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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第9章 冬の都に薔薇は咲く
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別れの決意

 二度目の奇跡に城下が沸いたのは正午過ぎ。後にこの日は都のかしこで歓声がやまなかったと記録される。

 紅薔薇が薔薇の王者とされるのはペテラの瞳が赤かったからだ。それよりも尊いとされるのが白銀で、神国では王族の毛髪にしか見られない。そしてその白銀以上に崇められる色がある。ペテラが放つ神聖力と同じ色、眩いばかりの黄金だ。──ロージアは王都に咲かせた紅薔薇を一つ残らず祝福の最たる金に塗り替えてやったのだった。


「公爵様、公爵様! お早くお庭においでください!」

「世にも不思議な金色(こんじき)の薔薇が開花しております!」


 大騒ぎする使用人たちに呼ばれてオストートゲが姿を見せる。父だけでなくリリーエやカニエも薔薇園に集まって見事な黄金の花びらに「まあ!」と双眸を輝かせた。

 よその薔薇を秘かに買い取っていたほどだ。三人ともさぞ嬉しかろう。

 だがロージアにアークレイ家を祝福する気は毛頭なかった。父が出てくる前に花を枯らせなかったのは、ひとえに庭師やメイドに責任を負わせないためである。

 父も異母妹もその母も「せっかくのペテラの加護をお前たちが駄目にした」などと言いかねない。黄金に相応しくない者が誰なのかは誰の目にも明らかにせねばならなかった。


「本当に美しいですわ。これは本物の金なのかしら?」


 リリーエが枝に低く咲く一輪の薔薇に手を伸ばす。しかし彼女は分を弁え、オストートゲの許可なくそれに触れることはしなかった。

 垣根に父もそっと近づく。ロージアはそのすぐ後ろで指先に黒霧を渦巻かせながら待ち構えた。


「まったく、たかが花ごときが余計な手間をかけさせてくれたな」


 ぼそりと唾棄するオストートゲに奇跡を尊ぶ様子はない。どこまでも勝手な人だ。自分はすべてを手中にするのが当然と信じているのだから。

 無遠慮な手が輝く金の薔薇を掴む。枝先から毟り取ろうと力をこめる。その瞬間、ロージアは黒く濃い霧を風に乗せた。


「……ッ!?」


 ──枯れる。花々が枯れていく。

 垣根の緑はそのままに、黄金を腐食させて。

 残骸と化したそれはねっとりと枝にへばりつき、景観を醜悪なものにした。驚いた父が庭師に除去を命じるが、一体化した花弁はどうしても剥がれない。枝ごと切り落とそうとしても硬くて(はさみ)が入らぬ始末だ。


「お、お父様!」


 と、リリーエが異変に気づいて悲鳴じみた声を上げる。黒霧は既に薔薇園の薔薇という薔薇を腐らせていた。

 どよめきと沈黙。父は呆然と立ち尽くす。

 勘のいい男だからきっと直感しただろう。買い取った薔薇なぞ飾ったせいでこんなことになったのだと。もう誤魔化しはきかないと。


「薔薇の垣根に覆いをしろ! 人に何か聞かれたら庭園は工事中だと言え!」


 命じるが早くオストートゲは身を翻して歩き出した。

 こうなれば出向く先は一つしかない。ロージアはするりと父のクラバットに入り込む。後はすべてが計画通りに進むのを見守ればいいだけだった。




 ***




 セイフェーティンが視察を終えて神殿へと引き揚げたのは午後二時過ぎのことである。本当はもっと早く帰るつもりでいたのだが、途中紅薔薇が黄金に色を変えたために予定が長引いてしまったのだ。

