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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第1章 薔薇の命日
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完璧な公女

 紅木月(べにきづき)の三十日。この日の昼過ぎまでは確かにロージアは公爵令嬢だった。

 午前は特に変わったことはなかったと思う。王女のもとに顔を出し、いつも通りにペテラス国の未来について話し込み、昼前に邸宅に戻ってきた。軽食を摘まんだ後、父の書斎で練っていたのは神殿の民間兵らに封土(ほうど)を与える最終案だ。秋の収穫期が過ぎて不作が明らかになった今、北部開拓と植民問題は何を置いても解決すべき最優先案件だった。


(これでよし、と。後はまとめた資料をお父様にも見てもらえば完璧ね。春の種蒔きまでには十分間に合うでしょう)


 たとえ家一軒分であれ民間兵を小領主に任じることは長く反対されてきた。だが農地を育てつつ魔獣退治もできる人材は多くない。これが現在貴族会議の取れる中で最善の策なのだ。しつこく拒絶する者はいるだろうが、ロージアの資料さえあれば父が黙らせてくれるはずだった。


(それにもうすぐわたくしも貴族会議に出席する権利を得られる。お父様だけではどうにもならずとも、この案は必ず通してみせるわ)


 用務机のペン立てにペンを戻し、ロージアは席を立つ。塵一つ残さず書斎を後にすると、紅の波打つ髪を(なび)かせて長い通路を歩き出した。その一挙一動を、洗練された美しい所作を見守る者がいたとすれば「今日もあの方は完璧だ」と褒め称えたことだろう。

 建国の時代から続く大貴族アークレイ家の麗しき長女。ひと月後には王太子と結婚し、王太子妃となっている己の姿を想像してロージアは微笑した。

 常時二百名の使用人が働き、家門の名を冠する騎士団を所有し、王宮に次ぐ敷地面積と設備を誇るこの家を守りつつ発展させること。それもまた有意義な仕事ではあるが、いずれは国の母としてもっと大きなものを(いだ)くことになる。知性、慈愛、そして威厳。すべてを兼ね備えた女で在り続けねばならない。

 自室へ向かうロージアの足取りは自信に満ちていた。

 高潔に咲く紅薔薇のように。




 ***




「お疲れ様でした、ロージア様。すぐに紅茶をご用意しますね」


 部屋に戻ったロージアはさっそくソファに腰を下ろした。多忙な身の上ではあるが、だからこそ休息はしっかりと取っておきたい。

 気遣い細やかな専任メイドの淹れる紅茶はいつもロージアにほっとひと息つかせてくれる。立場上気を張っていることも多いから緊張を解けるひとときは本当にありがたいものだった。


「お寒くはありませんか? 最近めっきり冷え込んできましたからね。カップを温めている間にこちらをどうぞ」


 優しい眼差しでロージアを見つめ、ナナが膝掛けを渡してくる。

 ロージアの髪色と同じ紅い瞳。対照的な灰藍の髪。乳姉妹(ちきょうだい)として幼少期から側にいた彼女との別れにはさすがに寂しさを禁じ得ない。王太子妃の側仕えは爵位持ちの高級侍女のみと決まっているので仕方ないことだけれど。


「今日のお茶はロージーオータムナルです。時期的に秋の飲み物をお出しするのはこれが最後になるでしょうね」


 ナナはカップに二、三粒ラズベリーを落としてからティーポットを傾けた。ポット内にもラズベリーが浸されているらしく、注がれた紅茶の水色(すいしょく)は普段のものより何倍も赤が濃い。


紅薔薇(わたくし)の色ね。ありがとう、ナナ。香りもとても爽やかだわ」

「ロージーオータムナルを淹れるたびにお嬢様を想います。ロージア様にも、私のことを思い出していただけたら嬉しいです」


 ナナは薄く水膜の張った目を細めた。わたくしが家を出るのはまだ一ヶ月も先じゃない、気が早いわよと笑おうとしてロージアはかぶりを振る。

 一ヶ月など過ぎ去るのはあっと言う間だ。残された時間を大切にしなければ。


「美味しいわ。きっとまたこれを飲みに帰るわね」


 ツインテールを揺らしてナナは「はい」と頷いた。

 この紅茶を味わったひとときがロージアに享受できた最後の平穏だった。

 どんなに丁寧に剪定しても薔薇の季節は秋で終わる。二季咲きの薔薇も冬に打ち勝つことはできない。

 晩秋に飲み納めた紅茶はまるでその事実を象徴するかのようだった。






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