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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第9章 冬の都に薔薇は咲く
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聖なるお告げ

 エレクシアラ・ペテラス・ルオシムはどきどきと脈打つ心臓を宥めていた。百段もの白影石の階段を上りきったゆえの動悸ではないだろう。心臓は馬車に乗り込む以前から嵐の海のようだった。

 参道の終点に(そび)え立つ、列柱並ぶ神殿を見上げて呼吸を整える。

 これから己は大神官セイフェーティンを訪問する。だからとにかく最後までどうにか平静を保たねばならない。

 美形は苦手だ。側に立たれただけでもう己の不恰好を恥じてしまう。けれど今日はロージアのために怯えなど忘れなくては。


(お義姉様、聖女ペテラ、どうかわたくしをお見守りください……)


 護衛騎士ノイワンに支えられ、エレクシアラは本殿へと歩き出す。

 話を上手く運ぶための台詞を何度も脳内で復習しながら。




 ***




 大神官の胸中を知ったロージアが次なる一手に考えたのは彼と父の関係を断ってしまうことだった。

 セイフェーティンはおそらくもうオストートゲから離れたいと願っている。ならば彼には手を差し伸べるだけでいい。アークレイ家とつるむよりはましと思えば彼はこちらに傾くはずだし、大神官が味方に付いてくれるなら父が一体なんのためにロージアを害したのかも明らかにできるはずだった。

 問題はそれをどう実現するかである。己としてもおいそれと姿を晒すわけにいかない。霊体を見せた後で公爵家に告げ口されては困るからだ。

 だからまず確実な信用を得るべくエレクシアラに動いてもらうことにした。聖女の直系子孫であり、巫女と呼んでもいい彼女に。


「お待たせしました、こちらへどうぞ。セイ……あ、ええと、猊下がお会いになるそうです」


 と、薄暗がりから声がかかる。

 本殿にて待機する王女を迎えに参上したのは大神官の腹心だった。岩瘤だのなんだのと散々に評されている顔を逸らし、騎士はごほんと咳払いする。

 面会の申し込みは通ったらしい。だがガルガートの目つきを見るに、唐突な王族の来訪を──それも参拝を隠れ蓑にした密会希望を──不審に感じてはいるようだ。ロージアはエレクシアラが胸につけたアメシストのブローチの中で冷静に彼を観察した。


(歓迎という様子ではないわね。薄っすらと敵意も感じる。神殿勤めの人間はエリクサールと一緒になる日が多いから、王女にまで身構えてしまうだけかもしれないけれど……)


 無愛想な横顔からはそれ以上何も読み取れない。眺める間にエレクシアラは丁重に「ありがとうございます」と礼を述べた。

 害意がないことを示すべく彼女は付き添いのノイワンにこの場で待つよう指示をする。忠実な護衛騎士が壁際に退くと王女はガルガートとともに本殿の暗い拱門(アーチ)を出、大神官邸の立つ奥庭へと踏み出した。


「あの白い家で猊下がお待ちなのですね」

「はい、まあ城に比べたら窮屈なところだと思いますけど」

「卑下なさらないでください。皆さんが日々お勤めになっている場所はどこも尊いものです」


 緊張は感じるがエレクシアラは固まって動けないということもなさそうだ。多少覚束ない足取りで、それでも一歩ずつ進む彼女にロージアは「頑張って」と念を送る。

 鼓動はブローチの中にまで伝わるほど強かったが振舞いに乱れたところは見られなかった。必死に堪えているのだろう。やはり彼女はエリクサールなどよりずっと頼もしい。


「こっちです。足元にお気をつけて」


 玄関扉を開いた騎士が客人をエスコートした。手狭な廊下をエレクシアラはしずしず歩く。そうして通された応接間のソファには厳しくこちらを睥睨(へいげい)するセイフェーティンが座していた。


「お久しぶりでございます、猊下。この度は約束もなく突然訪問したご無礼をお許しください」


 ドレスを摘まみ、一礼するエレクシアラに大神官は冷たく応じる。


「挨拶は結構だ。王侯貴族のやり方に私はあまり詳しくない。そこに腰かけて用件は何か言ってくれ。内密の話があるとか聞いたが?」


 時間を割く気はほぼないらしい。セイフェーティンは姫を門前払いにしたと非難されるのが面倒で招き入れただけのようだ。だがこの程度の冷遇は予測の範囲内だった。


「いえ、立ったままで結構です。本日お耳に入れたいことはそう多くはございませんので」


 勧められた椅子を断り、エレクシアラは首を振る。てっきり長居されるものと踏んでいたのかセイフェーティンが意外そうに面を上げた。それからすぐに、端正な彼の相貌は驚愕に歪められることとなる。


