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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第4章 獣たちの家
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略奪

 あの一連の騒動が始まったとき、天地が引っ繰り返った気がしたロージアと同じように、ナナも自分の足元が崩れる錯覚がしたことだろう。たとえ乳姉妹(ちきょうだい)であってもずっと一緒にはいられない。わかっていても、こんな終幕を迎えるとは思いもしなかったはずだから。

 使用人が二階の食堂に上がるための、幅広な階段の裏でナナはうずくまっていた。嗚咽を殺し、震えて涙を拭っている。怖かったろう。急にあんな暴力を振るわれて。

 ロージアの死についても、もっと優しく知らされるべきだった。ナナの心が負った傷を思うと自分まで苦しい。


(どう考えてもお父様が悪いわ。腕の一本くらいへし折ってやれば良かった)


 動転して硬直したのが悔やまれる。同意もなく他人の身体に触れたのだ。父といえども容赦するべきでなかったのに。

 ナナはもう暴君と知れた主人に意見などできないだろう。この館で安心して暮らすことも。彼女の世界の安寧は失われたのだ。この先は笑顔まで失くしてしまうかもしれない。


(……ナナ……)


 頬に指先を伸ばしても涙は掬ってやれなかった。ロージアの手を擦り抜けて滴は絨毯に吸い込まれる。

 それでもなんとかナナを力づけたくて、小さく小さく風を起こした。微風に気づいて濡れた双眸が上を向く。ロージアは階段裏の露出した板に水滴で字を書いた。


『ごめんなさい。わたくしのためにありがとう』


 たちまちに私信は乾いて単なる薄い染みになる。ナナは大きく目を見開き「ロージア様……?」と呟いた。涙が止まってしまったためにそれ以上彼女に何か伝えることはできなかったが。

 否、そうでなくとも会話は中断されていただろう。階段上から誰かの足音がコツコツとこちらに近づいてきていたから。


「あら、ナナ、こんなところにいたのね」


 呼ばれて急いで立ち上がったナナの前に現れたのはリリーエだった。少女の澄まし顔を見てにわかにナナが凍りつく。


「お父様から聞いたわ。あなたわたくし付きのメイドになったんですって? さっそくで悪いけど、お部屋の片付けをしてくれるかしら。わたくし今夜から薔薇の間を使うことにしたの」


 勝ち誇った笑みを浮かべて異母妹はさらりと金髪をなびかせた。薔薇の間と聞いてロージアも思わず眉間にしわを寄せる。


「ロージア様のお部屋を……!?」


 そんなとナナは首を振った。片付けろということは今あるものを処分しろということである。公爵家からロージアの痕跡を消すようにリリーエは指示しているのだ。


「で、できません。あそこにはロージア様の大切なものがたくさん……」


 嫌がる彼女に異母妹は「まあ」と白々しく困惑する。素振りだけは優しげにリリーエは支配者の顔でメイドを諭した。


「可哀想に。あなたまだあの人を自分の主人と思っているのね。確かに偽物の公女であっても志高く素晴らしい女性だったわ。──だけどあなたたちはもうわたくしのものなのよ」


 ね、とリリーエが振り返る。微笑を受けて目を逸らしたのはロージアが重用していた護衛騎士、ミデルガート・セレだった。

 首元で短く切ったさらさらの細い黒髪、対照的に伸びた前髪。隙間から覗く水色の目は冷たく鋭く、一切の感情を削ぎ落とすかのようである。ロージアと同い年の、美しい顔立ちの青年だ。数多(あまた)の令嬢が彼を欲しがってきたけれど、まさかリリーエがこれほど早く手を出すとは。


(デデルが死んだから新しく護衛に据えたのね)


 なんという失態だ。己の不始末のしわ寄せを彼に負わせてしまうなど。

 青いコートに身を包む寡黙な騎士は無反応を貫いている。不遜な態度を意に介す様子もなく異母妹は不敵に笑った。


「わたくしに従えないと言うのなら罰を与えるしかないかしら?」


 びくりとナナが身を強張らせる。よりにもよってリリーエはミデルガートに「あの子をぶって」と命令した。

 ロージアが直接採用しただけありミデルガートは堅い男だ。不義理を嫌い、無意味な力の誇示を嫌う。彼が頷くはずがない。案の定騎士はぎろりと少女を冷たく睨みつけた。

 忠誠心の試験にしては悪趣味な舞台である。もてあそぶために連れてきたとしか思えない。こんな方法でリリーエは勝利を実感したいのだろうか? 国を導く側に立とうという者が。だとしたら──。


「どうしたの? ミデルガート、早くなさい」


 急かされたミデルガートが表情を険しくする。そんな命令を聞くくらいなら貴様を斬るという顔だ。

 前途ある騎士を主家殺しにはしたくない。意を決し、ロージアは突き立てた二本の指に念をこめた。

 ミデルガートもナナも守るには今はこれしか術がない。人智を超えた聖女の力を多用したくはないのだが。


(安心なさい。手加減はしてあげる)


 指先に真っ黒な霧が渦を巻く。触れればただでは済まなさそうな。ロージアはふわりとそれを風に乗せると狙い定めた的へと送った。

 息の根を止めるのも不可能ではないけれど、異母妹を送るのは首切り台だと決めてある。未来の王太子妃だった公女を殺した罪は重い。だからこそ裁きは正当な手順を踏んで受けさせたかった。

 今は動きを封じるだけ。横暴に振る舞う余裕のないように、数日寝込ませてやるだけだ。


「ほら早く、ミデルガ──ぐふっ!?」


 騎士の名は最後まで呼ばれなかった。霧を吸い込んだリリーエが泡を吹いて倒れたからだ。


「リ、リリーエお嬢様!?」


 駆け寄ったナナが「あつっ!」と発熱を確認する。伏したリリーエに意識はなく、ミデルガートが狼狽しつつも小柄な彼女を抱き上げた。


「お嬢様が! 誰か来て!」


 応援を呼ぶナナの声にメイドたちが集まってくる。「寝床の準備を!」「薬湯を!」と指示と足音も飛び交った。

 異母妹はしばらくベッドで過ごすことになるだろう。予兆も何もない昏倒に当惑はしていたもののナナもミデルガートもホッとした様子だった。あのままリリーエが指示を撤回せずにいたらどうなっていたかわからない。


(皆の安寧のためにも早く罪人を獄に繋いでやらねばね)


 ロージアはざわつく使用人ら顔を見やる。

 獣だらけのこの家を頼って働く彼らが不憫でならなかった。






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