 認めなければならなかった。奇跡の季節が始まったこと。忌々しいあの姫が神託を受けたこと。

 複雑な思いで百段階段を上りきる。すると「あっ」と声がした。見れば正門の陰に奥庭担当の副神官がおり、弱り切った顔で寄ってくる。


「良かったです。アークレイ家の公爵様が二時間も前からお待ちで。なんだか恐ろしい雰囲気でいらっしゃるのですぐに会っていただけますか?」


 はたと隣のガルガートと目を見合わせる。妙に気になるタイミングでの来訪だ。公爵家にも紅薔薇は咲いていたから神託の件は彼ではないはずなのに。


「わかった。ありがとう」


 礼を述べるとセイフェーティンは邸宅へと歩き出した。ミデルガートが馬を戻しに離れているときで良かったなと思う。無慈悲に主人を追放されたという彼がオストートゲと鉢合わせでもしたら刃傷沙汰になりかねない。己の騎士の愛弟を無闇に苦しめたくはなかった。


「なんだろな? 民間兵の叙任案が通ったとか?」

「それはまだもう少し先と聞いているが……ひとまず急いで戻るとしよう」


 苛立ち露わに本殿で待つオストートゲと合流したのはそのすぐ後。大神官邸の応接間に彼を招くと開口一番アークレイ公はこう問うた。


「黄金の薔薇が咲いたがうちのだけ小汚く枯れてしまった。金色に戻す方法はあるか?」


 平静に見せかけるのがこれほど難しかったことはない。セイフェーティンはできるだけ声音は変えずに「枯れてしまった?」と聞き返した。


「ああ、そうだ。このままでは口さがない連中になんと言われるかわからん。大神官ならどうにかしてくれ」

「………………」


 薔薇が枯れた。即ちそれは公爵家が聖女に見放されているという意味だろう。神託について知らなければ憐れに思って方策を講じようとしたかもしれない。だが今は──。


「……いくら大神官と言っても魔獣退治と封印維持以外のことはわからない。城下の様子を見る限り聖女の奇跡は確かに到来したようだが、何をどうすれば薔薇を黄金に戻せるかなど見当もつかないよ」


 セイフェーティンがかぶりを振るとオストートゲは眉間のしわを深くした。(すが)められた碧眼が音もなく「役立たずめ」と罵倒している。だが公爵は失望をわざわざ口にはしなかった。こちらの気分を害すれば欲しい物が手に入らないとわかっているのだ。もう既に一生分の不愉快を味わわされた気はするが。


「案ずるな。薔薇はおそらく何ヶ月も咲いてはいない。数日後には全部散ってしまうだろう」


 長居させないために一つ安心材料を与えてやる。オストートゲは「何?」と怪訝に顔をしかめた。


「本当だな?」

「嘘は言わない。早ければ今夜にも萎れてしまうんじゃないのか」


 ほとんど断定的に告げれば一応彼は信じたようだ。真後ろからガルガートの物言いたげな眼差しを感じたが、無視して堂々と振る舞った。己とて無根拠に無責任な予言はしない。


「もし嘘だったら承知せんぞ。法案が通るかどうかは私次第だ。ペテラ神殿の庇護者としてお前たちを救ってやることができるのは」


 酷い脅しを吐き捨ててオストートゲは応接間の扉へ向かう。つかつかと硬い足音を響かせて。

 そのまま出て行ってくれるかと思ったが、公爵は計画の進捗を共有するのを忘れなかった。


「二週間後、王宮で王太子とリリーエの婚約発表パーティーを開く。民間兵を騎士にする話も大幅に進むだろう。そろそろ例の物を用意しておけよ」


 冷徹な目をした男は返事も聞かずに退室する。平民出身の大神官への礼など尽くすこともせず。


「……本当に数日なんかで薔薇がどうにかなるのかよ?」


 心配そうな騎士の声にセイフェーティンは「ああ」と短く頷いた。


「必ず散るさ。花はもう役目を果たし終えたのだから」


 アークレイ家が祝福されていないこと。わかりすぎるほどよくわかった。

 オストートゲとの関係を続ければまた犠牲者が出るだろう。我が子を殺めて平然としている男がほかの命を尊重するとは思えない。

 悪縁は断つべきだった。ペテラの使いが警告しているならなおさら。


「君の弟を呼んでくれ。王女を連れてきてもらいたい」


 セイフェーティンはポケットから真珠のイヤリングを取り出した。

 選び直さなければならない。これから進むべき道を。






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