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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第8章 見落とされた芽
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セレ兄弟

 子供の頃、次兄がこそこそ古い倉庫にパンやミルクを持っていくから猫でも隠しているのかと後をつけたことがある。木箱の奥に潜んでいたのは逃亡中の美人詐欺師で、随分大きな騒動に発展したものだった。

 ガルガート曰く「盗賊に身ぐるみ剝がれた気の毒なお姉さんに見えたんだよ!」だそうだ。まったく間抜けな男である。少し考えればいくらでも不審な点に気づけたろうに、すがられたら誰でも助けてしまうのだから。

 なので次兄が護衛として大神官の悪事を黙認しているかもと聞いたとき、兄本人の素行の心配はしなかった。どうせまたあのときと似た事態に陥っているに違いないと呆れただけだ。相手の魂胆もわからないのに一時の同情心だけで大きな決断をするなとは諭しておいたつもりなのに、結局どこでも短絡と善良を繰り返している大馬鹿者め。


「うわっ、ほんとにいる」


 と、ノックもなしにガチャリとドアが開かれる。ミデルガートに宛がわれた寮の一室に現れたのは相変わらず厳つい顔の次兄だった。本日付で神殿騎士の一員となった弟を先輩としてわざわざ見舞ってくれたらしい。


「ミデルお前、ちびすけのまんまじゃねえか」


 再会は実に十年ぶりだ。しかし声を耳にした瞬間そんな空白は消え失せた。昨日まで同じ家に暮らしていたような調子でミデルガートは応酬する。


「そっちが無駄にでかいだけだ。勝手に人の部屋に入るな」


 親しき仲にも礼儀が必要であることを失念しがちな兄を睨めば「いやいや」と首を振られた。あちらも久方ぶりに会う弟に対し、緊張だのはないようだ。


「よく見てみろって。ベッドが二つあるだろ? ここは俺の部屋でもあんの。まあ護衛任務で忙しいからほとんど帰ってきてねえけど」


 言われて明るい壁紙の貼られた室内を見渡せば窓際には確かに二つ寝台が並んでいた。新品同様に整えられた一台と、ゴミとガラクタに占拠された物置同然の一台が。

 なるほどどうやらここは本当に兄と己の相部屋であるらしい。本来は貴族の子弟が使う場所なので広さ、清潔さ、調度品の上質さには目を瞠るものがあるが、道理で一部乱雑に扱われていたわけだ。居室がいかに美しかろうと住人の人間性まで飾りつけるのは難しいようである。


「おい、今なんか失礼なこと考えただろ」

「いや別に? 俺は俺のエリアさえ汚されなければ文句はない」


 答えつつ途中にしていた荷解きを再開する。キャビネットの空き棚に淡々と衣服や私物を収めていると「ガキの頃からほんとに変わらねえなあ、お前」とガルガートが肩をすくめて嘆息した。お喋りをやめるつもりはないらしく、兄は角テーブルの端にずしりと腰をもたれさせる。


「それにしても驚いたぜ。勤め先で給金弾んでもらってたんじゃないのかよ? まさかお前が俺とおんなじ神殿騎士になっちまうとは」


 慣れ親しんだ肉親の目でこちらを見やるガルガートはミデルガートを特に警戒してはいないようだった。アークレイ家を辞めてきた件は聞き及んでいるだろうに気に留めた素振りもない。こちらが主人の死の真相を探りにきたとは考えもしていない顔だ。

 身内ゆえに油断しているのかもしれない。それならそれで都合がいい。今の間に聞き出せそうな話は聞き出してしまおう。


「ああ、俺も自分が神殿入りするとは思いもしていなかった。ここでの生活はどうなんだ? 貴族の屋敷で暮らすよりは自由が多そうな印象だが」


 手始めにミデルガートは当たり障りない話題を持ち出す。家族愛と親切心の働くままに次兄は神殿暮らしにおける注意点を述べてくれた。

 曰く、入寮者は皆いい家のお坊ちゃんばかりだから平民上がりの自分たちは関わらないのが無難とのことだ。表面的な付き合いならできる者もいるけれど、連中が寄ってくるのは仲間意識や友情のためでなく、派閥間での牽制し合いがほとんどなためだそうだ。


「派閥か。やっぱりどこにでもあるものなんだな」

「ああ、特に王太子の取り巻きどもが最悪でな。贔屓されてるのをいいことに好き放題だ」


 ガルガートは近づかないほうがいい順に彼らの名前を列挙する。取り巻きは五名ほどで、人数こそ少ないが権勢は最も強いという。この五名と強い確執を持つのが「王太子に気に入られようとして失敗した」一派で、二派閥の争いを冷ややかに見つめているのが「そもそも王太子の近づきになれるほどの家柄でない」下級貴族の子息たちらしい。

