悪女は恋を知らない
「どうしてそれがいけないの?」
こてりと首を傾けて言ったのは四方を騎士に囲まれて、逃げられないようにと腕を拘束された少女でした。この国の上位貴族の子息達を弄んだ悪女と言われている少女でした。
「いけないに決まっているでしょう!婚約者の居る殿方を唆すような事なんて!」
怒りながらそう言ったのは少女の友人でもある別の少女でした。バーベナという名前の彼女は少女の兄の婚約者です。昔からよくバーベナと少女は一緒に遊んでおりました。だから少女がどうしてそんな悪いことをしたのかわからなかったのです。怒るバーベナに少女は言いました。
「だって好きならキスをすると言ったのはバーベナよ」
怒りも悲しみもない、拘束されていることさえ気にしていない表情で少女は言います。本当にどうしてこんなことをされているのかわからないというかのように。そのまま少女は続いて口を開きます。
「好きなら抱きしめると言ったのはケリーよ」
「好きなら好きと伝えると言ったのはヘレンよ」
「好きなら話す時笑うと言ったのはリリアよ」
「好きなら腕を組むと言ったのはミュリエーラ様よ」
「好きなら物を贈ると言ったのはチェラノー様よ」
「好きなら物を強請ると言ったのはエミリアよ」
「好きならダンスをすると言ったのはカラッテラよ」
順繰りに周囲の少女達を見ながら続けます。少女は今までの行動を思い出して言いました。どうしてみんなの言ったことをしてはいけないと言われるのか。それがわからなくて尋ねます。
「私、みんな好きだもの」
「どうしてそれがいけないの?」
少女以外の全員が少女を奇妙なものを見る目で見ています。少女が言ったことを誰も理解できなかったのです。
「私、お父様もお母様もクリードお兄様もエヴァンお兄様もミシェーラお姉様もキャロルもティモシーも好きよ。バーベナもケリーもヘレンもリリアもミュリエーラ様もチェラノー様もエミリアもカラッテラも好き。ユーレカ様もジョシュア様もワーデルテル様もヒューイもシュミットもヴェイロンもライオットもゼフィアもみんな好き。それの何がいけないの?」
少女は何も知らないのです。好きに種類があることも、性別によって対応を変えなければいけないことも、キスする意味も知らないのです。誰も少女に教えてはくれなかったのです。空気を読むのが苦手な少女は、何も気づくことができなかったのです。誰も言葉にして伝えないから、少女は教えられたまま振舞っただけだったのです。
それはきっと無知の罪です。けれど教えないのもきっと罪だったのです。それを誰もわからなかったのです。誰もが常識を知っていると思い込んだことが間違いだったのです。