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ロージア ~悪役霊嬢に聖女の加護を~  作者: けっき
第3章 もう一人の妹
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薔薇の埋葬

 さて一体どうやって異母妹たちを懲らしめよう。

 眠るハルエラを見守りながら今後の出方を検討するひとときは正午過ぎに終わりを告げた。リンリンとスプリン家の呼び鈴を鳴らす者があったからだ。


「あのー、すみません。裏の家のご遺体の件でお願いがあるのですがー」


 声を張り、玄関口から覗き込むのは凛々しい眉の若い男。見れば客人は朝方ロージアの死体及び殺人現場を検分していた王都警備兵だった。

 用件はなんだろう? 確か彼は詰所に戻って遺体の引き取り手を探すとか言っていたはずだけれど。

 起き上がり、半ばまで階段を降りていたハルエラが客の顔を見て歩を速める。ロージアも彼女の側を離れぬように後に続いた。一階奥のキッチンからは手を拭いつつアキオンも顔を出す。夫婦揃っての応対に守備兵は恐縮気味に「や、これはどうも」と頭を下げた。


「ご在宅で良かったです。実はですね、お亡くなりになった方の引取人が誰もおられないようでして……」


 守備兵はこれからロージアが共同墓地に埋葬される旨を告げる。ハルエラを訪ねてきたのは参列者を求めてのことらしい。


「気の毒でしょう? 見送る人が一人もいない葬儀だなんて」


 同情露わに語る男は兵士になって日が浅いのか、まだ世間擦れしたところのない目をしていた。


「わかりました。すぐ支度してきます」

「僕ら納棺からお手伝いすればいいですか?」


 スプリン夫妻は手早く喪服に着替えると兵と一緒に家を出た。一行は厳粛な面持ちで路地を抜け、ロージアの横たわる一軒家に向かう。黒服の背中が三つ。陰鬱な気分を堪えて追いかけた。

 玄関前には墓場から借りてきたらしい荷馬車が一台停まっていた。守備兵とスプリン夫妻が協力し合って荷台から棺を下ろす。


(奇妙なものね。自分で自分の葬列に加わることになるなんて)


 当たり前だがロージアの殺害現場は今朝から一つも変わらないままだった。木桶に水を汲んできたハルエラが布巾(ふきん)で血の痕を拭ってくれる。傷跡に白布を巻かれたロージアは男性二人に丁重に抱えられ、簡素な木棺に納められた。

 骸を囲んでしばしの黙祷。神官がいれば長々と祈りの唱和があっただろうが来ていないので略式だ。手向けの花輪も護符もなく、一般的な貴族の葬儀とは呼べそうもない。


「では祭司様からの預かり物を」


 遺体に聖水が振り撒かれると棺は一旦蓋された。ハルエラたちは無言のまま頷き合い、死者を外へと運び出す。


(墓地へ向かうのも早いのね。まあ弔問客もいないものね……)


 葬送に金を出せない貧民に貸してやるものだからだろう。霊柩馬車には薄い(ほろ)さえ張られておらず、搬出は容易そうだった。

 と、木棺を車上に載せる途中、遠巻きにこちらを眺める人垣から「もし」と誰かの声が響く。


「すみません、この家のお方に何かあったのですか?」


 人だかりを抜け出てきたのは見覚えのある男だった。お利口な大型犬を彷彿とさせる長身と亜麻色の髪、誠実そうな太い眉、控えめな口髭、主人の服装と基調を合わせた紺地のフード付きマント。王女エレクシアラの側付きの一人、護衛騎士ノイワンだ。

 ロージア追放の顛末をエレクシアラも聞いたのだろうか。もうここへ騎士を遣わせるとは仕事の早い姫である。それなら昨夜デデルを家に入れたりせずに彼女からの接触を待つべきだったか。


「はい、昨日越してきたばかりの女性なんですが夜中に賊に入られたようで。これから共同墓地に埋葬に行くんです」


 守備兵の返答にノイワンは息を飲んだ。これほどの急展開が起きているとは予測していなかったのだろう。


「お、お棺を開けていただいても? 私の主人のご友人かもしれなくて」


 そう乞う彼にハルエラたちは一瞬顔を見合わせた。しかし要望を拒む理由も特になく、ただちに荷台の木棺の蓋がずらされる。


「どうぞ……」


 おずおずとハルエラが手で促すとノイワンは死者を覗き込み、しばし呆然と立ち尽くした。静かに瞼を下ろしている紅髪の女の顔、生気のない額と頬と唇と、胸を覆った白布に滲む赤をその目にして。


「そんな……、公女様……」


 呟きは小さかったがロージアの耳は動じた声を聞き取った。ノイワンは肩を震わせ、怒りを堪えるように拳を握りしめる。


「……この方を共同墓地に埋葬すると言いましたね? 主人のために、ひと房髪をいただいても?」


 エレクシアラならもっと相応しい葬儀を挙げろと言ってくれたに違いないが、主人の名を秘したまま遺体そのものを留め置くのは不可能だと判断してかノイワンは遺髪で妥協することにしたようだった。

 ハルエラもアキオンも守備兵も答えあぐねて目を泳がす。身内でもない女の骸をどうこうしてもいいなどと言えないという顔だ。

 しかしやがてハルエラが姿勢を正し、彼女にしてみれば突如現れた謎の男に毅然と了承の意を告げた。


「では私にもひと房お取りいただけますか? 後でどなたかが故人を悼んで訪ねてきたとき、お分けすることができるように」


 ノイワンはこくりと頷き、懐からナイフを取り出す。大柄な身体に見合わぬ繊細な手つきでロージアの長い髪を梳くと、騎士は沈痛な面持ちで紅色の先を切り取った。


「ありがとうございました。主人が待っておりますので、私はこれで」


 ハンカチに包んだ遺髪の半分をハルエラに差し出すやノイワンは一礼して足早に去っていく。名も名乗らない高貴な人の使いに対し、平民たちが参列を誘う隙はなかった。

 雇われ御者がじろりと守備兵を睨みつける。さっさとしろと言うのだろう。一行が荷台に上がり、棺の脇に腰を下ろすと車輪はカラカラ回り出した。


(エレクシアラも心配ね。リリーエが王太子妃になろうものなら彼女がどんな日陰に追いやられる羽目になるか……)


 有能だが表に立つのを恐れる王女を思ってふうと嘆息する。ロージアの死を報告された彼女の衝撃を想像すると暗澹(あんたん)たる心地がした。

 埋葬が終われば王宮にも行ったほうがいいだろう。様子を見ておくに越したことはない。

 行動を決めると気持ちが少し楽になる。その後は誰に呼び止められることもなく、地区の小神殿が有する墓地にはすぐに到着した。

 葬儀は極めて簡単なものだった。さすがに祭司は立ち会ってくれたが祈りは短いのが一つきり。ロージアが死ぬときは皆が紅い薔薇を手に泣いてくれると思っていたのに。温もり深いと言えるのは善人たちの見送りとハルエラが棺に一緒に納めてくれた編みかけのニットだけだった。


(わたくしがアークレイ家以外の墓に入るとはね)


 共同墓地に埋められるのは身寄りのない者、金のない者、あるいはその両方だ。墓碑には名さえ彫られない。次々に死者は増えるからそのうちどこが誰の墓だか誰にもわからなくなってしまう。

 守備兵はロージアの死体をどう処理すべきか家主に問うたはずである。だとすれば父がこの地をロージアの最期の場所に選んだのだ。

 ざくり、ざくり。棺に土が被せられる。

 公女ロージアが埋もれていく。






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