第1話 夜露死苦
私は侯爵令嬢のアリア。もちろん独身よ。婚約者もいない。殿方ったら、この美貌の持ち主の私の魅力をさっぱり分かってくださらないんですもの。泣けちゃう。
私を見ると、青い顔をして震えちゃうの。こんなに可愛いのに。私は、ティータイムを楽しみながら侍女のステラに尋ねましたの。
「ねぇステラ。私って醜いのかしら?」
「お嬢様。そんなこともちろんございません。国中を探してもお嬢様のように美しい女性はおりません」
「じゃあ怖いのかしら?」
「……それは、ですねぇ」
私がステラの回答を待っていると、中庭に男爵令嬢のミウが駆け込んできましたの。
「姐さん! 大変ですぜ!?」
「まぁミウ。騒々しいわね。貴族らしからぬ振る舞いよ?」
「なにをいってるんですかい。大変なんです。南東連合の奴らが──」
「およしになって。私はもう恋に生きるの。ケンカや何かなんてはしたない真似はしなくてよ? そうねぇ。公爵家のエリック様とか、それとも王族かしらね? キャっ」
「なにをキャラに合わないことをいってますんで? 大変なんでさぁ。伯爵令嬢のエミリアが南東連合の奴に捕まったんです!」
今まで落ち着いてお茶を楽しんでいた私でしたが、カップをテーブルに叩きつけて割りました。
「なにぃ……!? あたいのシマで南東なんかに勝手はさせないよ! ミウ! 案内しな!」
「そうこなくっちゃ! 姐さん、こっちです!」
「おう!」
私たちはモーターサイクルにまたがってお屋敷を出ましたの。ミウに案内されて向かったのは、採石場。すでにハチマキを巻いた私の取り巻きのご令嬢たちは、下はドレス、上は特攻服を羽織って釘を打ち込んだ角材を相手方に向けて構えておりましたの。
一触即発とはまさにこのことで、彼女たちは私の号令を待っているのですわ。相手方の南東連合さんも鼻息荒く、赤く揃えられた特効服を着ておりました。そして利き手にはそれぞれ危険な得物。こんなこと許しておけるはずがありません!
「テメーらかよ。エミリアをさらったのは。あたいのシマで勝手は許さない。エミリアは返して貰うよ」
「姉きィ!」
あらあらエミリアったら縛られちゃって。なんて無様なのかしら。あとで叱ってあげないとね。
私が多少声をあらげると、相手方のメンバーたちはざわついておりました。
「竜巻おアリアだ」
「王都総連の総番……!」
「バックにヤクザもついてるっていうぜ?」
「構うこたぁねぇ。やっちまえ」
まあなんてはしたない。淑女がそんなんでいいのかしら?
「てめぇが“竜巻おアリア”かよ」
「“爆発シンディ”だね。なんで王都総連のシマに入ってきたんだい」
どうやら南東連合で番を張っているシンディ令嬢自ら出てきたみたいですわ。私だって根性じゃ誰にも負けませんことよ!
「今日こそ決着をつける! 王都総連を壊滅させてやるんだ!」
「いい度胸だシンディ! じゃあタイマンで勝負を決めようじゃねーか!!」
「望むところよ!!」
私たちは上着を脱いでサラシ姿になりましたの。拳と拳のぶつかり合い。拳闘喧嘩ですわ!
