今の自分は森野春花
「悪いけど、私はもうあなたに関わりたくない」
驚いたように目を見開く星野ミコトへ、私は吐き捨てるようにそう告げる。
「今の私は藤田鈴子じゃない。もう別の人間になって、別の人生を歩んでいるの。巫女の能力だって今は使っていない。だから、もう私に関わらないで」
言いながら私の胸の中に、鈴子だった頃の記憶が蘇ってくる。
あの時の私は政彦を恨んだ。茜を恨んだ。村人を恨んだ。恨んだ末に、それでもどうしようもできずただ野垂れ死ぬしかない自分を呪った。そんな悲惨な最期を迎えたことを覚えているからこそ、森野春花になった今はもう前世に関わりたくない。
だけど星野ミコトは戸惑いながら、それでも猛獣を宥めるように穏やかに口を開く。
「わかってる。君は本当は繊細で傷つきやすい性格なのに、周囲を心配させまいとして気丈に振る舞っている。鈴子の時だってそうだったし、今だってそうなんだろう? 俺はそんな君を今度こそ守って、幸せにしてあげたい。君と見たレンゲ畑も、綺麗な月も、全部覚えている。だから・・・・・・」
「もうやめて!」
思った以上の大声に、発したはずの自分が一番驚く。
政彦と過ごした鈴子の記憶。あの頃は幸せだった、私は政彦を愛し彼も私のことを想ってくれていると信じていた。でもそれはただの幻で、政彦は結局のところ次期村長である自分の立場だけが大事だった。だから茜に簡単に騙されて私を捨てるようなことをしたのだ。そんな人間の言葉を、信じるわけにはいかない。
呆気にとられたように固まる星野ミコトの顔を見て、私はやっと冷静さを取り戻す。
「今の私は、鈴子じゃないの。もう巫女でもなんでもない普通の女子高生だし、また自分の能力を使う気は無い。あなたとももう、何でもないの。だからもう、前世のことを口にするのはやめて。もう前世のことなんか関係ないから」
できるだけ穏やかに、言い聞かせるように私はそう口にする。だけどその言葉を向けているのは目の前の占い師だけじゃない。様々な感情に揺れ動いている、自分自身にもだ。
藤田鈴子だった頃の記憶が残っている以上、そこに伴う当時の自分の気持ちも私には残っている。幼い時から支え続けてきた婚約者の自分より、いきなり現れた素性の知らない女を信じた政彦。今まで一生懸命、働いてきた私の功績を忘れて化け物扱いしてきた村人たち。村のみんなのために、と頑張ってきた私を、当の「みんな」はあっさり突き放したのだ。悲しみ、怒り、悔しさ、惨めさ。そんなものが渦になって死んでいった私の気持ちは、普通の女子高生になった今でも癒えることはない。そして、きっとこれからも癒やせるものはないだろう。
無意識に表情が険しくなっているのに気がついたのだろうか。星野ミコトは困ったような顔で私を見つめる。凜々しく男らしい顔つきの政彦と違い、星野ミコトは線が細く中性的な美形だ。けれどその美しい顔立ちが、今は無性に苛つく。
「わかった。でも、僕はいつでも君のことを考えている。今の僕は『せめてあの時の君に近づけたら』と思って、必死に占いの勉強をしたんだ。だから、今の俺にはわかる。君の大切な人に、危機が迫っているんだ」
星野ミコトは私の方を真っ直ぐに見据えて、重々しくそう告げる。
大切な人。家族。親友のマキ。担任の斉木先生。森野春花の愛する人々の顔が、次々と浮かんでは消えていく。
「政彦だった時の僕は、君を助けるどころか傷つけることしかできなかった。だから今度は少しでも、君の力になりたい。だからもし、君が何かに困っていて僕が力になれることがあったら。すぐ、僕に連絡してくれ」
いつでも駆けつけるよ、と言いながら星野ミコトは机の端からカードを取り出して何かを書く。それをそのまま右手で渡してきた。そこには政彦の言うとおり電話番号と、星野ミコトの名前が書いてある。
こんなものもらっても、絶対に連絡しない。そう思っているはずなのに、私は素直にそれを受け取ってしまう。
「僕は正直、鈴子に会えて良かった。いや、今は鈴子じゃないのか。俺のことは許してくれなくていい。前世のことも忘れてくれていい。ただ、困ったことがあったら絶対に鈴子の力になるから。それだけは、約束するよ」
言葉だけはしっかりと口にする星野ミコト。私が鈴子で彼が政彦の時にそう言ってもらえたら、私はどんなに嬉しかっただろう。そう思った瞬間にかぶりをふり、逃げるように簡易テントを後にする。違う、今の私は森野春花だ。政彦も不思議な力も、今は絶対に関わらないと決めてるんだ。
私は自分自身に「今の自分は森野春花」と呪文のように繰り返す。けれど、そうしなければならないのは心のどこかで揺れ動いている自分がいるからだ。どうしたの、顔色悪いよ? と尋ねるマキに曖昧な返事をして、私は星野ミコトの看板を見る。その顔は政彦と似ても似つかないはずなのに、その上に前世で恋い焦がれた政彦の姿を重ねてしまう。それを否定するように私は頭を強く振り、強引に前世の記憶を脳内から追い出そうとした。