 そんな集団に平民出の「大神官の護衛騎士」が交ざればどんな事態になるか想像はたやすかった。どの勢力もガルガートを取り込もうとしたろうし、趨勢(すうせい)が変われば逆の態度を取ったはずだ。


「なるほどな。確かにいろいろ面倒そうだ」


 神殿騎士団は貴族社会の縮図だとロージアが零していたのを思い出す。家の力がそのまま神殿騎士団での地位に影響するのだと。

 非公式の試合とは言えエリクサールに勝利したミデルガートが政治ゲームに利用されないはずがない。王太子の性格上もう一戦挑んでくるとは思えないし、彼はこちらを避けるだろう。つまり今、己はエースより強いジョーカーであるということだ。

 ふむ、と唇に指を添えて一考する。騎士団内でどういう立場を築くべきかは一度ロージアに相談したほうが良さそうだ。彼女なら手にしたカードをきっと上手く使いこなせる。


「そう言えばお前、いつの間に騎士に叙されてたんだ? 大神官付きの護衛だなんて人に聞いて初めて知ったぞ」


 自然な流れでミデルガートは静かに兄に切り込んだ。ガルガートは「あれ? 言ってなかったか?」と気まずげに頬を掻く。


「そもそもお前が何やってるか母さん経由でしか知らない」

「あー、実家に手紙は書いたんだが神殿入ってすぐだったし、護衛騎士に指名されて爵位貰ったのは二年前だったからな……」

「実家に手紙を書いたのが神殿に入ってすぐ? それって十年前だろう? まさかお前、その後全然近況を伝えていないんじゃなかろうな?」

「う、うーん? 一、二回は書いたと思うぜ? さすがに戦闘で大怪我した後とかは……」

「大怪我!? おい、それも初めて聞くぞ!」


 次兄のあまりの筆不精に呆れて思わず顔を歪める。こちらは毎月欠かさずに両親と長兄に仕送りまでしているというのに。

 見ればガルガートの寝台では色褪せた封筒がいくつもガラクタの下敷きになっていた。ペンやインクや便箋がどこに埋もれているかは知れない。文明は虚しく封じられている。


「お前なあ、母さんがどれだけ俺たちの心配をしているか……」

「俺も書く気がないわけじゃねえんだって! 今度書く! 絶対書くから!」


 叱責の気配を察してガルガートはかぶりを振った。次兄はそのまま見苦しく言い訳を始める。神殿勤めを始めてから本当に毎日大変だったのだと。


「俺はお前みたいに神殿騎士スタートじゃなかったから、民間兵として現場で揉まれまくってたんだよ! 仮にも神殿所属なら衣食住の保証くらいはあるもんだって期待してたのに、それも大外れだったし!」


 民間兵。その言葉にぴくりと鼓膜が反応する。ロージアがいつも心にかけていた存在だ。救済すべき貧民であり、ペテラスの食糧問題を解決し得る唯一の希望だと。


「ろくな装備も持たされないで前線に駆り出されるし、騎士は俺らを捨て駒としか見やがらねえし、訓練場を使わせてくれねえどころか神殿の敷地に入っただけで小突き回してくるしよ。大神官が代替わりして今は随分落ち着いたが、とても親には言えねえような悲惨な境遇だったわけ。手紙なんて書いてる暇もなかったんだって」


 大神官の代替わり。また気になる話が降ってくる。


「ふうん?」


 視線を合わせて相槌を打てばガルガートは促されるまま弁明を続ける。

 ミデルガートはしばし兄の語りに耳を傾けることにした。要約すると内容はこんな風だった。

 ガルガートが神殿の門を叩いたのは十五歳。成人して職を探していた頃だ。貴族家に仕えていたわけでもなく、爵位を持たなかった兄は正規の騎士団には入れず、食い詰めた貧民らとともに民間兵として登録された。

 神殿に属する者でありながら民間兵は敷地への立ち入りを禁じられていた。神殿法が定めたことではもちろんない。神殿騎士の猛反発があったためだ。

 そもそも民間兵などというものが誕生したのは近年の話である。先代女王の引き起こした慢性的飢餓。その災厄に晒された貧民たちの受け皿となったのがペテラ神殿で、神官たちは長期に彼らを養うために兵士の名を与えたのだ。

