第5話 走死走愛
私が王子殿下へ近付くと、彼は途中まで私を凝視しておりましたが、顔を下に向けてしまいました。
そして私が向かったのは殿下の方ではございません。のびているシンディのそばに腰を落とし、その両肩を掴んで気合いを入れるとシンディは目を覚ましました。気付けをして差し上げたのです。
シンディは最初、状況を掴めていないようでしたので、私は微笑みかけました。
「もう起きれるだろう? 急所には当ててない。南東の仲間たちも」
私がそういうと、ミウやエミリアにのばされた南東連合のみなさんたちも目を覚まして起き上がっている様子でした。
「な、なんでだ? 私たちは敵だよ? 敵同士なんだよ?」
「いいや違う。同じ貴族社会に嫌気が差した、女同士。仲間じゃないか」
そういうと、彼女はうっすらと目に涙を浮かべておりました。
「アタシに殴られたところはまだ痛むかい? まだ納得いかないなら、何度でもかかっておいで。いつでもこのおアリア。胸を貸そうじゃないか」
私の言葉に、シンディは深くため息をついて笑顔をこちらへと向けて参りました。
「フッ。負けたよ。喧嘩でも度量でも。完全敗北だ」
私は立ち上がって、シンディへと手を伸ばします。すると彼女は手を握ってきたので、彼女の腕を引いてそこに立たせました。
すると彼女は、みんなに向かっても声を張り上げたのです。
「いいかい! 今から南東連合は王都総連の傘下に入るよ! これからアタシたちの頭は、アリア・アネモネールだ!」
うおおおんという歓声ですわ。私は新しい仲間たちに向かって大きく手を振りました。
ふと目を落とすと、王子殿下と目が合いました。私は小さく笑って、彼の縄をほどいて差し上げましたの。
「アリア……。君はいったい──」
「見ての通りですわ。私は全然お淑やかなんかじゃありませんの。自分達の青春に不満を持った乙女たちをまとめる、王都総連の総長なのです」
「そ、総長……」
王子殿下の小さく驚いた声。しかし、その声は馬蹄の音で消されました。
馬に乗って乱入してきた兵士は、王子殿下を見つけると、そこに跪きました。
「殿下! 大変にございます! 異民族が国境を侵し、我が国に押し入って参りました! すぐさま帰国し、軍の采配をお取りください!」
「な、なんだって!?」
私に縄をほどかれた王子殿下は立ち上がりました。
なんということでしょう。殿下の国が戦火に巻き込まれてしまうというのです。
「し、しかし、ここから馬車で移動しては何日かかるか。その間に、我が国の民たちは異民族に蹂躙されてしまう」
もはや我々など眼中にない殿下は、独り言をつぶやいたのを私は聞き逃しませんでした。
「エミリア! ミウ! 行くよ!」
「「おう!」」
すかさずエミリアは特攻服の胸元に手を突っ込んで引きだしたのは、我々、王都総連の旗。それを棒に結びつけました。
私は自分の単車に乗り込んで、スペアのヘルメットを王子殿下へと投げ付けました。
「あ、アリア。なにを──?」
「グズグズすんじゃないよ! さっさと後ろに乗りな!」
「う、うん」
王子殿下は私の単車の後部座席に乗り込み、私の腹部へと腕を回しました。
それに呼応するように、南東連合のみなさんたちもそれぞれ単車に跨がったのです。
「エミリア! その旗、落とすんじゃないよ!」
「おう!」
「ミウ! 王子殿下の国まで何時間だい!」
「連邦ハイウェイを二百キロで走行して、約三時間でさぁ!」
「かかるね。もっと縮めて行くよ! シンディ! 殿は任せた! 誰も殿下に近付けんじゃないよ!」
「ま、任せて下さい!」
「オラ、行くぜーー!!」
ドルドルドルドルと音を響かせて、私たちの大爆走が始まりました。私を先頭に連邦ハイウェイに乗り込んでばく進ですわ!
「わあああああー! アリア!!」
ちょっと後部座席がうるさいですわね。
「うるさいねぇ! 黙ってないと舌を噛むよ!」
「これじゃ、国に帰る前に死ぬゥーーー!!!」
まったく、臆病なお坊っちゃまはこれだから。ギャアギャア騒ぐ王子殿下のクレームなど一切聞かずに殿下の国に到着。タイムは二時間四十八分。目標より縮まりましたが、まだまだですわ。
異民族は一般人の住む村を襲って略奪を働いておりましたが、殿下の兵隊はまだ来ていない様子でした。
私は異民族にも、クソ遅い兵隊たちにも怒り頂点に達し、目の前の異民族に対して凄絶なる襲撃を敢行いたしました。
そんな私の姿を見て、当然のごとく後続の王都総連のメンバーたちも手加減無用とばかりに異民族と喧嘩を始めました。
後からノコノコやってきた殿下の兵隊たちは、それらを捕虜にするのに大忙し。
喧嘩が始まって約束二時間ばかりで、私たち約百名と、異民族一万の戦いは終わり、捕虜千五百。残りは敗走という形で終結いたしました。
その間、王子殿下は腰を抜かしたように単車の横で震えて見ていたわけですが。
「あ、アリア」
「なんですか殿下」
「す、すごい」
「いえいえ。この程度大したことありません。シンディの拳のほうがよっぽど痛かったですわ」
照れるシンディ。どうやら回りのみんなも擦り傷程度ですんだようですわ。
王子殿下は、立ち上がって私の手を握ってきました。
「アリア! 最初は淑やかなそなたを好きになった。だが私の心は今燃え上がっている! そなたの強さに興奮覚めやらない! ああ!」
「はい?」
「そなたはどんな女性よりも素晴らしい。美しく、強く、そして気高い。そなたがいれば、我が国は帝国の威光を取り戻せるかもしれない。そして私たちの子はきっと周辺の国々を導いていくことだろう」
王子殿下は熱く熱く語りました。そしてじっと私の目を見つめましたの。
「アリア、結婚してくれたまえ。生半可な気持ちじゃない。そなた以外考えられない」
なんて熱いお言葉。私の答えは決まってますわ。
「お断り申し上げます」
「え?」
王子殿下は目を丸くしておりました。だって、そうじゃありませんこと?
私は殿下の襟首を掴んで顔を近づけ声をあらげました。
「手前! アタシの人生なんだと思ってやがんだい! 帝国の威光が取り戻せる? アタシらのガキは帝王になるだとぉ? アタシは政治戦略の道具じゃねぇ! 手前の国だろ? 人に頼ンのも大概にしやがれ! 自分の力でやって国を守る、女を守る。それが男じゃねぇかよ!」
私は殿下の頬を思い切り張り付けると、殿下は自分の兵隊のいるところまで仏飛んでいきました。
私は振り返り、目に力を宿す仲間たちに微笑みながら号令したのです。
「引き上げだ!」
「「「おう!」」」
私の愛車の爆音が、連邦ハイウェイに轟きました。