8話
夕暮れ時、窓から差し込んでいた日光も段々と茜色に変わってきた時間にベッドから起き上がる。ようやく吸血鬼らしく昼に寝て夜に起きる生活になってきた。娼館や賭博場、酒場などは夜が繁盛時だ仕事も自然と夜にやるようになった。
「やっと夜か、てか今日は会議があるんだよな」
『鉄の森』を傘下に加え、娼館や賭博場などを視察しているうちにあっという間に会議当日になってしまった。俺は暴れるのは好きなんだが勉強と堅苦しいことは大嫌いなんだよな。
黒いワイシャツに黒のベスト、ワインレッドのネクタイをしてブーツの紐をきつく縛る。そうしていると部屋のドアがノックされた。
「アダムス、起きてるか!昼の間に荷物が届いてたぞ!」
ドアを開けてアイリーンが入ってきた、手には小包を抱えている。
「おー、おはよう。どこからの荷物だ? 」
「えーと、ホフキンズ裁縫店って書いてあるよ」
「やっと届いたか!」
俺は急いでアイリーンから小包を受けとる。伝票には確かにホフキンズ裁縫店と書かれている。今日の会議に間に合わないと思ったが何とか間に合ったようだ。
「それなに?あたし何も報告されてないんだけど」
アイリーンは不思議そうに小包を見ている。俺が興奮して受けとったので中身が気になるのだろう。
「ああ、みんなに内緒で注文してたからな。今日の会議で御披露目する予定だったんだ間に合って良かったよ」
「ふーん、ま、何でもいいけど後で経費で落としとくからいくらかかったか忘れずに教えてくれよ」
アイリーンは小包の中身よりもいくら費用がかかったかが気になってたようだ。
そう言ってアイリーンは俺の部屋から出ていった。
俺はアイリーンが部屋から離れていったのを確認して小包を開ける。中に納められていたものは俺の要望を忠実に再現した逸品だった。
あまりの出来映えに思わず顔がにやけてしまったのは仕方が無いだろう。その時部屋の隅から聞こえたひきつるような小さな悲鳴で俺はその存在を思い出した。
部屋の隅にいたのは十四歳ほどの少女だ、怯えて足を抱えながら泣いている。その首には金属製の首輪がつけられている。そう彼女は奴隷だ、この世界では奴隷は合法の存在だ犯罪、借金、身売りなど様々な理由で人は奴隷になる。
俺にとっては好都合だった、吸血鬼は普通の食事もとれるが人間の血を飲まなければどんどんと弱っていってしまう生き物だ。だが街中で人を襲うわけにもいかないし動物の血なんか臭くて飲めたもんじゃない。
その点奴隷は俺の食料確保にピッタリだったというわけだ。死体の処理もフランク達犯罪ギルドの構成員は手慣れている。
俺は少女にゆっくり近づいて頭を押さえると首筋に噛みついた。少女は泣きわめきながらじたばたと暴れるがやがて大人しくなった。
俺は廊下を歩いていた部下を呼び止めて死体の処理を任せると小包をかかえて執務室へと向かった。
執務室のドアを開けるともう全員揃っているようだった。俺も執務机に腰かけるとソファに座っている連中に目を向ける。『屍肉喰らい』のフランク、『鉄の森』のショーン、組織全体の経理担当のアイリーン、そして女性にしては大柄な体格と鍛え上げられた筋肉を纏った『巨人の腕』のセレスト。
ギルド『巨人の腕』は犯罪ギルドではなく表向きは冒険者ギルドとなっている。魔物の討伐や商隊の護衛任務を主に請け負っているそうだが裏では法律で禁止されている魔物の密輸や保護指定された素材の密猟をしているそうだ。
ギルドマスターであるセレストは黄金級冒険者であり得物である薙刀の腕前は相当な物だ。実際俺が話し合いに赴いた時も肩からバッサリ斬られてあまりの技のさえに驚いた。
これでうちの幹部は全員だ。アイリーンに進行役を任せて俺はそれぞれの報告を聞いていく、まぁ主に自分の経営している店で起きたトラブルやスラム街の外の組織の情報などだ。
俺はスラム街を支配下に置いたがあまり派手に動きすぎると領主に目をつけられる可能性があるためまずは組織を安定させないといけない。そのために情報の収集と共有は必須だ。
それぞれの報告が終わるとセレストが俺の方に顔を向ける。
「アダムス、私たちからは以上だが君からは何かあるかい?」
やっと俺の番だ。是非ともみんなが揃っている会議で発表したかったことがあるんだよな。
「実は発表があるんだ!これからやっていくためにも俺たちにも掲げる名前が必要だと思ってな!」
俺がそう言うとショーンが声をあげる。
「だがよぉ俺たちにはそれそぞれ組織の名前があるぜ」
「それは俺も分かってるがいつまでもバラバラの名前を掲げる訳にもいかないだろう?もう組織のトップは俺だからな俺の代名詞ともなる名前が欲しいんだよ!」
俺がニヤリと笑うとショーンは黙る。フランクはいつもどおり無表情で何を考えているかは分からないが異論を唱える気はなさそうだ。アイリーンやセレストは掲げる名前はどうでもいいのだろう興味なさそうに俺を見ている。
俺は小包を開けると中に入っていた深紅のコートを取り出して広げる。コートの背中部分には逆さ十字と目玉を組み合わせたマークが描かれている。俺がデザインした特注品だ。
「これから俺たちは『夜の血族』と名乗っていくぞ!この名を聞くだけで恐怖と苦痛を感じるほどに!」
俺は腹の底から沸き上がる笑いを押さえられずにいた。組織はできた。あとは周りを蹂躙し支配し大きくしていくだけだ。スラムを支配した次はこの街を俺の物に。