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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第7章 潜入、ペテラ神殿(後)
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決着、そして

 不可思議な強い力が全身に、とりわけ剣を握る手にみなぎっていた。

 騎士に任じられた日に感じた光のようなものが胸に満ち溢れている。

 この確信はなんだろう? 今なら神聖力による厄介な膜を掃滅し、一撃でも二撃でも入れられると深いところで理解している。


「勝負はまだついていないだと? 笑わせてくれる!」


 ミデルガートは刃を振り上げたエリクサールを仰ぎ見た。あの男の剣はごく単純だ。今度はもう射程を見誤るなどしない。

 避けると同時に踏み込んだ。一気に敵に肉薄する。そうして彼の開いた肩に思いきり斬撃を叩き込んだ。


「んなッ……!?」


 鮮血は吹いていない。まだ切り傷ができるところまではいかなかった。

 だが打たれた衝撃はあったらしい。エリクサールは驚愕のあまり薄紫の目を点にしている。

 この程度の打撃では王族の回復力に追いつかないか。ミデルガートは正面に剣を構え直し、再び敵に切り込んだ。


「うわ! ちょ、おぬし、待ッ!」


 本来響かなかったはずの剣戟が練武場に響き渡る。剣と剣は金属の硬い刃を互いにぶつけ合っていた。

 なぜなのか少し遅れて出現する白い波が発生しない。いや発生しないのではなくて、こちらの波と相殺し合って消えていた。


「なッ、なッ、一体何が……ッ」


 混乱しきった王太子はめちゃくちゃに剣を振り回す。

 はっきり言って弱すぎた。攻撃されないこと前提のなっていない構えに技。精神同様お粗末すぎて哀れになる。

 子供の相手をするようにミデルガートはあらゆる攻め手を封殺した。斬撃を跳ね返し、切っ先を打ち落とし、戦闘続行の意気を挫く。腿に痛打を加えれば震えた膝がガクンと下がった。


「ま、待て、話をしよ──」


 神国一の大馬鹿者でも勝てないことはわかったらしい。青ざめきった自慢の顔を見下ろしてミデルガートは薄く笑った。


 ──死ね。


 声には出さずに吐き捨てる。

 ロージアの価値に気がつかず、ロージアを見捨てた男。

 ロージアの敵にうつつを抜かし、ロージアを冒涜する男。

 そんな人間にかけてやる情けなどない。


「ぶふぅッ!!」


 横っ面を叩かれたエリクサールが回転しながら吹っ飛んでいく。国宝である聖剣がカランカランと音を立て、彼のすぐ側に転がった。

 次に訪れたのは静寂。誰もがぽかんと口を開き、どうしていいかわからずにいる。勝敗は明らかなのに審判も試合終了を宣言できないようだった。


「王太子殿下、願いを叶えてくださるんですよね?」


 呆然と尻餅をついている男に問う。返答はなかったけれどリリーエが聞いていれば問題ないので話を続けた。


「今日付でアークレイ家の騎士を辞して神殿に入りたいと思います。公爵様が承認してくださるようにお口添えをお願いします」


 鞘に納めるために軽く剣を持ち上げる。するとなんの動作と勘違いしたのか王太子が「はひっ」と情けない声をあげた。おそらく了承の返事だろう。


「エ、エリクサール様!」


 場外最前列にいたリリーエがおおわらわで駆け寄ってくる。助け起こされたエリクサールは焦点の定まらぬ目をぐるぐる回して呟いた。


「も、もしかして余、今日はものすごく体調が優れないのでは……!?」


 神聖力が凌駕された件について言っているのだろうか? ミデルガートはちらと己の剣を見やり、これが突然王族と同じ力を持ったのだと明かすべきか悩んだが、何も言わないことにした。王太子の絶不調で片付いたほうが面倒も少なそうだ。


