがペアとなり、皆の輪の中心に立つ。続いて四方を埋める形で序列一位から四位までの家門の夫妻が向かい合った。彼らの中にはオストートゲの姿もある。


(さすがにカニエは連れてこなかったみたいね)


 見たところ父の相手は序列五位の侯爵家の女当主のようだった。一応会場を確認するが薄桃色の髪の妾はどこにもいない。

 本来父と踊るべき次女もまた不在だった。気がついたのは目敏い者だけではないだろう。こうなるとひそひそ話はいよいよ加熱していった。

 場が整うと指揮者が大きくタクトを振る。初めはごく緩やかに、だんだんと波に乗るように。美しい旋律は惜しげもなく奏でられた。王族と大貴族による開幕ダンスは格調高さを見せつけたのちつつがなく終了した。

 お次は未婚の男女のワルツだ。あちらこちらで初々しい二人組が生まれては広間をくるくる回り始める。目当ての相手を捕まえられた者たちは嬉しげに、無難に義務を果たせそうな者たちはホッとした表情で。

 いずれにしても若い彼らは踊るだけでホール全体を華やがせる。交わす視線、秘密の会話。そんな要素が積み重なって熱気は更に高まるのだ。

 王太子の新しい婚約者が誰なのかダンスのさなかに推測し合った者たちもいるだろう。壁際に小グループを拵えて固まる年嵩の貴族らも話題にせずにはいられなかったに違いない。そろそろ例の二人がここにお出ましになるのではないのかと。


(さあ、おいでなさいな。今が一番注目を集められるわよ)


 たっぷり焦らされ、好奇心を煽られたから皆王太子たちの登場を今か今かと待ちわびている。いつも演奏は間断なく行われるのに次のワルツが始まらないのも広間の期待を高めていた。

 と、ひときわ盛大にトランペットが鳴り響く。それはダンスの再開を告げるファンファーレでは有り得なかった。

 入口の衛兵が大きく大きく声を張る。今日最も重要な彼の任務を果たすために。


「エリクサール・ペテラス・ルオシム王太子殿下並びにリリーエ・アークレイ公女のご入場です!」


 おお、という予定調和のどよめきがペテラスの新星たちに送られた。大扉が開かれると手を取り合ったエリクサールとリリーエが微笑みながら大広間の中央へと歩んでいく。

 ほとんど同時、音楽家たちは伝統的なメヌエットを奏で出した。何百年も昔から宮廷に存在する舞踏曲。古めかしい振り付けを伝授されるのは王族のみとされている。それが今演奏される理由はただ一つだった。

 向かい合ってお辞儀をし、王太子たちが踊り出す。手を握っては頬を寄せ、離れたときは求め合うように手を伸ばし、二人のために空けられたスペースを思う存分利用して。

 天窓から零れる光がエリクサールとリリーエの世界を円く輝かせる。完璧に祝福された男女のごとく、屑銀と模造金は人々に見せつけるように二人きりで踊り続けた。


(生地に薔薇の刺繡をしたローズピンクのドレス、ね)


 リリーエが旋回するたび翻るスカートを舌打ちしたい気分で眺める。

 取って代わった気でいるのだろう。より可憐な薔薇として。しかし百合は、決して薔薇にはなれないものだ。


(待っていなさい。もうすぐよ)


 最初に踊り始めた位置に戻ったエリクサールたちはお辞儀でダンスの幕を閉じた。少し遅れて音楽が止み、更に一拍遅れて拍手が鳴り響く。これ以上はないほどの大きな喝采。満足そうに微笑を浮かべた異母妹は王太子と寄り添い合い、ホールの奥の壇に上がった。

 自席で休んでいた王が立ち上がって二人を迎える。後方ではエレクシアラとセイフェーティンも無言で君主に追従した。──そして。


「皆の者! よく聞いてほしい!」


 高らかな声が広いホールにこだまする。いつか聞いたのと同じ響きの。

 普段はびくびくおどおどして貴族会議の言いなりのくせに、決定事項を布告する際の態度だけはエリュピオンも堂々としている。ふっくらと肥えた初老の王は「この度神国に二つの喜びが舞い降りた!」と続けた。


「先日咲いた黄金の薔薇については余から説明するまでもあるまい! 今も聖女は祖国を見守ってくれておる!

 今日余が皆に伝えたいのは王家に加わる麗しき淑女についてじゃ! さあ彼女を見よ! 金に輝く髪を持つ清らかなこの乙女を! 余はここに王太子エリクサール・ペテラス・ルオシムとリリーエ・アークレイの婚約を宣言する──!」


 右手をエリクサールの肩に、左手をリリーエの肩に添え、王は二人の若者を祝す。貴族たちもこの慶事をすんなりと受け入れた。

 あちこちから低い囁きが漏れてくる。ルオシム王家とアークレイ家の関係が保たれるなら勢力図も温存されるだろうなと。次の時代の影の王者は公爵家で決まりかとも。

 ロージアは鼻で笑って柱を出た。皆の意識は壇上に集中していて突如広間に一人増えたのに気に留める者は誰もいない。

 オフショルダーの濃緑色のロングドレス。金糸で縫われ、ふんだんに薔薇のあしらわれたスカートを軽く摘まんで歩き出す。一歩進むたびロージアの緩く三つに編んだ紅髪が肩を滑って左右に揺れた。

 人垣を抜けて前に出る。十分に王に近づくと凛と声を響かせた。


「お待ちください。その婚約、認めるわけにまいりませんわ」


 聖女の涙を分けたおかげで全員しっかり聞こえたらしい。「え?」といくつも声が上がる。こちらを見やる目と目が合う。

 どよめきは瞬く間に伝染した。傍らにいた男など仰け反って後ずさりする。


「な……っ、ロージア嬢!?」

「し、死んだんじゃなかったのか!?」

「どうして彼女が王城に!?」

「血の繋がらない偽の公女だという話は!?」


 飛び交う声は混乱を増幅させた。招かれざる客に向けられた眼差しには恐れ、好奇、不愉快、驚愕、様々な動揺が感じられる。だが今はそんな雑音どうでも良かった。

 狙いは一つ。神国に害なす者を叩き潰すことのみだ。


「エリュピオン国王陛下にロージア・アークレイが申し上げます。その婚約は血と犠牲により成立したもの。どうぞお取り消しなさいますよう」


 ロージアは壇上の王を仰いで毅然と告げた。

 リリーエも、エリクサールもぽかんとしたまま動かない。彼らは君主のすぐ脇で間抜け面を晒している。

 白影石の壇の横でこちらを凝視する父も似たようなものだった。ひと握りの味方を除き、状況を理解できた者はまだ一人としていなかった。






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