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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第10章 熱血悪女リリーエちゃん
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超・熱血悪女リリーエちゃん

 日々は目まぐるしく過ぎる。入れ替わった住民に令嬢らしさを学びながら、カニエの課題に追われながら、リリーエはすくすく成長した。

 初めて公爵家に呼ばれたのは十歳になった年だ。招待状を見た母は「ついに来たわね」と不敵に笑った。

 なぜ今になって父が次女を招いたのか理由は書かれていなかったが、カニエには簡単に予測できたらしい。来年十五歳を迎え、成人になる長女ロージアと王太子エリクサールの婚約が確定したのだろうとのことだ。アークレイ家にはほかの嫡子がいないため、リリーエが後継者候補に浮上したのだと。


「あの男は親戚連中を嫌っているから甥を養子にするような真似はしないと睨んでいた通りだわ。役立たずだとバレたくなくて新しい妻も(めと)れなかったんでしょうね。たとえアレが使い物になったところで赤ん坊が生まれていたかは怪しいところだけど」


 カニエはアークレイ公をよくよく存じている風だった。もしかしてこの人はずっと前からこの展開を確信して我が子を育てていたのだろうか。そう思うと十年先を見据えられる母への尊敬の念が増す。


「リリーエ、必ずこのチャンスをものにするのよ。誰がお前を妨げてもお前がそれを撥ねつけられるように母様は力をつけてやったの。アークレイ家をよく見ておいで。お前の城になる場所を」


 リリーエの手を握り、まっすぐに眼差しを注ぎ、カニエは熱っぽく告げた。

 そうして父と異母姉の前に立つ日はやって来た。


「初めまして。リリーエ・ツルムと申します。お招きありがとうございます。公爵様と小公女様のお目にかかることができ、心から嬉しく思いますわ!」


 可憐に微笑み、リリーエはそうお辞儀する。引き合わされたのは広々とした応接間だ。温度のない目でちらとだけ公爵はリリーエを一瞥した。


「…………」


 無言のまま隣のロージアに顎で何かの指示を出すとオストートゲは名前も名乗らず部屋を去った。後から思えば父はあのときリリーエの金髪と碧眼だけを確認しにきたのだろう。自分の血さえ流れていれば彼はなんでも良かったのだから。


「初めまして、リリーエ。とても上手に挨拶ができるのね。今出て行ったのがわたくしたちの父オストートゲ・アークレイ、そしてわたくしがあなたの異母姉(あね)のロージア・アークレイよ」


 冷たい目つきの父と違い、ロージアは出会った当初から優しかった。爵位を与えられていると言っても平民同然の準男爵であるリリーエを自身と同列に扱い、同じ家で育った本物の姉妹のように親しく手を繋いでくれた。


「庭でも散歩しましょうか。百合(リリー)が綺麗に咲いているの」


 紅薔薇の髪と夕暮れ色の聡明な目。異母姉(あね)は美しい人だった。

 陽光を浴びて輝く庭園を回りながらロージアは柔らかな声で問う。暮らしに困り事はないか、母親との仲は良好か、いつもは何をして過ごしているのか、これからどんな人生を歩みたいか。

 リリーエは問いのすべてを正直かつ無難な返答で済ませた。金の管理は母がしっかりしてくれているので生活に問題はない、自分は母が大好きだ、教養を身に着けるべく下宿中の地方貴族らに学んでいる、どこでどんな人生を歩むにしても自分らしくいられたらそれでいい、と。


「なるほどね。挨拶と同じくらいしっかりした答えだわ」


 聞き取りを終えるとロージアはそこでようやく本題に入る。眼差しは真剣で、宣告は凛としたものだった。


「近いうちに父はあなたを引き取ります。次期公爵となる次女として」


 彼女は最初から隠し事をしなかった。ロージアが説明してくれた「今更娘を引き取る理由」はカニエの推測とまったく同じものだった。


「もしあなたが別の人生を求めるならわたくしがお父様を説得するわ。大人の事情に子供が振り回されることはないもの。けれどもしあなたが公爵家の女になると言うのなら、わたくしは全力でサポートします」


 真摯で誠実。そうとしか言いようのない異母姉の態度にリリーエはぽかんと呆ける。どんな侮蔑と冷遇が待ち構えているやらと地獄を巡る気分でいたのに完全に拍子抜けだ。貴族令嬢というものはもっと露骨に下の身分の者を嘲り、田舎者ですら偉そうに振る舞う生き物ではないのか。


「お母様も一緒にお屋敷に住めますか?」


 咄嗟に口から出た問いは、ロージアを探るためのものだった。異母妹までは許せても平民の母親はどうか。一瞬でも整った眉が歪みはしないか。形だけの親切で善人ぶりたいだけではないか。そういう真意を探るための。


