第6話 得比牢愚
王都に帰って後、アリアたちは自分たちの屋敷へと帰っていった。
それから数日が経って──。アネモネール侯爵家の中庭には、日向ぼっこをする老人のように中庭を見るだけの三人。
エミリアとミウとシンディだった。
「どうなんだい? 姉御の様子は」
と問うのは元南東連合の頭だったシンディである。それにミウはだるそうに答える。
「どうもこうもないよ。帰ってからずっと自室に籠りっきりさね。聞いても返答なしか、曖昧な返事だけ」
「ふぅん」
間をおいてシンディはポツリと呟いた。
「好きだったんだろうねぇ」
「まったく。あんなナヨナヨした坊っちゃんのどこがいいんだかねぇ」
「まぁ人は自分に無いものを求めるっていうしね」
「それが姐さんがあんなのに惚れた理由かい? よしとくれ」
「アタシには経験無いけどね。恋っていいもんなんだろうね」
「まあ……ね」
シンディの言葉に、ミウは意味ありげに頬を掻いた。そんな会話をする二人の横でエミリアはアネモネール家の侍女が持ってきたお菓子をむさぼり食っていた。
膝を抱えて座る二人と、足を放り出してお菓子を食べている一人。おもむろにシンディは立ち上がった。
「ちょっと走りましょうって言うくらい罪じゃないだろ?」
「それもそうかぁ」
ミウとシンディはアリアの部屋へと向かう。エミリアはお菓子を抱えてゆったりとその後を追った。
ミウはアリアの部屋をノックするが返答はない。そのまま三人は元気よくドアを開けた。
「しっつれいしやーす!」
部屋の中ではアリアが机に向かって突っ伏していた。両手はダラリとたらし、頭を机にのせて、そこだけ暗い。頭にキノコでも生えてきそうなくらい陰鬱である。
ミウは部屋のカーテンを開けながら言う。
「さぁさぁ、いい天気ですぜ姐さん。みんなでツーリングにでも行きやしょう」
しかし返答は「別にいい」だった。シンディも苦笑して言う。
「なにをそんなに落ち込んでるんで?」
との問いにも、机から顔を上げずに「別に」と答える。ミウも続けて言葉を掛けた。
「もういいじゃありやせんか。忘れましょうよ」
というと、アリアは心外とばかりに声を上げた。
「別に。なんでアタシがシャルハ王子殿下なことなんて。気にもしてないけど?」
との返答に、シンディは被せぎみに言った。
「誰も、王子殿下の話なんてしてませんよ?」
「あ……」
そう言って、顔を赤らめてまた机に倒れ込んだ。そして小さな声で話し出す。
「やっぱり叩かなくてもよかったかなぁ。せっかく結婚しようって言ってくれたのにムキになっちゃって。あんなに可愛らしくて私を好きになってくれる人、もう現れないわ」
そう言いながら、いじらしく机の上でのの字を書いていた。そんな姿を見てミウとシンディは顔を見合わせてタメ息をつく。
と、そこにアリアの侍女のステラが入ってきた。
「お嬢様。お客様でございます」
「帰ってもらって」
即答であった。よっぽど人と会いたくないのであろう。それに侍女は申し訳なさそうに答えた。
「すいません。もう部屋の前に──」
と言ったところで、その人物はやや強引に部屋に入ってきたようで、ミウとシンディ、エミリアは目を丸くした。
アリアも部屋の空気が変わったことが分かって、突っ伏した机からわずかに入り口のほうに顔を向け、顔を赤くして頭を持ち上げ、その客を凝視した。
その客は金髪をオールバックにし、余った髪は後ろに一つにまとめ、若干剃り込みを入れている。黒いフロックコートの襟は立てられており、金色の刺繍で大きく「喧嘩上等」「亜理亜命」と縫い込んであった。中に着込んであるシャツは真っ赤であり、相当傾奇ている装いだった。
そして中腰になり、アリアに向けて深々と頭を下げたのだ。
「このシャルハ、アリア姐さんに完全に惚れ申した! 婚約者や結婚して欲しいなど申しません! 舎弟にしてくださいまし! 舎弟がダメなら使い走りでも構いません!」
それは隣国ユニオヌ王国王子シャルハであった。言い終わった後、シャルハはアリアへ向けてニッコリと微笑んだ。余りのことにみな目を大きくして固まってしまったが、アリアは小さく笑って立ち上がった。
「よし! いい根性だ! ただし甘ったれたこと言ったらさっさと国に帰すからね。覚悟しな!」
「元より承知です。ビシビシ鍛えてやってください」
「よし。いい返事だ。ミウ!」
「へい!」
「走りに行くよ! 準備しな!」
「へへ。そうこなくっちゃあ。合点承知でさぁ!」
まわりにいた仲間たちも大きく手を上げたのであった。
◇
わたくし、姓はアネモネール。名をアリアと申す、侯爵の娘です。
人呼んで“竜巻おアリア”。
貴族社会は乙女には生き地獄。
政略の道具、産む道具。
自由など、ございません。
美人薄命、命短し恋せよ乙女。
ならば命の限り、咲かせて見せましょ恋桜。