「お前との婚約は取り消しだ!」
「お前との婚約は取り消しだ!」
その一言に、鈴子だった私は最初、何を言われているのかわからず呆然とした記憶がある。
政彦の横には、一ヶ月ほど前に村に迷い込んできた長い髪の美少女・茜がいた。茜を庇い、その背中で守るように仁王立ちをして私の方を睨みつける政彦。茜は政彦の袖を引き、わざとらしく怖がるようなふりをしている。さらにその後ろには、私を蔑むような目つきで見つめる村人たちがずらりと並んでいた。
呆然とする私を前に政彦は、堂々と述べる。
曰く、私の今までの行動は村人たちから持て囃されるために自作自演だった。しかし茜の登場により自らの立場が脅かされると感じ、彼女に様々な嫌がらせを行った。政彦はその全てを茜と村人たちから聞いたことで、村長の立場として私の罪を裁くべきだと感じ、婚約を解消して私を村から追放することに決めた、とのことだった。
確かに、いきなり村に現れた茜に出会った時から、嫌な感じはした。でもそれは嫉妬とか焦りとかいうものではなく、彼女の背中に憑くモノが私の目に見えていたからだ。
茜の後ろで常に恨み言を呟く、巨大な黒い影。「死ね」「許さない」「地獄に落ちろ」を繰り返すその姿は間違いなく怨霊、それも複数体が合体したような強力なものだった。普通に生きていればまず買うことのないだろう、強い恨みを持った霊。彼女は今まで周りに酷いことをしてきて、たくさんの人に恨まれた。そういう業が、私の目には見えていた。
加えて彼女自身の凶悪さも、私は感じていた。周囲から「美しい」と言われるためだけに作り上げられたような容姿。ゆっくりとこちらの体を締め付けていく、蛇のような雰囲気。一番恐ろしかったのは、その声だ。貼るの訪れを告げる小鳥のような可愛らしい声。しかしそこには私の見える力と同様に、霊的な力が宿っている。虚構の話でも信じさせてしまうような、聞き手の判断能力を奪い操り人形にしてしまうような、そんな力。それを彼女自身もわかりきっていて、今まで様々な悪事を働いていたのだろう。だが、その恨みを払いのける力までは持っていなかった。だから茜の背中には今、大量の悪霊が付きまとっている。そしてその報いは、そう遠くないうちに下るだろう。そんな結末が、巫女だった私の眼には見えていたのだ。
彼女をこのままにしてはいけない。そう感じ取った私は村人と政彦には茜に注意するよう伝え、彼女には少しでも自らの罪を悔い改めお祓いを受けるように説得した。彼女の力は善意で使えば、きっと村の役に立つ。そうやって人々のために働き、自らの行いを反省すれば悪霊たちも自然に消滅していくはずだ。そうなればこの村に被害は出ないし、茜自身のためにもなる。もちろんそれで何か見返りをもらおうなんて、考えてはいない。
私はあくまで善意で行動したつもりだった。
けれど茜は、そんな私を疎ましく思ったのだろう。あるいは、それだけの悪霊に取り憑かれるほどの悪事をしたことが周囲に広まるのを危ぶんだか。いずれにせよ茜は私の行動を全て「嫌がらせ」だと吹聴し、逆に私が村で孤立するように仕向けたのだ。
「だいたい、戦争が終わりテレビも洗濯機も冷蔵庫もあるこの時代に、呪いだの巫女だの非科学的な話題を持ち出すこと自体がおかしいんだ。そんな世迷い言を言って村を惑わすような悪女は、この村に残しておくべきではない!」
それが、政彦が最後に放った私への言葉だった。
憎しみすら宿っているような眼差しを投げつけるのは、政彦だけではない。今まで私が助けた村人たち——浮遊霊に取り憑かれてあの世に引きずり込まれそうだった女の子も、悪霊に生命力を吸い取られて衰弱死しそうだったおばあさんも、行方不明になっていた我が子を探してあてた猟師も。そして巫女になることを喜んでくれていた両親さえも。みんなが私を、冷たい目で見ていた。私が自分の能力を使って助けた時はあんなに喜んで「ありがとう」と言ってくれていたのに。私に感謝し、尊敬の念を抱いてくれていたはずなのに。まるで全ての不幸を私が運んできたかのように軽蔑し、忌み嫌うような表情をしている。
小さな村に住む彼らが村長に逆らえる立場ではない、ということはわかっている。だけど、政彦と茜の言葉に先導されたかのように私を罵り、殴る蹴るの暴力まで加える村人たちの仕打ちに私は耐えられなかった。命からがら村から逃げ出したはいいものの、それまで村の中から一歩も出たことのない私はすぐに力尽き、森の中で倒れて動けなくなってしまった。そこに雨まで降ってきたのだ。もはや私はただ横たわる以外、何もできることがなかった。
たぶん体力を失っていたところで風邪を引き、それが悪化して肺炎になってしまったのだろう。もともと村から一歩も出たことのない私は体が弱く、さらに精神的ダメージを受けたせいで抵抗力が弱まっていた。荒い呼吸に下がらない熱。徐々に薄れていく意識の中で、私はひたすら願った。
もし生まれ変わることができるなら、次は巫女なんかではなく普通の女性として生きたい。どこにでもいる平凡な普通の女の子になって、穏やかで優しい人に愛されたい。そう思いながら、鈴子としての私は命を落とした——。