 貴族からなる神殿騎士団は民間兵を毛嫌いした。魔獣との戦いは崇高なもの。名誉の分け前を譲りたくなかったのだろう。騎士たちは家門を継げない次男や三男ばかりだから、少ない取り分に必死でしがみついたとも言える。

 ともかく神殿騎士と民間兵は事の起こりから相容れなかった。ガルガートが兵士の一人になった当時は海よりも深い溝があったらしい。扱いは奴隷以下、飢えても病んでもほったらかし。さっさと死ねと言わんばかりに。


 民間兵は百段階段の麓の長屋で寄り集まって細々暮らし、神殿内に立ち入ることもなかったそうだ。満足に鍛錬もできず、粗末な食事にしかありつけず、それなのに囮の役を担わされ、何十人も死んだという。ガルガート自身、神官時代のセイフェーティンを守って深手を負ったらしい。そのときの縁で後ほど騎士に昇格できたとのことだった。


「あいつが大神官になってからだよ。民間兵でもちょっとずつまともな生活ができるように変わったのは」


 兄は言う。セイフェーティンが封印を守る者になってから魔獣の数が格段に減り、戦場へ赴く前に生き延びる腕を磨く余裕がようやく出てきたと。神殿に籍だけ置いて出稼ぎに行かなくとも最近はなんとかやっていけるそうである。

 王太子が大きな顔をしているおかげで騎士団の内部分裂が進み、民間兵への圧力が弱まったことも大きいそうだ。凶作になれば再び苦境に立たされることにはなろうが。


「なるほどな。母さんたちに言いづらかったのはわかったよ。五体満足で再会できたのも良かったと思う」


 小さく息をついて告げる。すると次兄は手を打って喜んだ。


「おお、ミデル! お前ならそう言ってくれると思ったぞ!」


 言いくるめるのに成功したと安堵してか、ガルガートが表情をやわらげる。その隙を突き、ミデルガートは次兄の脛を蹴飛ばした。


「それはそれとして手紙は書け。安否を伝えろ」


 ギャッと響いた悲鳴の後「わーってるよ!」と声が続く。そのまま大人しく部屋を去るなりしていれば良かったものを、やられっ放しでいられなかったか次兄はミデルガートを見やってほくそ笑んだ。


「つーかお前はどうなんだよ? こんなに急に安定した職手放して、一体何があったんだ? 実家の皆が心配するんじゃねえのか?」


 思わず「は?」と返しかけ、寸前で言葉を飲み込んだ。

 何を言っているのだこいつは。どうしてそんな雑談の延長のようにこちらの退職理由など聞いてくるのだ。


「あ? どうした? 言えねえような話だったか?」


 ガルガートは弟より優位に立とうと追及する。大神官の護衛なら公女追放の顛末くらい当然知っているものと思っていたから困惑は大きかった。

 それともこれはわざと知らないふりをしているのだろうか。にしては態度があまりにいつも通りだが。


「仕えていた方が亡くなった。だからアークレイ家を出てきた」


 端的に告げれば「えっ?」と次兄は瞠目した。思いも寄らない返事を聞いたという顔だ。


「ア……、アークレイ家? お前ってアークレイ家に勤めてたっけ? その、どっかの子爵家じゃなかったか?」

「それは面接を受けただけだ。お前もしかして母さんから届いた手紙もろくに読んでいないのか?」


 ぽかんと呆けたまま兄はしばらく二の句を継げなかった。本当に公女と弟の関係をまったく知らなかったらしい。額から見る間に血の気が引いていく。


「そ、そうなのか……。ご愁傷様……だったな…………」

「主人を守れなかった騎士にそんな言葉は必要ない」


 いたわりを固辞すると次兄は重く黙り込んだ。「専属騎士だったのか?」の問いには頷きだけで返答する。


「………………」


 ガルガートはもう目を合わせようとしなかった。やましいことがあるときに兄がよくやる仕草である。

 やはり何かあるらしい。確信するには十分だった。


「わ、悪い、俺そろそろ任務に戻るわ。お前は部屋でゆっくりしてろよ」


 もう少しつついてみるか。思った矢先に相手が逃げ出す。足早に、止める間もなくガルガートは相部屋を後にした。


(……どうしたものかな)


 閉ざされたドアを見やって息をつく。

 兄とて簡単に大神官とオストートゲの繋がりを白状はしないだろう。しかし強引に踏み込めばきっと構えさせてしまう。

 ミデルガートは腰から下げた霊剣の柄を握って思案した。

 ともかくすべてロージアに報告をしなければ。

 自分にできることはもうたったそれだけなのだから。






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