馬鹿だった、私。
私には愛した人がいた。
その世界で私は美女だった。
生まれた瞬間から、誰からも美しいと言われ、愛された。
だから、その人も私を愛してくれると思っていた。
好きすぎて、好きになってもらいたくて、
愛した分だけ、愛してくれると、信じて。
だけど嫌われて、断罪されて、悲観して死んでしまった。
巻き戻った世界で、私は彼と出会う瞬間にいた。
一目ぼれしたその瞬間のはずなのに、私は彼に何も感じなかった。
あんなにこがれるほどの気持ちがあったはずの人なのに、
その姿を見るだけで全身がふるえるように幸せだったはずなのに、
ほんの少しも心が動かなかった。
だから、前世でも今世でも、彼以外のすべての人に向けていた令嬢としての笑顔で、穏やかにカーテシーをした。
すると、彼の方が不思議な顔をする。そして、眉を寄せ、こう言った。
【君は私を好きだろう】
私も不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「わたくしたち今日が初対面ではありませんでしたか?」
前世では、私が強請ったから彼と婚約出来た。
それは、彼に婚約を打診した令嬢の中で一番立場が高かったから。
そこに彼の意思はなかったと思う。
だからこそ、長い婚約の末、他に女を作って私を断罪し捨てたのだ。
彼は、一度だって私を好きになったことがなかった。
前世の人生で、彼から受け取った真実はそれだけだ。
お父様から、そろそろ婚約者を決めなさいと言われた。
そして彼はどうだって……笑ってしまった。
どうやら、今回は彼の方から申し入れがあったようだ。
お断り。
そう言ったらお父様まで不思議な顔をした。
考えて、考えて、私はこう言った。
「わたしの心を揺さぶる人、それが条件です。学園卒業までには決めたいと思います」
と……
そんな言葉が広まったのだろう。
彼も含めたくさんの人が私の周りに集まった。
花やプレゼント、毎日の訪問、たくさんの無駄な美麗字句。
私の心は少しも動かなかった。
私は私に愛をささやく男たちに対し、ちゃんと断った。
気を持たせるようなことはしていない。
そうしていると一人、また一人と、私から離れて行った。
そして口々にこう言った。
私は氷のような女だ、愛を知らない女だ。
恋も、人を思うことも知らない、と。
学園に入り二年がすぎた。
もうすぐ彼の運命の人が現れる。
彼は必死だった。
まるで私の愛がなければ、何かを失うような焦燥感だ。
その必死さに恐怖した私は、周りの人に助けを求めた。
人はどうして否定すると、その反対だと言うのだろう?
あんなに私を好きなのだから、応えてあげたらどうなんだい?
君だって彼のことを好きなのだろう?
なんて、訳知り顔で諭す者まで現れた。
どんなに好きではない、と言っても、信じてもらえない。
何と言えば、この気持ちを分かってもらえるのか、私には分からない。
彼はますます激しくなった。
私が断り続けてもなお、婚約を迫ってきた。
【君には分からないのか。私のこの想いが! 皆の言うとおり、君は冷たい女なのか】
そんなことはない!
私はそう叫びたかった!
私が彼を愛した、あの記憶は、私の中に深く深く残っている。
方法は悪かった。
初めてで、その気持ちを無くしたくなくて必死だった。
一目惚れし、恋に恋し、いつしか恋は愛にになった。
独りよがりの愛が受け入れられず、私のあの恋心は失われたけれど、今はただ残念だったと思うだけ。
愛したことも、それによって起ったすべてのことにも、後悔も懺悔もない。
あの時の私には、あれがすべてだった。
だからこそ、あの強い衝動が、もしそれを愛と言うなら、私はあの強い感情を――――愛を知っている。
それがたとえ偽物の愛だったかもしれなくても。
……知っているけれど、彼にそれを言う必要はない。
私にとってもう彼は、ただただ懐かしい思い出なのだから。
私が声も出さず、困ったように見つめると、彼は絶望したようにつぶやいた。
聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声だった。
運よく私に聞こえたその言葉。
【君が私を好きじゃなければ、私は彼女を得られない】
ようやく今世の彼の行動が腑に落ちた。
彼もまた、前世の記憶を持っていたのだ。
ならば何故愛を知る筈の彼が、あの時の私の気持ちを分からないのだろう?
私のあの狂おしいほどの愛を、分かろうとしないのだろう?
彼女の愛は、彼以外の誰かがいなければ得られないものなのだろうか?
そんなものが真実の愛?
私が愛を知らないのではない。
彼こそ、愛を知らなかったのだ。
もう自分の上には無い愛を求めてしまうほどに。
――――――あぁ、私はなんて馬鹿だったのかしら。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
またよろしくお願いします。