4話
空には月が高く昇り星が明るく輝いている。
俺は街に入ったあと街中を適当に歩き回り治安の悪そうな方へと歩みを進めていった。そうして歩いているとやがて廃墟のような建物が連なり路地には浮浪者や薬物中毒者が転がっている所へと出た、スラム街というものだろう。
「おい、兄ちゃん何見てんだよ!」
辺りを見渡していると身なりの汚い男がいきなり怒鳴ってきた。大方俺の見た目が優男風だから与しやすいとでも思ったのだろう。
小物に用はないんだがな、邪魔で仕方がない。
「おい!無視してんじゃねーぞ!!」
男は腰のナイフを抜いてこちらに向けてくる。俺も腰にサーベルを下げているんだがな。周りの住人は刃物を抜いた男を見ても誰も騒いでいる様子がない。こういう場所なのだろう。
「雑魚が話しかけるな、無駄な労力をかけたくない」
事実なんだが男は激昂したようで唾を口からとばして罵声をあげながらナイフで斬りつけてくる。首を斬り落としてやろうかと思ったがかりにも公共の場での殺人がスラムで通用するのか判断できなかったので男の腕を掴んで肘を折る。
「ぎゃああああ!!!」
無様に叫び地面を転がる男を抑えて懐を探って小銭を取る。男は殴って気絶させると路地裏に放り投げた。周りの住人は遠巻きに見るだけで騒がしくはない、この程度の荒事は日常茶飯事なのだろう。
スラム街を歩いていくが手頃な所が見つからないな。今日の寝床を探しているがなかなかいい空き家が見つからない。
そうして路地裏も散策していると一瞬だが女の悲鳴が聞こえた。路地裏に反響していたが俺の聴覚でなんとか場所は分かりそうだ。声のしたほうへ走っていくと暗がりで男が数人がかりで女性を押さえつけている。
「だせぇな、三下どもが」
路地裏なら殺しても騒ぎにはならないだろう。このスラム街ならなおさらだ。男達はそれぞれ剣やらナイフやらを向けて罵声を浴びせてくる。
はあ、面倒だな。
腰からサーベルを抜いて男達へと駆ける、こいつらから見たら俺が一瞬で目の前に来たように見えたはずだ。サーベルを横にはらって一人切り伏せる、そのまま流れるようにもう一人の胸にサーベルを突き立てる。あと一人だ。
「ま、待ってくれ!金なら払うから見逃してくれよ!」
瞬き一つした間に仲間が殺されて敵わないと思ったのだろうが命乞いとは呆れる。
「そうか、それでお前は見逃してやったことがあったのか?」
男は俺の言葉を聞いて顔を真っ青にした。サーベルを軽く一振りすると路地裏はまた静寂に包まれた。
サーベルの血を死体の衣服で軽く拭って鞘に納めると誰かが足を掴んできた。下を見ると先程男達に襲われていた女だった。
衣服はボロボロだが燃えるような赤髪と整った顔立ちをしている歳は二十代半ばあたりだろうか。
「もう大丈夫だ」
俺は着ていたコートを脱いで女にかけてやる。そうしていると女は戸惑いながらも口を開いた。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「気にするな、気にくわなかったから殺しただけだ」
なんとか間に合ったようだ。彼女の衣服は少し破れているが汚された跡はない。
「それよりもこの近くで宿か何かないか?」
この時間にここにいるんだ彼女はこのスラム街の住人なんだろう。だったら案内してもらったほうが寝床が見つけやすくなる。
「スラム街に宿は無いよ、他の区画の宿ももう閉まってるだろうね」
困ったな野宿でもかまわないが警戒して寝ないと身ぐるみ剥がされそうな場所だしな。
「はぁ、仕方がない今夜は諦めるか。そのコートはやるよ気をつけて帰れよ」
まぁ、一晩くらい寝なくても死なないしなそもそも夜は夜の住人の時間だ。治安が悪かろうが問題ないか。
「待ってくれ!あたしの家でよければ泊めてやるよ」
窓から差し込む朝日の眩しさで目が覚める。ここは何処だ?昨日は三下の悪党を斬り殺したりしたはずだが。俺は今、狭いながらも小綺麗な部屋のベッドに横になっていた。棚にテーブルにベッドと部屋の家具も最低限の物があるだけといった感じだ。
「お!おはようさん、洗面所はあっちだよ」
そう言って部屋のドアを開けて入ってにたのは昨日俺が助けた女、アイリーンだった。手にはパンや果物が入った紙袋を持っている。そうだ、寝床がないなら家に泊まっていってくれって話になったんだった。
「ああ、おはよう」
「待っててくれよ、今朝飯作るからさ」
彼女はそう言うとキッチンで紙袋から食材を出し始めた。
洗面所で顔を洗って髪を整える。肉体の成長が止まっているからか髭は生えてこないようだ。
部屋のテーブルにはトーストに目玉焼きとスクランブルエッグに切ったリンゴと豪勢な朝食が用意されていた。
「さぁ、早く食べようぜ」
「ありがとう、アイリーン」
俺も彼女と一緒に椅子に座って朝食を食べる。シンプルで味付けも凝ってはいないのだが旨いな。作ったやつの腕がいいのか俺が腹減ってるだけなのか。
「旨いよ、ありがとうな泊めて貰ったうえに朝飯までご馳走になっちゃって」
俺がそう言うとアイリーンはあたふたと慌てているようだ。
「そんなことないって!昨日あんたはアタシを助けてくれたじゃん!」
まぁ、それは放っておけなかったからな。ああいう三流の犯罪者は見てて不快だしな。
「けどあんた早くここら辺から離れた方がいいよ…」
途端にアイリーンの顔色が悪くなる。
「何故だ?」
「昨日あんたが殺したのはここらを取り仕切ってる『黄昏の大鬼』の構成員だ、その内連中が報復にくるだからその前に!」
彼女は俺を心配そうな目で見ている。アイリーンから話を聞くとどうやら昨日殺したのは犯罪ギルドの構成員ってことらしい、地球で云うとこのヤクザやマフィアってことか。そりゃ報復に来るだろうな暴力のプロがカタギにやられたってなったら面子がたたないだろう。
「アイリーン随分詳しいな。連中のことについて」
アイリーンは構成員の大体の人数に事務所の場所や連中のシノギまで知っていた。普通ではないだろう。
俺が問いかけると彼女は悔しそうな表情を浮かべて歯を食い縛った。
「奴等は…あたしの親父を……殺したんだ…」
どうやら何か因縁があるようだな。