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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第4章 獣たちの家
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偽造恋文

 品位ある貴族であると信じていた父の狼藉はロージアを動揺させるに十分だった。まるで知らない男のようだ。これまでも人目のないところではあんな不埒な行いをしていたということだろうか。

 だがロージアには父に関する相談を受けた覚えがほとんどなかった。常習犯ならメイドの誰かが耳打ちにきたはずだが、どうして誰も何も言わなかったのだろう。ロージアには解決できない、あるいはしてくれないとでも思ったのか? 娘に訴えたところで状況が好転はしないと。けれど己にも配属の変更や二人一組での労働を指示することはできたのに。


(お父様……)


 父に対する不快と不信、保護すべき被雇用者たちを守れていなかった後悔でロージアは唇を噛む。咄嗟にナナを追えなかったのも苦しかった。この身では慰めることも満足に叶わなかったのは確かだけれど。


「ふん、まったく」


 オストートゲは忌々しげに扉を睨むと用務机に座り直した。ナナに悪いことをしたという気持ちは毛ほどもなさそうだ。ロージアが盗人に殺されたと口にしたときも同情は感じ取れなかったし、どこまで冷たいのかと驚く。

 この人は娘を愛してなどいない。ただロージアの血に分与された自身を見、味方の(がわ)に置いていただけだ。改めてそう痛感する。


「読めばおかしな点が見つかる──か」


 嘲りの笑みを浮かべて父は上段の抽斗(ひきだし)を開いた。差し込まれた手が奥のほうから封筒を取る。古びた薄茶色のそれにはダリアの花の封緘印(ふうかんいん)()されていた。


「当たり前だ。それが面倒でロージアには見せなかったのだからな」


 え、とロージアは瞠目する。信じられない独白に。

 思わず父の横顔を覗くがオストートゲの声はそれ以上続かなかった。

 今の言葉は一体どういう意味だろう。嫌な予感で身が凍る。

 まさかこの人は初めから恋文の疑わしさに気づいていたのか?

 だと言うのに素知らぬ顔でロージアを追い出したのか?


(待って。お父様がリリーエたちに騙されたわけでないのなら……)


 思考は一旦そこで途切れた。オストートゲが封筒の中身を机に広げたからだ。

 細やかで美しい流し染め(マーブリング)の施された便箋。いかにも母の好みそうな。

 ロージアは急ぎ文面に目を走らせる。今は状況整理より情報収集が優先だ。幸い手紙は長くはなかった。一度で全文を覚えるために集中する。

「早くお会いしたい」だの「熱い夜を過ごさせて」だの、恋文に書かれているのはどれもあの厭世的な母から出てきたとは思えない睦言ばかりだ。とりわけロージアが気にかかったのは引用されたギエテの詩の一節だった。


(──『涙とともにパンを食べたことのある者だけが愛の本当の味を知る』? 明らかな間違いだわ。詩集では人生の味とされている箇所なのに)


 教養高く本ばかり読んでいた母がこんな文章を書くはずない。幼児の暗誦に対してさえダーダリアは一字の誤りも認めようとしなかったのに。詩の改変を行う者がいないではないが、少なくとも母はやらない。やるなら韻を合わせるくらいの敬意は払ってみせるだろう。


(有名な詩句だもの。お父様だって怪しんだはず。これはギエテに詳しくない平民の代書人が記したものなんじゃないのかって……)


 黒々とした(もや)がロージアの胸を覆う。一体何を考えて父がロージアを実子でないと切り捨てたのかまったく理解できなかった。

 要求された水準を下回ったことなどない。父と対立したことも。不義の子と失望したわけでないならどうしてわざわざロージアを貶めたのだ?


(そもそもわたくしを排して後継者はどうなさるつもりなのかしら)


 疑念は尽きず、後から後から湧いて出る。

 ロージアを王太子妃にと決めたからオストートゲはリリーエを引き取ったのではなかったか。繰り上がりでリリーエがエリクサールと結婚すれば公爵家には跡取りがいなくなってしまう。


(まさかもう一人隠し子が?)


 昨日までなら一蹴しただろう可能性に眉をしかめる。父の好色を知った今、到底否定はできなかった。

 ──甦る。ナナに向けられた汚らわしい男の視線。父とカニエは愛し合ってリリーエを授かったのだと思っていたが、それも違うのかもしれない。


(わたくしはお父様のことも、この家のことも、ちっともわかっていなかったのだわ……)


 そのときコンコンとノックの音が書斎に響いた。

 オストートゲは素早く手紙を片付ける。母の字に似た母のものでない恋文を。


「公爵様、デデルの件が片付いたので報告に参りました」


 ドアを開けたのは年老いた執事だった。悪徳騎士の埋葬が指示通り完了した旨を告げると彼は机のカップに気づいて「お下げしましょうか?」と尋ねる。


「そうしてくれ。それとメイドの配置替えの準備をしろ。ロージア付きだった者をリリーエとカニエに振り分ける」

「かしこまりました」


 執事が退室するタイミングでロージアも部屋を出た。

 偽造恋文を確認するという当初の目的は果たしたものの、すっきりしない。気は重くなる一方だ。だがここで立ち止まるわけにはいかなかった。


(もう少し屋敷の中を回ってみましょう。本当にお父様に隠し子がいるのなら噂になっているはずだし、使用人たちも心配だわ)


 拳を強く握りしめ、ロージアは邸内を忍び飛んだ。

 厨房横の階段の陰で泣いているナナを見つけたのはその途中のことだった。






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