「エリクサール様、わたくしが支えます。休めるところへ参りましょう!」

「エリクサール様ッ!」

「我々もお供しますッ!」


 リリーエと取り巻きたちがエリクサールに寄り添って宿舎へと去っていく。練武場には民間兵と非王太子傘下の神殿騎士だけが残された。

 長い沈黙が過ぎた後、高波のごとくワッと歓声が巻き起こる。ミデルガートは一瞬にして大盛り上がりの彼らにぐるりと囲まれた。


「すげえ! なんだあんたの剣の腕!?」

「一般人が王族に勝てることあるんだ!?」

「めちゃくちゃに痺れたぜ!」

「ありがとう! 爽快だった! ありがとう!」


 皆明言はしないものの普段からエリクサールに辟易させられていたらしい。よくやってくれたなと言わんばかりに力強くぶんぶんと手を握られる。


「ミデルガート卿だったか? 本当に神殿に入るのか?」


 身なりのいい男に問われてミデルガートは頷いた。


「ああ、これからアークレイ家で私物を回収してすぐにこっちに戻ってくる。悪いがガルガート・セレに話を通しておいてもらえないか? 似てはいないが兄なんだ」


 善は急げと踵を返す。温かな眼差しと歓迎の拍手を受けながらミデルガートは練武場を後にした。

 これでようやく公爵家とお別れできる。獣どもめ、次に会うときを楽しみに待っていろ。

 ミデルガートは望む報復に一歩近づいたのを実感して喜んだ。逸る足は急ぎ境内を駆け抜ける。

 そのまま百段階段を下り始めたときだった。剣から声が響いたのは。




 ***




 ──ミデル、ミデル。

 小さく彼に呼びかけた。

 声は確かに届いたらしい。階段の途中で騎士の足が止まる。

 ロージアは身をよじり、剣の外へと這い出した。

 刃にいくらか神聖力が固定されたからだろう。ミデルガートは傍らに浮いた霊体をはっきり視認したようだ。震える視線はほんのわずかも逸らされることがなかった。


「ミデル……!」


 触れられないのを忘れて彼に手を伸ばす。剣に与えた加護のためか、騎士はそこまで驚きはしていなかった。ただ水色の目を瞠り、悲痛な面持ちでこちらを見つめる。


「……ナナがまだ、あなたの霊がこの世をさまよっているかもと言っていたんです」


 らしくなく掠れた声で、死んだなんて信じたくなかったと彼は嘆く。そしてそれでももう一度会えて良かったと続けた。


「任せてください。全員殺して死ぬ覚悟ならできています。あなたはこのままリリーエを王太子妃にはできないとお考えなのでしょう? しばらく神殿に身を置いて、アークレイ家との契約完了を確認したらすぐに俺が」

「ちょっとちょっと、落ち着いて落ち着いて」


 ロージアは首を振り、過激な発言をたしなめる。実力と忠誠心が揃っているのも考え物だ。


「順を追って説明したいの。歩きながら聞いてくれる? わたくしはもう急にどこかへ消えたりはしないから」

「消えたりしない……?」


 本当かどうか疑う目が透けた霊体を見つめたが、ミデルガートは騎士の従順でこちらの言を受け入れた。ほっと息をつきロージアは公爵家を追われてから現在までの話を始める。

 ペテラの力の器に選ばれたことだけはぼかした形で打ち明けた。彼は誰にも喋らないし、何にも利用しないと信頼できたけれど、これはきっと器となった者だけが知っているべきことだから。


「──それじゃ今はリリーエたちを追及する証拠集めの最中で、よりによってうちの兄貴が微妙な位置にいるんですね?」


 階段の終わりが近づく頃にはミデルガートは状況を正しく把握してくれた。一つ事実を伝えるたびに騎士の殺意が燃え上がり、なかなか大変ではあったが。


「そう。そんなわけだから、あなたも父と大神官の関係を調べるのを手伝ってくれる?」

「俺が断るはずないでしょう」


 問えばきっぱり即答される。生きていた頃と同じように。


「……あなたが法の裁きを求めていることは承知しました。ですがもし裁判に持ち込めなかったそのときは、俺があなたの仇を討ちます。主を守れなかった騎士にそれくらいはお許しください」


 懇願に今度はロージアが嘆息する番だった。一生を捧げられるか聞いたのは己だが、こうして本気を示されるとその重さが身に沁みる。


「そうなったら二人で暴れるしかないわね。だけどできるだけ無用な暴力には頼らず勝つわよ。いいこと?」


 ミデルガートは心得たと言うように深く頷いた。

 どうやらこれでまた一人味方が増えたようである。神聖物を作るのが思ったよりも大変すぎたので、これ以上は誰も引き込めそうにないが。


(エリクサールへの怒りでなんとか持ち堪えたけど、人に祝福を授けるのってすごく消耗するのね……)


 世に神聖物がわずかしか残されていないのは元々の数が少ないせいだろう。ペテラもそう気軽には加護を付与できなかったに違いない。


「ミデル、わたくしは一旦エレクシアラのもとに戻──」


 今後の行動を告げようとしてロージアは言葉を止めた。参道から百段階段を見上げている人物が不意に視界に入ったからだ。

 思いつめた顔をして、進むか戻るか決めかねたように立ち尽くす茶色の髪のその娘は、ロージアのよく知る優しい女だった。


(ハルエラ?)


 どうして彼女が一人でここにいるのだろう。アキオンはまだ仕事なのか?


「……!」


 ミデルガートが更に階段を下るとハルエラはハッとこちらに背中を向けて小走りに駆け去ってしまう。お参りにきたのではないのかと怪訝に思うがよくわからない。影はすぐに小さく見えなくなってしまった。


「エレクシアラ姫のところへ参られるんですよね? 俺はとりあえず荷物を取って戻ったら兄に探りを入れておきます。何かわかるかもしれないので」

「あ、ええ。ありがとう。頼んだわ」


 騎士に礼を告げ、ともあれロージアは王宮へと飛び立った。

 ハルエラの抱えた爆弾が何かを知るのはこの数日後の話である。






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