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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第3章 もう一人の妹
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協力者


「ほ……本当にお義姉様ですの?」


 ふらふらと歩み寄ってきたエレクシアラはわななく腕をこちらへと伸ばす。晩秋にしては暖かなガラス温室。樹木というより巨草に近い南国果樹(バナナのき)の傍らでロージアは涙ぐむ王女と向かい合った。

 何がどうなっているのだろう。今まで誰もこの幽体を目にする者はなかったのに。次の母であるハルエラですらロージアの存在にちっとも気づかないままなのに。

 エリクサールを睨みつけていたときと違ってロージアはもうどこにも力を入れていない。正真正銘の自然体だ。それでもやはりエレクシアラには透けた己がしっかり見えているようだった。


「お義姉様……こんなお姿になって……」


 肩に触れようとした王女の指は煙や霧を相手にするかのごとくロージアを擦り抜ける。それでいっそうエレクシアラは深く嘆いた。「本当にお亡くなりになったのですね」と掠れた声が小さく震える。


「お答えください! あなたを手にかけたのはどこの誰なのですか!?」


 問われてロージアは逡巡した。今ならまだ幻のふりをして温室を去ることができる。骨肉の争いに大事な友人を巻き込まずに済むかもしれない。

 とは言え今は非常時だ。リリーエが王太子妃の座を狙って動き出した以上、王女との協力体制を敷くことは不可欠であると思われた。


「リリーエ・アークレイの騎士、デデル・ニークです」


 はっきり響いた返答にエレクシアラが息を飲む。幽霊が生きた人間のように応答するとは想定していなかったらしい。


「リリーエ・アークレイの騎士?」


 ロージアはまっすぐに視線を合わせ、揺らめく王女の瞳を見つめた。

 そうして告げる。彼女と自分に共通の敵がいることを。


「わたくしは異母妹の企てにより地上から葬られました。あの者は公にできぬ手段を用いてわたくしの後釜となり、王家に近づこうとしています」


 エレクシアラの目が瞠られる。ロージアが裏切りに遭った事実、死後も霊となり意識を保っている事実に。



「ほ、本当にロージアお義姉様なのですか……?」


 最初問いかけてきたときよりも明らかにエレクシアラの声は上擦っていた。期待を孕んで潤んだ双眸、口元を抑える両手。生前と同じ自我を有する、あのロージア・アークレイなのかと彼女はこちらに尋ねている。


「ええ、そうです。詳しいことは話せませんが、聖女ペテラのご慈悲によって少しだけ現世に留まれるようにしていただいたのです」


 力の器としての使命は明かせないが、己が本物のロージアであることはすぐに打ち明けた。いつものように微笑んで、生きていた頃と変わらない振舞いを見せて。


「こうしてまたエレクシアラに会えてほっとしています。わたくしには別れを告げる機会さえありませんでしたから……」


 お義姉様、とエレクシアラがロージアの手を握ろうとして空を掴む。それを優しく見守りながら「ここにいること、信じてくださいますか?」と問うた。

 返されたのは深い頷き。エレクシアラの頬がまたしても濡れている。


「お義姉様……っ!」


 嗚咽を堪えきれないほど王女が涙に浸っていたのはそれほど長い時間ではなかった。絹のハンカチで滴を拭い、顔を上げた彼女は既に責任感ある王族の態度を取り戻していた。


「アークレイ家の事情についてはどこまで知っておいでです?」


 ロージアの問いにエレクシアラは落ち着いて回答する。

 故ダーダリア・アークレイが御者に宛てた恋文が出てきたこと、実子でないと判断を受けたロージアが公爵家を追われたこと、それにより次女リリーエがエリクサールの婚約者候補に持ち上がったこと。

 これらを兄から聞いた彼女は朝一番にロージアに会わせてくれと公爵家を訪ねたそうだ。そしてようやく聞き出した住所に護衛騎士を遣わせたところ、伝えられたのはロージア変死の急報であったという。


「わたくしを陥れたその恋文はリリーエが偽造させたものです」


 ロージアが断言するとエレクシアラがぴくりと耳を跳ねさせた。


「先程も公にできぬ手段でと仰せでしたが、なぜそうとおわかりに?」

「リリーエたちがそう話しているのを目の前で聞きました」


 ロージアは新居でデデルに襲われたこと、殺された後に彼を追って公爵家に戻ったことを説明する。その際に霊的な力を暴走させてしまい、結果デデルの死の一因を作ったことも。


「わたくしは今、聖女の加護で奇跡の類を起こすことができるようです。でもこの力で直接悪党を始末しようとは思いません。証拠を集めて法でリリーエを裁きたいし、そうするべきだと考えています」


 黒レースの長手袋を纏う右手を固く握り、誓いを立てる。死者に生者の法は適用されまいし、されたところで鞭打ちも首切りも怖くはないが、可能な限り暴力的な解決法は選択しないと。

 そんな手段に頼らずとも目的くらい達成してみせる。エレクシアラが味方についてくれるなら。


「わたくしを手伝っていただけますか、エレクシアラ」


 一も二もなく王女はこくりと頷いた。「もちろんです!」との快諾に思わずにこりと笑みが漏れる。


「王家にとっても良くない女なのでしょう? 王太子妃になれるのは神国の名を背負うに相応しい者だけです」


 握手こそ交わせなかったけれど、見つめ合うだけで十分だった。培ってきた信頼はロージアが死した今も豊かに実っている。


「ではお義姉様、わたくしはまず何をすれば?」


 頼み事なら決まっていた。リリーエの王宮入りを阻止するには彼女が恋文を代筆させた証拠があれば十分だ。無論大半は隠滅済みに違いないが。


「エレクシアラは代書人を探してください。わたくしはその間に帰宅して恋文の現物を(あらた)めます」

「代書人。なるほど故人の筆跡を真似た人物がいるはずですね。見当はついておいでですか?」


 いいえとロージアは首を振る。名前も所在も不明だと。


「探してほしいのは最近行方不明になった、もしくは死亡が確認された代書人です。計画的な犯行だったならわたくしをそうしたように抹殺していないはずありませんので」


 物騒な話に一瞬王女の顔が強張った。だがすぐにエレクシアラは行動開始を宣言する。


「わかりました。急ぎ城下へ人をやります」

「ありがとうございます。明日もまたあなたを訪ねるつもりですので、お庭にいてくだされば助かりますわ」

「しばらくはそうするようにいたします。お義姉様もお気をつけて」


 ロージアは微笑とともに頷くと温室の扉を開く王女の脇をすり抜けて高く空へと舞い上がった。

 心が弾む。なんて大きな収穫だ。エレクシアラと話ができるようになるとは。

 一人ではない。これからは。

 浮かれる胸をなんとか鎮め、ロージアはアークレイ家へと急いだ。恋文の嘘を見破るために。







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