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今生では普通のJKとして生きます!  作者: ミント


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7/15

ただの偶然だ

 朝が来て、家族に挨拶をして、朝食をとる。その一連の流れが今日はひどく億劫だった。


 昨日の出来事が精神的にまだ尾を引いている。あれからマキと話している時も、帰ってからお風呂に入った時も、ふと政彦と前世のことを思い出してしまい頭をぶつけたくなる衝動に駆られた。いっそ学校を休んで一日家に閉じこもっていようか、と思ったけれど休んだところでこの状況から逃れられるわけではない。ならいっそ、学校に行った方がマシだ。授業に集中していた方がまだ、前世のことを思い出さずに済む。

「おはよう、春花」

 明るく笑いかけてくるマキの表情に、鬱屈とした気持ちが少しだけ解きほぐされる。あぁ、そうだ。前世の私はこういう「日常」がほしかったんだ。


 鈴子は、巫女として持て囃されてはいたものの実際は孤独な女性だった。両親は私が巫女として働き始めてからほとんど私に接触することはなくなったし、村人も「巫女様」として一歩引いた態度を取っている。政彦をはじめとする村長一族だけは私と同等の立場で意見を言えるけど、それは権力があるからというだけでフレンドリーなものとはほど遠い。くだらないことで笑い合ったり悩みを相談したり、という気心の知れた友人は、鈴子の私にはいなかった。


 だけど、今は違う。森野春花には支えてくれる人がいる。安心させてくれる人がいる。


 マキに挨拶を返すと、穏やかな一日の幕開けを感じる。なんだ、政彦が現れたところで森野春花の日常が崩れることはない。今の私は鈴子じゃないのだ。学校に行って授業を受けて、平凡な高校生として過ごす。それだけで、いいのだ。


「世界史の教室ってもうクーラーつけてるの? いいなぁ」

 休み時間。マキが日本史の教科書やノートを片手に、羨ましそうに語る。

 次の授業は社会の選択科目、日本史・世界史・地理だ。自分がどの科目を選んでいるかによって授業場所が変わるので、教室を移動しなければならない。私は世界史を、マキは日本史を選んでいるのでここで一時的にお別れだ。


 私は地図を見るのが嫌いだ。正確には、地図を見てあれこれ考えることが嫌いだ。なぜなら前世の私が自分の能力を発揮するとき、地図を見て対象の居場所を探すことが多かった。そうやって村人のために全力を尽くしていたのに、それが結果的に自分の破滅に導かれたことを思い出すとどうしても地図を見るのが怖くなってしまう。だからできるだけ地図、それも前世を想起させるような日本の地図や山の地図を見なくても済むように、社会科目では世界史と倫理、政治経済を選択している。世界史はカタカナの名前をたくさん覚えなければならないのは大変だけど、公民や倫理の知識にも繋がるところがあるから結構お得な科目だ。


「あの教室、日が差し込むから他の教室より暑くなりやすいんだって。だから室温が上がる前に早めに、って先生がつけてくれるんだよ」

「いいなぁ。こっちなんか『ちょっとは暑いのに慣れろ』だよ。日本史なんか選択しなきゃ良かったなぁ」


 あーあ、とぼやくマキとともに廊下を曲がり、階段にさしかかる。日本史の教室は二階、世界史の教室は一階だ。いずれも選択科目の時以外は使われることのない教室で、三クラスが合同で授業を行うことになっている。


 でもマキは日本ドラマ好きだから日本史得意って言ってたじゃん、と言葉を返そうとしたとき。私はふとマキの様子に違和感を覚えた。


 私の隣にいるマキは真っ直ぐに、前だけを見ている。普通、階段を降りる時は多かれ少なかれ下を見るものじゃないだろうか。

「ちょっとマキ」


 ちゃんと足下を見ないと危ないよ、と続けようとしたその時。


 私の目の前から、マキの姿が消えた。続いて聞こえた悲鳴は、私のいる場所からだんだんと遠ざかっていく。慌てて視線を下に落とすと。教科書やノートを散乱させて倒れたマキの姿があった。

 階段を滑り落ちたのだ、と気がついた私は慌ててマキに駆け寄る。


「ちょっとマキ! 大丈夫?」

「いたたたた・・・・・・転んじゃった。びっくりさせてゴメン」


 てへっ、と音がしそうに笑うマキに、ひとまず安心する。どうやら大きな怪我はなさそうだ。けれどその瞬間、なぜか背中にぞくっとする寒さを感じる。

 この悪寒。鈴子だった頃の私が、初めて茜を見た時に感じたものとそっくりだ。目の前に大きな不幸が、危険が迫っている。鈴子だった時、その対象は村と自分自身だった。だけど今は。


「君の大切な人に、危機が迫っているんだ」


 昨日の星野ミコトの言葉が、鼓膜の奥で蘇る。


 違う、こんなのはただの偶然だ。占いや予言もたまたま当たるということはある。星野ミコトの、政彦の占いが当たったわけじゃない。


 階段で転げ落ちることぐらい、珍しいことではない。ただたまたまマキが足下を見ていなかっただけで、占いとは関係ないんだ。痛みを堪えつつ「大丈夫」と笑うマキを見ながら、私はそんな不穏な予想を必死で振り払った。


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