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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第10章 熱血悪女リリーエちゃん
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続・熱血悪女リリーエちゃん

「一、二、ウィンク! 二、二、ウィンク! いいわよリリーエ可愛いわ!」


 人生で最初の教えを胸に刻んだリリーエの特訓生活が始まった。時に厳しく、時に温かく、母は娘の指導者(コーチ)として進むべき道を示してくれた。

 何を置いてもまずこれを体得せよと教え込まれたのが自然な愛くるしさである。可愛らしいということは危険を招く場合もあるが、庇護を受ける場合も多い。道具として磨きなさいと母は師匠の顔で命じた。

 カニエはなんでもよく知っていた。どんな子供が愛されるか、どんな振舞いが他者の心をくすぐるか。世の中にはどんな種類の人間がいて、どんな下心を抱いているか。そして彼らをどんな風に利用すれば望むものが手に入るか。

 公園も雑踏もたちまちカニエの教室になる。母はすごい人だった。

 とは言え「アークレイ家に入るための実践的な貴族教育」となるとカニエもお手上げだったようだ。それで母は館の下宿人たちを臨時教師に採用しようと決めたらしい。

 庶子に与えられた住居ながら館は十分に上等で、比較的社会的身分の高い人々が暮らしていた。四つほどある空き部屋の一つにはどこぞの貴族のお抱え青年家庭教師が、残り三つにはアカデミーに在学中の地方貴族の子息子女らが入居していたと記憶している。


「あのね、リリーエ、おじょうさまごっこがしたいの」


 愛嬌を振り撒きながらリリーエは住民たちに教えを乞うた。ドレスを広げて一生懸命おねだりすれば暇な誰かが応じてくれた。

 そうしてリリーエが親しみやすい子供であるのを示した後で母が頼む。


「もし良かったら、教養やマナーをこの子に身に着けさせてくださいません? お礼に少し家賃をお安くしますから」


 癇癪持ちの相手はできぬがこの子なら、と了承の意を告げたのは家庭教師の男だった。リリーエはすぐに贔屓の生徒となった。

 カニエは交渉上手らしい。その後も次々にリリーエを貴族令嬢にするための人材が現れた。けれど誰も母を超える指導者にはなれなかった。

 母はいつも「人間をよく見なさい」と言う。何を考えているのか、何を行動に移すのか、見えないところで一体何をしているのか、何に怒り、何に喜び、何を成そうとしているのか。人の世を生き抜く知恵の基本は観察にあるのだと。

 家庭教師のもとで学ぶ一方でリリーエはカニエの出す課題もこなした。その多くがリリーエの関心を惹きつけるものだった。

「友達を作ってきなさい」「友達の友達と、初めに友達だった子よりも仲良くなりなさい」「皆の秘密を探っておいで」「自分が悪者にならないように初めの友達を追い出しなさい」

 指令は徐々に過激なものになっていく。リリーエが行き詰まって困っているとカニエは的確な助言をくれた。まるで現場を見ていたように。

 母は魔法使いだった。リリーエは母の手腕に憧れた。「すごいわリリーエ。よくやったわね」そう母が褒めてくれるとき、リリーエは今までにない格別の幸福を味わった。

 人間を篭絡するのも楽しくて仕方ない。ほんの少し水を向けてやっただけで親友同士も仲違いする。支配の糸で操り人形を操ることは堪らない快感だった。今までどうしてぬいぐるみで事足りていたのかわからない。

 リリーエはなんでも上手くやってのけた。策略を成功させる秘訣が何かよく知っていたから自分磨きも怠らなかった。


「一、二、スマイル! 二、二、スマイル! 今日もばっちりね!」


 時々カニエはリリーエにわざと失敗させる。調子に乗るのを防ぐためというよりは、また別の指導のために。そんなときリリーエは母の言葉に熱心に耳を傾けた。


「いいこと、リリーエ? 人生は得るか失うかの選択だけでできてはいないわ。失うか、あるいはより多く失うかを選ばなきゃいけないときもある。選択することもできずに多くを失う人間がほとんどだけど、心構えがあれば百の損失を十や二十に防げるの。そして十や二十の損失なら百や二百の損失よりもずっと穴埋めはたやすいわ」


 仮初(かりそめ)の友人を得たり失ったりしながらリリーエはゲームを楽しんだ。愛情で釣るか物で釣るか、どちらがどんな場に相応しいかも学習した。

 エサがなんであれ感情は入り込むし、思わぬ事態を招くけれど、予測が最も困難なのは愛である。依頼と報酬が適切に吊り合った例がない。過分に控えめかと思えば翌日にはそこまで譲ってやれるかと呆れるほど図々しくなり、結局一番想定通りに動くのは弱みを握った人間か、ほかに金を稼ぐ手段を持たない人間だとよく理解した。


「一、二、上目遣い! 二、二、上目遣い!」


 訓練は続く。リリーエはやがて七歳になった。

 アカデミーの学生らが卒業とともに出ていくと、新たな入居者が決まるまで館はとても静かになった。家庭教師の男だけは変わらず二階の一室に小綺麗な部屋を整えており、にやつきながらリリーエを待っていたけれど。


「いらっしゃい。可愛いリリーエお嬢様」


 予兆はおそらくあったのだろう。しかし当時のリリーエは幼く、向けられた欲望の正体を掴みきれていなかった。ただ母に、もしお前の服を脱がせようとする男がいたら「口でするので許してほしい」と乞うように言われていたのでその通りにしたまでだった。十失うか百失うか咄嗟に選ばねばならないとき、十ならまだ穴埋めができるというカニエの教えの通りに。

 リリーエは教師がぐったり息を切らしている間に暗い部屋から逃げだした。靴下一枚落とすことなく。


「お母様の言う通りでしたわ! わたくしどこも傷つけられませんでした!」


 興奮しながら報告する。大人の男の暴力を最小限に食い止めたという事実がただ誇らしく、防御の術を伝授してくれた母という人を尊敬した。


「お母様は本当にすごいです。わたくしちゃんと大事な臓器を守り抜けましたもの!」


 あのときカニエは震える手でリリーエを抱きしめて、何と零したのだったか。娘の口を拭ったハンカチを母はすぐさま火にくべた。家庭教師は翌日には部屋を空にして消えており、二度と再会することはなかった。


「一、二、流し目! 二、二、流し目!」

「一、二、噓泣き! 二、二、噓泣き!」


 母は男の欲望と呼ばれているものについてたくさんのことを話してくれた。身分や職に関係なくどこにでもああいう愚物はいるのだと。そしてリリーエはより完全な悪女に近づいたのだった。






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