「実は今朝、わたくしに聖女ペテラの使いより神託が降りたのです」


 は、と乾いた声が漏れた。扉を守る護衛騎士と大神官の口から同時に。

 信じがたいと言わんばかりの視線が王女に注がれる。室内の空気はたちまちざわついた。

 ──神託。それは「聖女の奇跡」と呼ばれる特別な季節の到来を意味する。

 お告げらしいお告げなしに奇跡が始まり、終わることも珍しくないけれど、神託が授けられるのは常に奇跡の来臨中のみだった。


「本当に? 聖女の使いが姫のもとへ?」


 問いかけにエレクシアラが小さく頷く。彼女はロージアの頼んだ通り、淀みなく会話の主導権を握ってくれた。


「ええ。ですがなんと申しますか、非常に公表しにくいお告げだったのです。それでお父様に明かす前に猊下を訪ねて参りました」


 物々しい台詞とともに場の緊張がぐんと高まる。「公表しにくいお告げ?」とオウム返しに問う大神官の声は低い。


「猊下にもすべてお話しはできません。今はただ、ある貴族家に関することとだけ」


 緩やかに回答を拒まれてセイフェーティンは眉をしかめた。隠された真意を探ろうとするように彼は語気を荒くする。


「それは困る。教えてくれねばなんの判断もできない。まだ国内のどこからも奇跡の兆候があったとか、そんな報告は入ってきていないのだ。つまり王女の言うそれが神託ではなく虚言ということも有り得る。そうだろう?」


 だからきちんと説明しろと大神官は要求した。至極もっともな言い分だが、王族相手に歯に衣着せない男である。ロージアはエレクシアラが委縮しないか心配になった。しかし彼女は健気に耐えてくれたらしい。白んだ指先を隠してそっと手を握り、義を知る娘は敢然と前を向く。


「はい。ですので猊下がわたくしの話を信じられるよう、まずお告げの一部をお伝えしたく存じます」


 心してお聞きくださいとエレクシアラは胸の前で手を組んだ。

 敬虔なペテラの徒として彼女は語る。ロージアの教えた言葉を。


「まもなく都に薔薇が咲きます。最近はすっかり冷え込んで薔薇の季節は過ぎ去りましたが、聖女の力で必ず咲きます。その薔薇こそが猊下の手を切るべき相手を示すでしょう」


 セイフェーティンは瞠目した。暗に今、裏で繋がる者がいようと指摘されて。


「………………」


 沈黙が動揺を露わにする。エレクシアラは話し終えると踵を返し、大神官に背を向けた。


「誰のことかおわかりになったらわたくしにお知らせください。ここには確かミデルガート卿がおられますね? 彼を寄越してくださればすぐ伺います」


 王女は右の耳からイヤリングを外し、ガルガートに大粒の真珠を握らせた。「城へ来るなら落とし物を返しにきたと言い訳しろ」という意味だ。

 用を終えるとエレクシアラはそのまますたすた応接間を退室する。

 これで地均しは完了だ。後は都に種を蒔き、成果を刈り取ればいい。二日と待たず大神官は聖女の導きを乞うだろう。




 ***




 へたり込みたい気持ちを抑え、虚脱しかけた膝にぐっと力を入れる。小さく小さく息をつくとエレクシアラは簡素な庭を歩き出した。


(わたくし上手くやれたかしら)


 疑念はさっそく渦を巻く。だが己にしてはよく頑張ったほうだろう。父でも兄でもない相手にあれだけ話ができたなら。


(自分が場に出すカードを把握していれば意外になんとかなるものね)


 今日はほとんど台詞の決まった芝居だった。それでもあんな麗人の前で大事な役目を果たせたことはエレクシアラの自信になった。欲を言えば大神官とは北部開拓の今後についてもっとあれこれ話したかったが。


(でもそれはまた別の機会を持てるはずだわ。民間兵に対するわたくしたちの意見には近しいところがありそうだもの)


 手を取り合える誰かが増えるかもしれない。そう思うだけでエレクシアラの心は期待に打ち震えた。

 そっと胸のブローチに触れる。

 早くあのガラス温室に戻ってロージアと話したかった。






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