激しいぶつかり合い。拳と拳の語り合い。シンディ嬢はこの日のために、調練に調練を重ねてきたようですわね。
「これで仕舞いだよ! おアリア!」
「上等さね、シンディ。稽古をつけてやろうじゃないか!」
シンディ嬢の激しい一撃に、両方の舎妹たちは水を打ったように静かになりました。
シンディ嬢もなかなかやるようになりましたわね。
「ぶっ倒れな! おアリア!」
「ふっ。この程度かい、シンディ!」
「な、なにぃ! ぐわ!」
私の必殺の拳を受けたシンディ嬢はぶっ飛んで、南東連合の中央に落ちました。勝負ありですわね。
「ち、ちくしょう! 頭の仇!!」
あらあら、あちらの令嬢たちがはしたなく短刀やら刃物やらの抜き身をさらしました。
喧嘩に白いものは厳禁。ルール違反ですわ。これはシンディの指導がなってないですわね。
私は汚いものを見るように扇で口元を隠しました。
「やっちまえ!」
あちらさんはやる気満々で、こちらにかけて来ました。仕方ありませんね。
「待ちな! お前ら!」
「で、ですが頭!」
どうやらシンディ嬢の制止でみなさんとどまったようですわね。命拾いしましたわね。あちらのかたがたは。
「引き上げだよ!」
南東連合のみなさんは、モーターサイクルにまたがって南東の方に去っていきました。
殿の中にシンディがいますわね。彼女は私をしばらくにらんでおりましたが手下をまとめて爆音をならしながらいってしまいました。
「姉きィ!」
「姐さん!」
勝負が決しましたので、私の取り巻きたちが群がって参りました。まったく。可愛い奴らですわ。
「大丈夫かい? お前たち」
「へへ。姉きのほうこそ」
「まったく。エミリアったら捕まるたぁ、ヤキがまわったわね」
「へへ。油断しましたわ」
「これじゃいつまで経っても恋なんてできやしない」
「姉きがですかい? こりゃ面白い冗談ですぜ!」
みんな高らかに笑い出しました。何が面白いのかしら? 私の顔になにかついてるのかしら?
「国中の男はみんな姉きを恐れて、誰も手をだそうとなんてしないでしょう」
ええ!? そうなの? 男の人ってそうなのかしら? 番なんて張るもんじゃないわね。
その時でしたわ。私たちの前を六頭立ての馬車が数両通り過ぎようとしてました。
私たちはそれを見てもう少し車高を落としたほうが気合いが入ってるとか、いやむしろ上げたほうがいいとか、足まわりとかホイールのことを言及してましたら、その中の一台が停まったのです。
そして中から一人の男性が降りてきました。その後ろには気合いが入ってそうな護衛が四人。
降りてきた男性は年の頃は私より少し上でしょうか? 濃いブラウンの髪にブラウンの瞳。私は赤くなってうつむいてしまいました。
するとその男性が私の手を取りましたの。
「う、うつくしい」
「え?」
見つめ合う私たち。もはやこの世界に私たちしかいないみたい……!
「そなたの名は?」
「あの……アリアと申します。アリア・アネモネールです。アネモネール侯爵の娘ですわ」
「アリア……か、よい名前だ」
そのかたはジっと見つめたまま。私もそのままです。彼の暖かい手の温もりが私の肌を伝って全身を駆け巡るようです。
「おいおい、なにメンチきってんだよ」
「竜巻おアリアを知らねーのか?」
「姐さん。やっちまいましょうか?」
私は扇を手にとって空中に高く放り投げました。みんなの視線がそちらに向きます。
一閃──!
私は、そのかたの手を一度外して振り向き、見えない速度で的確に後ろに控える彼女たちに向かって水落へと拳を叩き込むと目を回して完全なる気絶。
それは私が落ちてきた扇をキャッチする短い時間に起きた出来事。
「ややこの人たちは?」
そのかたが気遣ってくれるので私は答えます。
「か弱いので、直射日光にやられたのかと思います。すぐに目を覚まします。お気にするほどでもございません」
その言葉にそのかたは安心したようにまた私のほうを見つめてきました。
「私はシャルハ。隣国ユニオヌ王国の王子です」
「王子さま!」
なんということでしょう。ユニオヌ王国と言えば、今は小国ですがその昔はこの大陸を統べていた大国。周辺国全ての主筋。即ち宗主国だわ!
以前は帝国としてユニオヌ帝国を名乗ってましたが、周辺国の乱立により王国と自ら格下げしたのは数代前の帝王の頃と聞いております。
道理で馬車になんか乗っていると思ったわ。今では貴族階級は動力付きの車に乗っているのがほとんどですもの。
歴史や旧体制を重んじるユニオヌ王国の伝統なのだわ。
「そなたとは、またお会いしたい。これから役目があるので今日はこれで失礼」
とおっしゃいますと、シャルハ様は名残惜しそうに数度振り返ってから我が国の王宮を指して行ってしまわれました。
なんてこと? これが恋かしらね? ああ、熱くなるこの思い。あの人の名前はシャルハ。天から舞い降りてきた私だけの天使……!
「あんたたち! いつまで眠ってるんだい! 引き上げだよ!」
私はみなさんに号令すると、モーターサイクルにまたがって家路につきました。熱い思いを抱きながら。