第3話 喧嘩上等
エミリアが去った後、シャルハ王子殿下はしばらく不思議そうなお顔をしておりましたが、こちらを見てニコリと微笑んできたので私も微笑み返しました。
レストランまであとわずかというところで、立ちはだかる黒い影。
私たちがそちらに視線を向けますと、なんとこの間の抗争で取るものも取らず逃げ出した南東連合のみなさんと、その総長の“爆発シンディ”ではありませんか!
一難去ってまた一難ですわ! ああ神様はなぜこのような試練を! 稀に教会に行く信心深い私になんていう仕打ち! ヒドイですわ! 今度から“神様”じゃなくて“カニカマ”に降格すンぞ、オラァ!
「この前はよくもやってくれたね、“竜巻おアリア”!」
誰ですのそれは。私は侯爵令嬢のお淑やかで清楚系美人のアリア。そんな得体の知れない二つ名なんてございませんことよ?
「誰だね、そなたたちは。人違いめさるな。私と彼女の行く手を阻むなら女性でも容赦はせんぞ?」
本気ですか王子殿下? とってもカッコいいですわ! 愛する私を守ろうと前に立つ姿。頑張って殿下!
「オラァ!」
「うわらば!」
なんと一瞬! 王子殿下がシンディの頭突きを食らって大地に倒れ混みました。
私が駆け寄ると、完全に目を回しております。なんということ? もう許せない……!
「次はお前だよ、おアリア。立って構えな」
ヒドい。もはや喧嘩や抗争など捨てて愛に生きると決めた私に、どうして絡んでくるの? こんな悪い子たちは……。悪い子たちは──。
少し、教えて差し上げないといけませんわね。
◇
数分後、私は目を回していた王子殿下を起こしました。
「殿下。殿下」
「う……ん。さっきの輩たちは?」
「殿下ったらスゴいですわ。目をつぶってバッタバッタと彼女たちを薙ぎ倒して行くんですもの。その姿に恐れをなして賊は去っていきました」
王子殿下はしばらく目をパチクリさせていましたが、手を拳を打ち付けて立ち上がりました。
「そうか! 私のアリアを守りたいたという気持ちが、私の中の眠れる獅子を起こし、無意識のうちに狂戦士と化したのだな!?」
「おおスゴいですわ、殿下。頼もしい!」
「アリアはなにも心配ない。この私に全て任せてくれればいいのだよ」
ああ、殿下ったらなんという純心無垢。私の言ったことを信じて下さっている! 人を信じる心、澄み切った心根。素晴らしいですわ。
私たちはその後、レストランで夢のような一時を過ごしました。
ああ、これがおデート! これが恋……! 嬉しい。恥ずかしい。イヤンイヤンバカンですわ。
◇
次の日、王子殿下は政務のために王宮へと行ってしまいましたが、昼になると人を使って私へと伝言をして参りましたの。
なんでも、本日は王宮の庭園を一緒に散歩しないかとのことでした。その許可はすでに頂いているので、私は王宮に赴くだけで良いとのこと。
まぁ、なんて頼もしい! 本当に行動力があって容姿端麗で私のことを愛して下さってて嬉しいですわ。
早速王宮に行きましょうと、愛車に跨がりましたがやめました。
王子殿下は私のお淑やかなところを愛して下さっているんですもの。単車は速いですけど、ここは運転手がいる馬車で移動したほうがいいですわね。
そう思っているところに、またまた友人のミウとエミリアが入って来ました。なんですの? 私、もう変な遊びはしませんことよ?
「姉き、大変ですぜ!?」
「どうしたっていうの、エミリア。私これから馬車で出掛けなくてはならないのよ?」
「実は、姉きの大事になすってる、あのシャバ僧……、いえ恋人が大変なんです」
「……なんだって? 詳しくいいな!」
なんでもエミリアが言うには、南東連合の連中が王宮の外れにいた王子殿下をさらって連れ去ったようですわ! なんてこと?
ミウがそれを見つけて後をつけると、どうやら以前やり合った採石場の小屋の中に連れて行ったとか!
もう……許せない!
「どうします? 姉き。そこに馬車で行きますんで?」
怒りに震える私にエミリアがいうものですから、さすがの淑女の私も声を荒げました。
「なにを馬鹿を言ってるんだい! 襲撃むよ! さっさと単車を用意しな!」
「そう来なくっちゃ! 行きましょう、姉き!」
相手の数も分からないものの、私は殿下恋しさに爆音を上げながらくだんの採石場へ。そこには南東連合のみなさんと、縄で縛られ猿ぐつわを噛まされた王子殿下がおられました。普通に外交問題ですわ!
「来たね、おアリア。あんたの愛しいシャバ王子は預かってるよ」
まぁ、シャルハ王子とシャバ王子。若干かかってるダジャレですわね? そんなに面白くなくってよ?
「王子さまが仰有るには、あんたはお淑やかで控えめな美しい女の子らしいじゃないか」
「お、王子殿下がそんなことを……」
イヤン。照れちゃう。
私は赤くなった顔を押さえましたの。
「何を照れてやがる! お前がそんな女じゃないってところを王子さまに見せてやりな!」
嫌らしく笑う南東連合のみなさん。ヒドいわ。殿下の言うとおりなのに。
その時、王子殿下がもがいたために、口に咥えさせられていた猿ぐつわが取れましたの。そこで王子殿下は声を上げました。
「逃げろ! アリア! 私はどうなってもいい。この女たちは暴力で解決する頭のおかしな連中なんだ!」
それを聞いて、南東連合のシンディは王子殿下の横面を張りました。
「何言ってやがるんだい。あたしらが頭がおかしいなら、おアリアはどうだって言うんだい」
「くそぅ。私の中で眠る獅子よ、起きてくれ。アリアを救わなくては!」
「はあ? 頭イカれてんのはアンタのほうだろ。なんだい眠れる獅子ってぇのは」
「この前、お前たちを寝ながら無意識に追い払ったのはこの私ということを忘れたか?」
それを聞いたシンディや南東連合のみなさんは暫時静寂の後に笑いだしました。
「ははははははー! そんなわけないだろう。アンタがおねんねしている間に、あそこにいる女、竜巻おアリアが暴れまわったのさ」
そう言われて王子殿下はこちらに目を向けました。信じられないといった風でしたが、バラされた私の髪は逆立ち、もはやお淑やかな乙女の姿ではなかったのではないかと思います。
もはや許してはおけない、南東連合。私はドレスの胸の部分を掴んで引きちぎると、そこには特効服が現れました。反撃開始! ですわ!