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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第9章 冬の都に薔薇は咲く
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王女の再訪

 首尾は上々、万事が最初の予定通りだ。前回同様本殿にて護衛騎士(ノイワン)と別れ、奥庭を歩むエレクシアラのブローチ内でロージアはセイフェーティンとその腹心の獲得を確信した。

 まだ公爵家とつるむ気なら王女が神託を受けたらしいと漏らしていたことだろう。だが大神官は軽蔑の目でオストートゲを冷たく眺めるだけだった。

 民間兵の騎士叙任を望むのはエレクシアラも同じだし、彼女が害なき人物とわかればセイフェーティンは喜んで鞍替えするはずである。警戒心を解く役も揃っているから万全だ。


「緊張しなくて平気ですよ。エレクシアラ姫がちゃんとした方だということは私がよくよく存じていますから」


 賢王女をエスコートしつつミデルガートがそう微笑む。不信感を向けられた際は自分が援護射撃しますと言外に励まして。


「ありがとう。そなたが一緒だと頼もしいわ」


 エレクシアラも胸を押さえ、強張りつつも平静な声で応じた。

 今日彼女に頼んだのはいつも通りの自分でいること。多少及び腰であっても黙り込まずにいてくれれば大神官もエレクシアラの誠実さ、優秀さに気がつくだろう。そしてそういう流れに持ち込むのがほかならぬロージアの役目だ。

 霊の姿を見せて話そうと決めていた。

 償いたいと悔いているセイフェーティンたちのためにも。


「おい、ミデル」


 大神官邸の扉を開いたガルガートは姫に続いて中に入ろうとした弟の肩を押し留めた。お迎えは頼んだが密談にまでついてくるなという顔だ。


「いいのです。彼も同席させてください。忠実な騎士の亡き主にも深く関わる話ですから」


 エレクシアラに乞われればガルガートも拒めない。こうして邸宅の応接間にロージア、エレクシアラ、セレ兄弟、セイフェーティンの五人が集まった。


「座ってくれ。お告げの内容を教えてほしい」


 対面ソファに姫と大神官が腰かける。傍らには一人ずつ騎士が寄り添った。

 セイフェーティンはまず「ペテラに誓い、神託が降りたことを信じよう」と宣言する。発言を受けてエレクシアラが問いかけた。


「誓ってくださるのはお告げがあったという事実のみですね?」

「ああ、悪いが私はまだ姫を信用したわけではない。薔薇の奇跡にかこつけて実際とは異なるお告げを聞かされる可能性も危惧している」


 不敬だぞとエリクサールなら激怒していそうな言葉だ。だがエレクシアラは感情的になることなく淡々と話を続ける。


「わかりました。ではここに聖女の使いをお呼びします。どのようなお告げであるかは猊下が直接お聞きください」


 その瞬間、えっと向かいの男たちが瞠目した。時は来たれり。ブローチから抜け出したロージアは神官用の白地に緑のワンピースを翻し、テーブル高くに身を浮かべた。

 唖然とするセイフェーティン。主人が何に驚いているかわからずに戸惑いを見せるガルガート。だが護衛騎士にも「視認できない何か」がいるのは察せたらしい。剣を握る手に明確に力がこもる。


「まさか、君はあのときの……」


 大神官はすぐにこちらが誰か思い出したようだった。執務室の窓から逃げた謎の女。だがそれが聖女の使いとはどういうわけだと当惑しきった顔でいる。


「わたくしの名はロージア・アークレイ。公爵家に殺された娘です」


 お初にお目にかかります、とスカートを上げてお辞儀すれば大神官は呼吸を止めて固まった。エレクシアラとミデルガートに順に目をやり、額を押さえ、彼は小さく掠れた声を震わせる。


「待ってくれ。何がなんだかわからない。一体どうなっているんだ?」


 混乱を(ほど)くには少々時間が必要だった。王女や従者に聞かせたのと同じ話を──聖女の加護を得てしばし地上に留まることが許されたという適度に事実を伏せた話を──ロージアはセイフェーティンにも繰り返す。


「周辺を嗅ぎ回っていた無礼は謝罪いたします。ですがわたくしはどうしてもアークレイ家の罪を暴かねばならないのです。そのために父の目的をはっきりさせねばなりません。どうか教えてくださいませんか? あの男が、あなたにどんな取引を持ちかけたのか」


 大神官は問いかけに重い、重い息をついた。あまりに予想外すぎて彼はまだ事態を飲み込みきれていない様子である。

 だが返事をしない理由はそれだけではないだろう。彼はまだ迷っているのだ。本当にオストートゲと手を切ることが仲間にとっていいことなのか。

 ロージアはちらと王女に目配せした。ここが引き込みどころだろう。意図を理解したエレクシアラもこくりと頷き、話を切り出す。


「猊下。あなたがアークレイ公に望んだのは民間兵の待遇改善、主には彼らを騎士に叙し、土地と財産を与えることでお間違いないですね?」


 にわかにセイフェーティンの眼光が鋭くなる。「そうだ」と答えた大神官に王女は気丈に声を繋げた。


「それならわたくしも公女もあなた方に力添えできます。実際法案はほとんど通過しているのです。残っているのは具体的な調整だけで」


 その直後、応接間に妙な空気が流れだす。セイフェーティンとガルガートは顔を見合わせて嘆息した。


「……はあ……」

「力添えねえ……」


 じっとりした彼らの目には敵意すら窺える。二人ともエレクシアラの言葉を本気にはしていない様子だ。その場しのぎの嘘と思われているのだろうか? エリクサールと違って彼女はそんな真似しないのに。


「……あの、猊下? わたくし何かお気に障るようなことを?」

「無理に取り繕わなくていい。姫はずっと北部開拓に反対してきた人だろう? 力になれると言われても私たちには期待を持てない」


 は、と今度はこちらが目を瞠る番だった。耳を疑う発言に返す言葉を失ってしまう。

 エレクシアラが北部開拓反対派? そんなこと誰に吹聴されたのだ?