「もちろんあなたが望むなら」


 だが目の前の聖女然とした女からは、清廉潔白以外の何物も感じ取ることができなかった。

 リリーエは直感した。わざわざ悪女にならなくとも、この異母姉とはきっと上手くやっていけると。




 ***




 半年後、リリーエは正式にアークレイ家の一員となった。世にはロージアが王太子の婚約者として紹介され、誰が公爵家を継ぐのかがもっぱらの関心事となっていた。

 当然リリーエは興味、羨望、様々な感情が入り混じった視線を浴びることになる。広い庭の小さな館に移り住んだカニエもまたかつての使用人仲間たちの噂に上らぬ日はなかった。

 異物に対する敵意と緊張。しかしそれらを一掃してみせたのはリリーエでもカニエでもなくロージアだった。


「屋敷には慣れたかしら? 小さなことでも遠慮せずにわたくしを頼ってね」


 異母姉は公正な人だ。そして公爵家に勤める全員に慕われ、敬われている。統率にも隙はない。彼女がリリーエを正統なアークレイ家の後継者として扱い、カニエを生みの親として尊重すれば皆すぐそれに倣い始めた。

 正直何もすることがなかった。放っておいてもメイドたちの警戒心は薄れていく。敵対的な者を巧みに吊るし上げ、職を奪う必要もない。作り上げてきた心構えに相反して公爵家はやりやすいところだった。


「覚えがいいから教えがいがあるわね。学ぶ上で最も重要な才能は素直であるということだけど、そういう意味でもあなたは最高の生徒だわ」


 ロージアには本当にリリーエをうとましく思う気持ちが皆無らしい。彼女はいつも親切で、リリーエの後継者教育に懸命に手を尽くしてくれた。

 苛めてくるなら仕返ししようと思っていたのにこれでは敬愛するしかない。事実リリーエはもうすっかり異母姉に魅了されていた。

 この世にこれほど完全な人がいるだろうか。カニエは不完全ゆえの生き方をリリーエに教えてくれたが、ロージアはその真逆だった。

 膨大な業務を処理し、平然と皆を気遣い、不正の存在を許さない。どこかに穴があるはずだとどれだけ入念に探しても異母姉に(きず)らしい瑕はなかった。

 邪道ではなく正道を着実に歩んできた人なのだ。甘い言葉に騙されることもなく、握られるほどの弱みも持たず、眩いばかりの光の道を。

 母に対するそれとは別種の憧れが燃え上がる。まるで激しい恋慕のように。

 頭の中で何度挑んでもロージアはあっさりリリーエを制圧した。この人には勝てないと実感するほど心は強く惹かれていった。

 害意があったわけではない。毎日毎日どうすればロージアを失脚させられるか、どうすれば彼女に勝利できるのか、飽きもせずシミュレーションしていたのは染みついた癖のようなものだった。公爵家ではわずかの陰謀すら巡らせる余地はなかったが、だからと言って訓練をやめたわけでもなかったから。

 ──初めて出会った超難敵。情熱は行き場のないまま加速した。

 お利口にしているだけで手に入る次期公爵の座などいらない。知略の限りを尽くしてロージアと戦いたい。

 しかしそんな欲望は不健全と言わざるを得なかった。リリーエはロージアを憎んでいるわけではないのだ。むしろ誰よりも焦がれている。

 もしロージアがリリーエの手出しできないままエリクサールと結婚したら、そのときはすっぱり諦めよう。勝負欲は捨て、忠実な異母妹として王太子妃に仕えよう。

 リリーエはタイムリミットを決めた。そしてこの問題に自分なりの折り合いをつけたのだった。

 日々は目まぐるしく過ぎる。姉妹の蜜月は長く続いた。ロージアはあたかも第二の母のごとくリリーエを慈しんだ。

 出自が気にならないのかと一度尋ねてみたことがある。そのとき返ってきた言葉は今もよく覚えている。


「人間の高潔さを決めるのは魂だけよ」


 異母姉曰く、貴族や平民といった区分は魔獣に対抗するために自然発生したものらしい。食糧、兵士、税を一手に集めた後、再配分をする者が王や貴族と呼ばれただけだと。神国では聖女の血脈を保つために身分制の撤廃がなされることはないだろうが、そんなもので人の貴賤が定められるはずがないと。


「生まれではなく生き方が大事なの」


 素晴らしい人だった。ロージアが王太子妃、そして王妃として祖国を治めるようになればペテラスはもっといい方向へ進むだろう。

 同時にまたあの欲望がもたげてくる。

 この人と一世一代の大勝負ができたなら。そうしたらきっと、今まで案じたどんな計より絶対に楽しいのに。






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