5話
「アイリーン、何があったのか話してくれるか?」
顔を歪ませて涙目のアイリーンを宥めるように声をかける。
「ああ、あたしはスラムに来る前は親父と一緒に商会を経営してたんだ。業績は右肩上がりで良い調子だったよ、けど突然あいつらがやって来て…」
「あいつら、『黄昏の大鬼』か」
「あいつら、用心棒代をいつまでたっても納めないから取りに来てやったって言ってきて。もちろんあたしと親父は断ったよ用心棒代なんて無茶苦茶認められないってね、けどその日から店の悪い噂が広まって経営も苦しくなってきてとうとう借金まで作っちゃって、そして親父が…親父が…!」
典型的なヤクザの手法だな。おそらく親父さんに金貸した業者も裏で黄昏の大鬼と繋がってるだろうな。
「辛かったな話してくれてありがとうアイリーン……実は俺はこの街の犯罪ギルドを潰す予定なんだ。よかったら手伝ってくれないか?」
「黄昏の大鬼とケンカするつもり!?相手は五十人もいるんだぞ!!」
アイリーンは大声を出してテーブルを叩き立ち上がる。その目には薄らと涙が浮かんでいる。
「大丈夫だ。俺はこう見えても強いんだぜ」
「確かにあんたは強いけど相手は五十人もいるんだ!絶対勝てないよ!!」
アイリーンは必死に俺を止めようとしてくる。確かに俺が普通の人間なら勝てなかっただろうが怪物はチンピラ程度じゃ止められない。
皿に残っていた朝飯を掻き込むと席を立ち上がる。そして壁に立て掛けてあったサーベルを腰に差す。
「アイリーン、もし俺が黄昏の大鬼を潰せたら俺を手伝ってくれるか?」
彼女は下を俯いてじっとしている。そして小さく呟いた。
「……いいよ、ただしあたしと約束してよ死んだりしないって」
俺はしっかりと彼女の目を見据えて口を開く。
「ああ、約束だ」
俺は手をヒラヒラと振ってアイリーンの部屋を後にした。
ーーーよっしゃ!!チンピラ五十人相手にするだけで商いに明るい人材が手に入るんだ。これだけ安い仕事もないだろう。
軽く《魅了》を使用していたのも大きいだろう。そうでもしなきゃ昨日会ったばかりの人間に親父のことを話したり協力しようとしたりしないだろう。
「さあて、まずは物資の調達からだな。いろいろ無くては戦はできぬってね」
俺はスラム街を歩きながら情報屋や武器屋を渡り歩く。情報屋を見つけるのは苦労したが金貨を使えば人はべらべら喋ってくれる探すのは手間がかかったが難しい訳じゃなかった。襲撃は今日の夜にでもしようか。あまり時間をあけると俺が嗅ぎ回ってるってばれちまうからな。連中の命は長くても今日の夜まで教会で懺悔する時間はないな。
スラム街の某所、夜もだいぶふけてきた。ここ黄昏の大鬼の事務所の入り口では最近組織に加入したばかりのマーフィンが眠気と戦いながら警備を行っていた。
「ちくしょう、犯罪ギルドに入ったってのに雑用ばっかさせやがって」
彼は仕事も長続きせず職を転々として最後に行き着いたのが犯罪ギルドだった。しかし大した能力もないマーフィンは組織でも雑用程度しか仕事を任されず金や女とは程遠い生活をしている。
「くそっ、お偉いさんばっか良い思いしやがってむかつきやがる」
悪態をついているが見張りは最低限行っている。サボっていると兄貴分から殴られるからだ。それに事務所には他の組織の暗殺者がくる可能性もある。間抜けにも暗殺者を通してしまったら大鬼の餌になるのは暗殺者と彼自身だ。
ぶつぶつと文句を言いながら見回りをしていると事務所には向かって真っ直ぐ歩いてくる人影が目にはいる。
長めの黒髪に背丈からいって男だろう、コートを羽織って腰には細い剣らしきものを差している。
マーフィンは腰から剣を抜くと男に怒鳴り声をあげようとする。しかし一瞬で男の姿がかききえ何故か自分の声も出なく口からは温かいものが溢れている感覚がしていた。彼が最後に見た光景は真っ赤な瞳と首に刺さったサーベルだった。
男の首に刺したサーベルを引き抜いて倒れてきた死体を抱えて路地裏に隠す。目の前には黄昏の大鬼の事務所が佇んでいる。情報屋から仕入れた情報ではギルドマスターのドン・ガンビーノは建物の四階の自室にいるはずだ。
見張りと遭遇したのは計算外だが声は出させてない、大丈夫だろう。
「作戦は索敵必殺ってところかな。とっとと殺しますかね」
普通なら頭を潰してやれば雑魚は服従すると思うがアイリーンの件があるからな、黄昏の大鬼は皆殺しにしないといけないだろう。
コートの裏側を確認する。武器屋からかき集めた投げナイフに短刀、杭、鎖など普通なら動くのも大変な程の重量の武器が収まっている。素手で殺してもいいんだがさすがに悪目立ちするからな俺が吸血鬼だってバレるのは得策じゃない。とくに今は街の中だからな。
事務所に入る前に吸血鬼の能力である《透明化》を使用する。身に付けている物ごと体が透明になって風景に溶け込む。これで静かに殺せるだろう。
俺は別に高潔な決闘をしに来たわけじゃない、ただ醜悪な鬼どもを屠殺しに来ただけだ。
俺が事務所の扉を開け入っていったことに気付いたものはいなかった。