「なっ……!? も、もしやアークレイ公がわたくしをそのように?」


 王女が問うと大神官は「いや、違う」と否定した。オストートゲが自分しか味方はいないと思い込ませるべくついた嘘だと思ったのに、どうやらそうではないらしい。なら誰がと訝るこちらに告げられたのは完全に想定外も想定外の名前だった。


「エリュピオン陛下からそう聞いた。兵の真似事をさせられている貧民たちを自分も憐れに思っているが、いつも娘が法案を差し止めてしまうのだと。私は大神官となった二年前からずっと王に嘆願してきた。だが返ってくるのは毎回同じ棄却だったよ」


 苦々しい表情でセイフェーティンが吐き捨てる。

 あまりのことに眩暈がした。エリュピオン現国王陛下──まだそんな伏兵が潜んでいたかと。

 悪名高い先代女王の後を継ぎ、常にびくびくおどおどしている存在感の薄い君主だ。徹底した事なかれ主義、ゆえに決定は二転三転、優柔不断で歴史書に母より多く悪口を書かれないことだけを考えて生きている、そんな人。


「姫が邪魔だてしなければ私とてアークレイ公などとつるまずに済んだのだ。そちらにはそちらの考えがあったのかもしれないが」

「…………っ」


 エレクシアラは青ざめて卒倒しそうになっている。それはそうだ。自分の親に自分のあずかり知らぬところで虚偽を並べられていたのだから。

 ぱくぱく口を開くだけの彼女に助け舟を出したのは、見るに見かねたらしいミデルガートだった。


「猊下、前提が間違っています。そもそも北部開拓や民間兵の叙任について、最初に提案なさったのがエレクシアラ姫ですよ」

「は?」


 訂正を受けてセイフェーティンが眉根を寄せる。「なんだと?」とたじろぐ彼にエレクシアラはよろめきながらわななく声を絞り出した。


「なぜそのように誤解なさってしまったのか予測はつきます……。父も、兄も、都合が悪くなるとすぐにわたくしのせいにして責任の所在を誤魔化す傾向がございますので……」


 王女は恥じ入る。母后が帰らぬ人となった幼いときより王家を正せる人間はいなくなってしまったのだと。大神官にまで嘘をつくなど申し訳がなさすぎると。


「で、ではあれは王の言い逃れだったというのか?」

「はい。おそらく責められるのが面倒で適当な作り話をしたのだと。お父様は基本的に貴族会議の言いなりで、名誉でもかからない限りわたくしの提言には興味もお持ちになりませんから……」


 エレクシアラは疲れた瞳で乾ききった笑みを浮かべる。さすがのロージアも今回は励まし方がわからなかった。彼女も厄介極まりない身内に囲まれたものである。


「法案を差し止めたことは確かにあります。ですがそれは叙任式を経ないまま民間兵を北部に送り込もうという反対派の暴挙を防ぐためでした。開拓という重労働についてもらうのに土地は借り物、賃金は雀の涙、身分を高める爵位もなしでは何一つ報われないではないですか」


 痛切に訴えるエレクシアラの傍らでミデルガートもうんうんと神妙な顔で頷いた。騎士は王女が北部開拓の実現に向けて現地調査に赴いたこと、複数の開拓計画を立てて経費や利益を具体化したこと、寒冷地でも耕作可能な作物の研究をしていること、貴族会議で検討中の資料はすべて王女とロージアの手によるものであることを説明する。しかしまだセイフェーティンには並べられた事実が信じきれぬようだった。


「嘘や誇張は一つとしてありませんわ。父がスムーズに議題を進められたのはわたくしたちの用意した下地があったからですもの。お疑いならば猊下も一度王女の畑をご覧になればいいのです」


 ロージアもそう補足する。だが結局セイフェーティンの信頼を獲得したのはミデルガートの──正しく言えばその兄の──ほうだった。


「こいつが王女の味方するならきっとそっちが正しいんだよ。俺たち政界には疎いから、まんまと騙されたんだろな」


 肩をすくめたガルガートを振り返り、大神官は力なく項垂れる。自分に非があると認めた彼は「すまない」とただちに詫びを口にした。


「ではエレクシアラ姫、君たちに協力すれば民間兵の未来を保証してくれるのだな?」

「もちろんです。土地と財産が十分なら彼らは家庭を持つこともできるようになるでしょう。魔獣を更なる北方に退けるのに成功すれば老後は発展した街で安全に暮らせるはずです」


 エレクシアラは目標の達成まで責任を持つことを断言する。大神官はふっと微笑して「わかった」と頷いた。


「であればもはや公爵には爪の先ほどの未練もない。彼が私に要求したものを教えよう。──〝聖女の涙〟だ」






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